第29話 ホセの見解

 暁平と畠山、長身の二人が並ぶツートップはたしかに壮観だ。

 だが、とホセは鬼島中学サイドの策に疑問を抱く。


「裏目に出るだろう、これは。キョウヘイも先生もらしくないことをする」


 防戦一方の展開を耐え抜き、ワンチャンスをものにして勝ちあがっていった例もないではない。2004年、ヨーロッパ地区の最強国を決める欧州選手権、通称EUROと呼ばれている大会もそのひとつだ。下馬評にさえ名前があがっていなかったギリシャが堅い守りとセットプレーとを武器にして、次々と優勝候補をなぎ倒して栄冠に輝いたのだ。あれほどの番狂わせはそうあるものではないだろう。

 もしギリシャと同様の戦い方をチョイスするのであれば、暁平のポジションは絶対にセンターバックから動かすべきではないはずだ。先に相手に得点を許さない、というのが前提条件なのだから。

 かつてあれほど守備へのこだわりをみせていた暁平が、攻撃的な位置でどう振る舞うかにはホセも興味があるが、それ以上にチームに与える影響への不安のほうが大きい。

 自分の子供のように手塩にかけて育ててきた鬼島少年少女蹴球団、そこを巣立っていった選手たちが打ちのめされる姿を見たくはない、というのが彼の正直な気持ちだった。

 鬼島中学のフォーメーションは3―4―1―2。暁平と畠山の二人から一列下がって五味、中盤の底には筧と井上が並ぶ。サイドバックより少し上がりめに構えるウイングバックには要と千舟なのだが、左右非対称といっていいほどに左の松本要は前線に近い場所にいる。あれではまるでサイドハーフだ。

 スリーバックには左から政信、佐木川、安永という布陣。蹴球団ではスリーバックを主体としていたので、ここは混乱することなくスムーズにやれるだろうとホセはみている。安永弘造は元々守備専任の潰し屋のような選手であり、後ろのポジションならどこでもこなせるユーティリティ性を持ちあわせていた。そしてキーパーは不動の守護神、弓立。

 急造であっても悪くはない。いくつか気になる点はあるがよく考えられている。戦力が五分の相手であればホセもそんな評価を下していただろう。けれども今の姫ヶ瀬FCは二か月前とはまるで別のチームへと生まれ変わっていた。


 これまでのFCは攻守両面に優れたキャプテンのボランチ吉野、それとゴールキーパー友近をベースとしたチーム作りを行っていた。そして攻撃はといえば久我の一発頼み。手堅くはあったものの、怖さという面では物足りない。

 そんな面白味に欠けていたチームを二人の選手ががらりと変えた。4―3―1―2の並びのなかで、ツートップの一角である大和ジュリオと、トップ下に入る兵藤貴哉。

 ホセはクラブユース選手権県予選の決勝を貝原たっての頼みで観戦してきたのだが、兵藤とジュリオ、この二人と久我とで形成する攻撃陣は間違いなく全国でもトップレベルの陣容といってよかった。

 決して相手チームが弱かったわけではないにもかかわらず、最終的なスコアは9―0、およそサッカーとは思えないスコアで粉砕してしまったのも納得してしまうほどに。

 新しく姫ヶ瀬FCジュニアユースの監督となった相良智徳とホセとはかつて対戦したことがある。彼らが現役時代の話だ。

 Jリーグが華やかに開幕してまだ間もない頃、右のサイドハーフだった若かりしホセは敵方の左サイドバックであるベテランの相良とマッチアップした。そしてサッカー用語でいうところの「ちんちん」にしてやったのだ。


「あの翌日に引退発表したもんなあ、相良のおっさん」


 ホセにとって特に懐かしくもない思い出であるが、こうして教え子同士がまみえるというのはどこか因縁めいたものを感じてしまう。圧倒的な攻撃力を誇る敵をどう食い止め、暁平たちがどう勝機を見出していくのか。

 ホセが固唾を飲んで見守るなか、クラブユース側に合わせて前後半80分という長丁場での試合がはじまる。

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