第14話 不敵なアウトサイダー
頂点まで長い道のりとなる中学総体、まずその市予選が梅雨入りにはまだ早い六月初頭に始まった。
市予選への参加校は四つのブロックに割り振られる。トーナメント形式で行われるそれぞれのブロックを勝ち抜いた学校が、晴れて県予選行きのチケットを手にすることができるわけだ。
シード権を持つのはブロックと同数の四校なのだが、そのうち第三シードの城後中学は不運というほかなかった。鬼島中学が同じブロックに組みこまれたからだ。
秋の大会で鬼島中学はシード権獲得の手前まで勝ち進んだが、ゴール前をがっちりと固められて攻めあぐねた結果、大会無失点ながらPK戦での敗退に終わっている。暁平たちとしてもこの夏に同じ轍を踏むつもりはない。
初戦を8―0、二戦目を6―0と相手を寄せつけずに圧勝してきた鬼島中学はシード校もまったく問題にしなかった。フォワードの畠山がハットトリックの活躍をみせたのもあって、5―0の大差で悠々とブロックの突破を決めた。
一週間後の週末には早くも県大会が開幕する。連戦に耐えられるだけの体力がなければとてもじゃないが県大会優勝、さらには全国大会での躍進など望めない。厳しい練習に加えて数多くの練習試合をこなしてきた鬼島中学も、さすがに五月の後半からはコンディションの調整に焦点を当てて準備を整えてきた。
自分たちには実績こそないが、戦力的には県大会に勝ち進んできた大半の学校より間違いなく上をいく。過信ではなく冷静に暁平はそう分析していた。
唯一、顔を合わせれば互角の勝負になるだろうと警戒しているのが私立のバレンタイン学院だ。姫ヶ瀬FCジュニアユースのセレクションに落ちた子はまずここへ流れる。
バレンタイン学院は中高一貫教育を掲げる進学校であり、元々は男子校だった。近年、理事長の代替わりを機に、女子も受け入れるよう方針転換を行ったのみならず、文武両道をうたって運動部の強化を打ちだし、その象徴としてサッカー部の強化が推し進められていった。成果は順調で、一昨年から二年連続で県代表の座を射止めている。
自分たちの手でこの優勝候補を倒さなければ久我たちとの再戦はない。暁平率いる鬼島中学にとっては、前年度優勝校ですらあくまで通過点のうちのひとつなのだ。
◇
県大会に入っても鬼島中学イレブンは躍動していた。
それぞれの市や郡部のブロック予選を突破してきた二十二校によって県大会は争われる。県内の強豪が集うなか、大会第一週に行われた一回戦が2―0、二回戦も3―0と危なげなくベスト8入りを決めて翌週の試合へと勝ち残る。
この頃になるともう鬼島中学の扱いは大会のアウトサイダーではなかった。市予選から通算して五戦連続の複数得点と無失点、いまや本命であるバレンタイン学院の堂々たる対抗馬として目されるまでになっていたのだ。
そうして迎えた第二週、まず準々決勝では初失点を献上したものの5―1のスコアで快勝した。翌日の準決勝は事実上の決勝カード、すなわち鬼島中学―バレンタイン学院の組み合わせである。
県の少年サッカー関係者からの注目度が暁平の想像以上に高いらしく、試合当日は開始三十分前からいつになく会場に観客が詰めかけていた。その大半はコーチが引率してきた小学生ないし中学生のサッカーチームだ。
暁平を中心に鉄壁の守備を誇る鬼島中学と、姫ヶ瀬FCジュニアユースに追いつき追い越せとばかりに攻撃力に磨きをかけてきたバレンタイン学院。激しい潰しあいの展開になるのか、それとも打ちあいになるのか。指導者にとっても子供たちにとっても興味深いところだろうな、と他人ごとのように暁平は思う。
ただし、「面白いゲームを」との期待に応えてやるつもりはまるでなかった。前半のうちに相手ゴールをこじ開け、あとは鋭いカウンターで敵陣をおびやかしつつ最後まで守りきる。教科書通りの退屈な1―0の展開が暁平にとっては理想のゲームプランだ。
いくらバレンタイン学院の攻撃力が高いといっても、久我ほどの点取り屋がいるわけではない。あくまで個の力ではなくチーム全体での攻めを志向しているのはすでにリサーチずみだ。独力で局面を打開できる飛び抜けた選手がいないぶん、暁平としてはむしろ対応しやすいとさえみていた。
そうはいっても警戒しなければならない選手はいる。なかでも要注意なのは鬼島少年少女蹴球団の一年先輩である今久留主嘉明。これまでの試合では彼がバレンタイン学院の心臓といってよかった。
中盤の下がりめにポジションをとり、ディフェンスラインから出てきたボールをテンポよくさばいていく。常にバイタルエリアをケアしつつ、チャンスとみるや猛然とゴール前まで上がってくる。そして誰よりも体を張る。
ハードワークを基調としたそのプレーぶりは蹴球団時代から変わっていない。当時は年下の筧とボランチでコンビを組み、パスセンスがあり視野の広い筧が司令塔役を、テクニックにはさほどみるべきものはないが献身的な今久留主が潰し役を担っていた。
その今久留主が律儀にも試合開始前、後輩たちの陣取るベンチへと挨拶に訪れた。一見しただけではサッカーをやっているとは想像つかないであろうずんぐりむっくりの体型、いつでも穏やかな笑みを絶やさない恵比寿さまのような顔。
人徳を感じさせる雰囲気はかつての今久留主そのままだ。
「自分はバレンタイン学院の主将を務める今久留主と申します。鬼島の蹴球団にいた折、一緒にプレーしていた榛名たちにはずいぶんと助けられました」
中学生らしからぬ堅苦しい口上とともに深々と頭を下げる。
となれば鬼島中学の貝原だって負けてはいられない。
「や、これはどうもご丁寧に。私は顧問をしております貝原です。今日はチャンピオンチームであるバレンタイン学院さんの胸を借りるつもりで、走り負けしないよう精いっぱい戦わせていただきます」
「いえいえ、何をおっしゃいますか。あのFCジュニアユースに完勝した鬼島中学が相手となれば、むしろうちのほうこそチャレンジャーだと思っておりますので」
「とんでもない。全国大会の経験者も多く残っているバレンタイン学院さんの主将にしては謙遜がすぎますよ」
ほうっておくと延々と謙譲合戦が続きそうな気配だったので、このあたりで暁平が止めに入ることにした。
「何これ。ショートコント『お辞儀』なわけ?」
にやにやしながら暁平は先輩を以前と同じくあだ名で呼びかける。
「久しぶり、ヨッシー」
おまえは相変わらず口が悪い、とさすがの今久留主も苦笑いだ。
「ハニウラカップ以来か。あのときは再戦できるのを楽しみにしてたんだがなあ。つまらん騒ぎで台なしにされてしまった」
んぐ、と暁平は言葉に詰まる。その責任の一端は間違いなく自分にあるからだ。
「それは、ごめん」
「何でおまえが謝るんだ。いきさつは後で聞いたが、おまえの怒りは正当なものだ。それに今日、大勢のお客さんが来てくれているなかで決着をつけられるのは願ったり叶ったりじゃないか」
鬼島中学とバレンタイン学院は一度だけ練習試合を行っている。
一年前の夏、変則で15分ハーフのゲームを二試合やって合計のスコアは2―2。そこからどちらがより力をつけたのかがようやくはっきりする。
懐の大きさをみせる今久留主に、暁平は感謝半分おどけ半分で投げキッスを送った。
「さすがヨッシー、愛してるぜ」
「そんなことを言っても手加減はせんぞ」
「上等上等、どっちが勝っても恨みっこなしな」
「そりゃもちろん、うちだ」
自信ありげな今久留主は前回顔を合わせたときより分厚くなった胸板を叩く。
それから政信や要ら他の蹴球団メンバーたちとも一声二声言葉を交わし、互いの健闘を誓って彼は自チームのベンチへと戻っていった。
徐々に試合開始の時間は迫り、準備の整った両チームのイレブンがピッチ上に散っていく。ここまですべてのゲームは土のグラウンドで行われたが、今日の準決勝と明日の決勝は芝でプレーできる。
久々となる芝の感触をスパイクで確かめながら、暁平は自分の視界にすっぽりとおさまっている敵味方の選手たちを見渡した。スカイブルーのユニフォームに「鬼島中学」と漢字で記されている自分たちに対し、赤と白が太めのストライプとなっているバレンタイン学院、こちらは右上がりの流れるような筆記体で校名がプリントされていた。
大会を通して鬼島中学のスタートの布陣は変わらない。
ワントップに長身の畠山大、その後ろには二人のシャドーストライカーである五味裕之と衛田令司。センターハーフは左から井上和己、副キャプテンの筧拓真、安永弘造の二年生トリオ。左サイドバックに松本要、右サイドバックは千舟隼。二人とも蹴球団出身の一年生であり、一対一には滅法強い。そして最終ラインの真ん中をキャプテン榛名暁平と矢野政信とで固め、ゴールマウスには弓立敦宏が鍵をかける。
そんないつものフォーメーションで臨んだ鬼島中学に対し、遅れてポジションについたバレンタイン学院がみせた選手の並びはまったく予期せぬものだった。
守備的なミッドフィールダーであるはずの今久留主が、なぜか本来の位置から遠く離れた最前線に構えているのだ。
思わず「どうなってるんだよ、これ」という言葉が暁平の口から漏れる。
その動揺を立て直すだけの時間などなく、キックオフを告げる主審の笛の音がフィールドに鳴り響いた。
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