第3話

「次はあの店行っていい?」

亜沙子は私の返事も聞かずに次の店へと移動していった。私は苦笑しながら彼女の後を追い店の中へと入っていく。

9月に入り数日が経ったものの、まだまだ暑い日ばかりが続いていた。今日だって最高気温が35度を超えるという話で、さすがにげんなりしてしまう。

こんな日にわざわざ外出するというのは私の信条に反するのだが、彼女の誘いとなっては仕方がない。山川亜沙子と私は中学からの付き合いで、友達の少ない私にとって一緒にいて気が休まる存在というのは貴重だった。

亜沙子も私も中学高校と地味なグループに所属し、浮いた話の一つもないままそれぞれ別の大学へと進学した。しかし大学に入っても地味なままの私とは対照的に亜沙子は髪を染め、流行りの服を着て立派に女子大生としての地位を確立していた。それでも元々が地味だったせいか、周りの女子にうまく馴染めず大学でも少し浮いているらしい。どんなに外見が変わろうとも中身までは変えられないという一例だろう。

一般的な夏休みも終わり、先月よりは空いているだろうと思われた9月の新宿だが、どこの店も大勢の人で賑わっていた。年齢層的にやはり大学生ぐらいの人が多い。

「すみれもなんか買ったら?さっきから私ばっか買い物してるし。」

亜沙子が私を振り返りそう言った。

私のことを名前で呼ぶのは家族を除けば亜沙子ぐらいだ。すみれ、という顔に似合わず可愛い名前を正直私はあまり好きではなかった。

今日だって無地のTシャツにジーパンを履いただけのおよそ年頃の女子とは思えない格好をし、髪だって無造作に後ろでくくっただけの私に可愛い要素など何一つなかった。

「いや、私はいいよ。人の買い物見てるの好きだから。」

「そう?でもこれとか似合いそう。」

亜沙子は私の前に服を掲げた。黒くてかっこいい感じの洋服だ。

「すみれって結構かっこいい顔してると思うんだよね。身長も高いし。だからこういうタイプの服似合うと思うな。」

「かっこいい顔?私が?」

「うん、だって私がこの服着たところ想像してごらん?似合わないから。」

言われてみると確かに亜沙子には似合わないと思った。平均よりもずっと小柄で少しぽっちゃり、ころころした小動物みたいなタイプの亜沙子にはもっとふわふわした服のほうが合いそうだ。

「服は人を選ぶんだよ。その人に合った服を選ばないとだめ。私は最近になってやっと分かったんだから。」

「ふーん。」

「で、買う気になった?」

結局私は亜沙子にのせられて服を買ってしまった。自分で服を買うなんて一体何年ぶりだろうか。

「疲れたからどっかカフェ入ろ?」

そう言って亜沙子が入ったのはコーヒーのチェーン店だった。カフェラテを頼んだ彼女は席に座ると大きく伸びをした。買い物をした袋が大量に机の下に置かれる。

「で、最近どうなの?」

高校を卒業して、こうして二人で会うたびに彼女は近況報告を聞いてくる。お決まりのセリフ。それに対して答える私の返事もまたいつもと同じだ。

「別に、何も。」

「えー?大学生活最後の夏休みだよー?来年からは社会人になるから夏休みないよ?本当に何もないの?」

「本当にない。」

私は頬杖をつきながら目の前のコーヒーを飲んだ。ミルクも砂糖も入れないブラックコーヒー。

「で?亜沙子の方は何かあるの?」

この返しもいつもと同じだった。もちろん彼女にだって何かがあるわけではなく、この後は自分たちの将来をひたすら嘆いたり、それが済んだらアニメの話をしたり、というのがいつものパターンだ。

だけど、今日は違った。

いつもならすぐに「あるわけないじゃん、何もないよ。」と言う亜沙子が何故か黙ったままだった。その顔が真顔になろうと努力して、でも笑いそうになるのを隠しきれない、そんな様子をしていることに気づく。私は直感した。

私たちの友情は、今日この瞬間を持って終わってしまう。

「実はね、最近彼氏ができて。」


帰りの電車の中でも亜沙子は終始彼氏の話をしていた。結局亜沙子が今日私を誘ったのも、この話がしたかったからなのだろう。それに気づかなかった私は本当にバカだ。

喫茶店にいた時からずっと、彼氏がどういう人なのか、どれだけ自分が彼氏のことを愛しているか、またどれだけ愛されているか、ひたすら惚気話を繰り返していた。後半私がずっと無言だったことにも気づいていないのだろう、本当に恋愛は人を変える。

ぼんやりと今日買った服の入った紙袋を見ながら、これで彼女にとっての一番は私じゃなくなったんだなあと思っていた。きっとこんな風に二人で出かけたり、夜通し電話をしながらゲームしたり、そういったことがこれから先減っていく。亜沙子の中で彼氏が一番になり、彼氏中心の生活になり、そして気づいたら私たちは全く会わなくなっている。

すみれ?ああ懐かしいねその名前。そんな子もいたっけね。

亜沙子がそう言う様子が容易に想像できてしまう。

私は落ち込んでいる素振りを隠すと亜沙子の話に耳を傾けた。

「いい彼氏だね。」

「本当に私にはもったいないぐらいだよ、今度すみれにも紹介してあげるね。」

「ありがとう。」

私は笑顔で返事をする。私のこのゆがんだ感情は、絶対に見せられない。

ガタン、と電車が大きく揺れた。

その時、奥から小さな悲鳴が聞こえたような気がした。なんだろうと思い車内を見渡す。ちょうど帰宅のピーク時間だからか、車内は混んでいて全く奥まで見通せなかった。

だから、私がそれに気づいたのは本当に偶然だ。

やけに密着している男女がいるな、と思ったのが最初だった。女子高生とサラリーマン風のおじさん。その時点で怪しいと思い、二人を観察する。電車が揺れる度に人が移動して上手く見えなくなるが、私の目は決定的な瞬間を捉えていた。

「あれ、痴漢だよね。」

自分が考えていたことと同じことを言われ、焦って振り返る。亜沙子が、小柄な体を目一杯背伸びしながら例の二人を見ていた。

「さっき悲鳴が聞こえた気がして。」

「多分私も聞いた。なんで周りの人は助けてあげないんだろう。私、どうすればいいかな?」

亜沙子が困ったような顔をした。助けたいけど勇気がない、きっとここにいて痴漢に気づいている人はみんなそうなのかもしれない。

私は…

鞄を開けると中からステッキを取り出した。変身、と小声で叫ぶと私の体は光に包まれる。髪を結いていたゴムが切れ、ストレートの髪が肩に落ちた。

亜沙子は困り顔のまま固まっている。車内にいる他の人もそうだ。電車の音も消え、無音の空間に私の息づかいだけが響く。

私は人をかきわけると痴漢をしている男の前に立った。そのままステッキを掲げ、消えろと呟く。男は光に包まれるとその場から一瞬でいなくなった。

変身が解けると、電車の走行音が耳に鳴り響いた。亜沙子は再び彼氏の話を始める。

「あのさ、さっきの痴漢…」

私は彼女の話を遮るとそう言った。しかしそれに対して亜沙子はきょとんとした顔をした。

「痴漢って、何?なんの話?」


家に帰り、自分の部屋に入ると携帯電話を取り出した。いつもなら別れた後、亜沙子から連絡が来ているはずだった。今日は楽しかったね、とか、次はいつ会おうか?とか。しかし今日は来ていなかった。きっと、彼女から連絡が来ることは当分ないんだろうなと思う。

私は、買った服を引き出しの奥深くにしまい込んだ。

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戦士すみれ 相沢沙波 @i_nami

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