分解された男
「矗克」
夕飯兼箸の扱い方のレッスンも終わり、食後の一服にほうじ茶を飲んでいたところ、やにわにオランピアが名前を呼んできた。
「なんだ?」
「同種の電波を感じた。距離七〇メートル程……から、こちらに近づいている」
「はっ!? この間の奴は倒したんだろ?」
「別の個体だ。……約六二メートル。私の存在に気がついているんだろう。少しずつ、距離を詰めてきている。ちょうどいい。私も同種に聞きたい話があった」
そう言うと、身支度――例の擬態だ――をし、彼女は俺の首根っこを掴んで、ズルズルと玄関まで連れて行く。
「待て待て待て待て! なんで俺は猫の子か蛇みたいな扱いを受けているんだ!」
「致し方なかろう。基本的に私はキミと離れる事ができない。遺憾ながら、キミを同伴しなければならない」
「ちょ、待て! 聞きたい話って、この間、お前はお仲間相手に潰し合いしてたんじゃなかったのか!?」
光学迷彩のオランピアはすでにローファーを履いた状態だったからか、土間へそのまま降りた。――そういう問題でもないだろ。
「キミが所有している漫画にちょうど良い言葉があった。『それはそれ』!! 『これはこれ』!!」
「そうかっ……って、んなもんで納得できるか!」
「いいから行くぞ。時間は限られている。目標に向かっている時は、瑣末な主張など振り払って行けばいい」
どこか逆境的な事をおっしゃいながら、オランピアさんは俺を引きずり引きずり、玄関の外の世界へと(強引に)連れ出してくれた。俺の意思は無視する方向で。
まだ深夜とは呼べぬ時間だが、我が家の近辺は田んぼが多く、民家の数が限られているだけあって暗い。
観念した俺はオランピアのすぐ後を、正におっかなびっくり追従していく。昼とは趣きが反対となった俺達は、両サイドを田んぼで挟まれた細い道を歩いて行く。
今日は新月だったらしく、外燈も少ない夜道は普段の同時刻よりも闇が深い。或いは、闇が濃く感じたのは、オランピアの同種がどこか帳の向こうで潜んでいると聞いたからかもしれない。
不気味な冥闇の先――俺達から見て左手の田んぼ側より、ゼンマイが巻かれているみたいな音が幽かに大気を震わせた。
「ひょっとして、お越しになった?」
「ああ」
できれば二度と見たくなかった、加えるならただの悪夢として片付けたかった、機械じかけの怪物がやおら近づいてくる。
「ほう、珍しいな」
声は男のもの。ほどなく、アスファルト舗装の細道とつながる形となった田んぼのあぜ道から、場とは不釣り合いなタキシードを着込んだ男が現れた。逆さに撫で付けた髪が一切の乱れが無く、彼の非人間性の一端が垣間見えた気がした。
「ヒトを連れているのか」
俺を認めた男はオランピアに話しかけ……そこで何故か彼女を見つめる。同種だけあって、彼はオランピア同様に表情筋を司る神経が軒並み壊滅したのではないかと疑うくらい無感情だったが、何故か俺には視線に訝しげにしているであろう気配を感じられた。
「ところで、お前、任務はどうした? この地区には私しか派遣されていなかったはずだが?」
男の問いかけに、制服姿の少女は問いで応えた。
「私も質問したい。私には一切の記録が無い。突如意思が発生し、気がつけば同種に攻撃を受けていた。我々は何物だ? 書物等の類にも我々のような存在は、フィクション以外では信憑性の無い話程度にしか確認されていなかった」
「記録が、無い? 馬鹿な。そんな事が……なるほど、お前、鑑定者か」
「鑑定者? 何を鑑定するというのだ」
「……話す必要はない。それに――」男の体躯が肥大していく。「――記録が無いうちに消滅してもらった方が都合がいいのでな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます