第18話

 店を出るころには、すっかり雨は上がっていた。とはいえ独特の湿気はまだ肌に鬱陶しくまとわりつく。


「えーっと、右を真っ直ぐ行って、突き当たりを左に曲がれば教会だって話だね」


「あの店員が嘘を言ってなければね」


「嘘を吐く理由、あるかな?」


「そうね、貴方が魔族だって気付いてるか否かによるんじゃない」


「うーん……」


 返答しづらいことをさらりと言う。確かに店全体は、薄暗かった。強い照明というわけではなく。中には魔族もいたのかもしれない。差別的な行動が横行しているとフェブリスも言っていたが、儲けを優先した店であった可能性は否定できない。


「……ま、貴方が信じるならそれでいいのよ」


「そうだね。広いとはいえ、無限じゃないんだ。いつかは辿り着くよ」


「じゃ、行きましょうか。歩ける? フェブリス」


「んー。もう無理っぽいかな。まぁぼくが代わるからだいじょうぶだよ」


「は?」


 リリヴェルが眉を顰める。その口調と気配に、オーヴスは即座に悟る。

 機敏に一歩後退し、リリヴェルは通りの真ん中にも拘らず、すらりと剣を引き抜く。

 月の光の代わりに、店の淡く滲むような明かりがその剣先をぎらりと光らせる。オーヴスは慌ててキフェルリリィと代わったフェブリスを庇うように立つ。


「落ち着いて、リリヴェル」


「そいつ、フェブリスじゃないわね」


「そうだよ。ぼくは、キフェルリリィ。リリィって呼んでくれて構わないよ? えーっと、リリヴェルの姉様?」


「リリィ? じゃあ、前にフェブリスが言ってたあの子ね?」


「そう。大丈夫、敵意がある子じゃない」


「あら? オーヴスは知ってたのかしら?」


 警戒と敵意すら覗く視線を、リリヴェルが突きつける。下手な言葉を重ねれば、すぐにもその刃はオーヴスとキフェルリリィの命を消し去るだろう。

 だが、だからこそ毅然とした態度を崩すわけにはいかなかった。


「たまたま、僕の使役する監視用精霊に触れてしまったんだ。それで目を覚ましたら、入れ替わってる状態のキフェルリリィがいた」


「リリィでいいってば、陛下候補」


 背後から口を挟む余裕のあるキフェルリリィだが、生憎とオーヴスにその余裕はない。対峙するリリヴェルの瞳は、本気だからだ。視線をそらさず、言葉を弱めることなく、オーヴスは続ける。


「どういう経緯かは知らないけれど、今は二つの人格が存在してるんだって」


「そうそう。でも、ぼくは別にリリヴェルの姉様の邪魔をするつもりは、ないよ?」


「なんですって?」


 さらに眉間に深い皺を刻むリリヴェル。


「とりあえず、教会へ急ごうよ。さすがにぼくも疲れちゃった。ね、陛下候補」


「剣を収めて、リリヴェル。それに、リリィを傷つければ、フェブリスが傷つく。それはリリヴェルとしても不本意だろう?」


 じっと無言で睨むリリヴェル。背後で何か言いかけたキフェルリリィの気配を、手で制する。リリヴェルの瞳を真っ直ぐ見据え、オーヴスは沈黙を守った。


「……教会に泊めてもらえなくなったら、本末転倒だものね」


 ぽつりと呟き、リリヴェルはふっと息を吐き、剣を鞘へ納める。それでもまだ、警戒の色は消えていなかった。


「……一つだけ答えてもらおうかしら、キフェルリリィ」


「なにかな、なにかな?」


「……フェブリスは、どうしたの? 無事なの?」


「フェブリスには少し負荷が大きかったから、休んでもらってるよ。吃驚しないように、朝までには説明しておくから、心配しなくていいよ」


「そう。で、その詳細については貴方から語られることはないって事でいいかしら」


「んー……フェブリスが自分で言うとは思えないけど、相談してからでもいいかな、姉様」


「……構わないわ。人の傷を抉るのは好きじゃないの。……リリヴェルでいいわよ」


「そう? ぼくのことは、リリィでいいよ。よろしくね」


 ふう、とリリヴェルは息を吐き、オーヴスに視線を戻す。


「この旅は、貴方が主体となるべき旅路だから、口出しは極力したくないとは思ってる」


「うん」


「……だけど、私に危害が及ぶ場合は、容赦はしないつもりだから、そこは弁えておいて」


 真剣な声音にオーヴスはしっかりと頷く。

 リリヴェルの言う通りで。焚き付けられたとしても、「魔族の王」として歩き出したのは間違いなく自分だ。その先に伴う責任も覚悟も、全てを背負うのが、自分の役割なのだから。


「でも僕は、リリヴェルも守るよ。……幼馴染なんだから」


「……ほんとに、貴方は」


 呆れたように、だがどこか嬉しそうに、リリヴェルは笑う。


「さぁ、じゃあ行きましょう。あまり遅くにうかがうのも失礼だからね」

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