第6話世界中が大好きだよ
脂汗をかき、画面を見据える。
大切なものが消えた過去を思い出す。
大丈夫。もう、あんなことはない。
テレビの予約録画。
もう、パートナー君の大好物、MHK小川ドラマを消したりはしない。
私は機械が本当にだめだ。「カコヨモ」の機能も全然分かっていないので、よく数千字単位の書いた小説を闇に葬っている。
私がテレビのリモコンをいじりながら脂汗をかいている間中、ケンタは一人で大人しく遊んでいる。
いや、正確に言うと「私の態度に文句を言わず、やかましく遊んでいる」
「いけー! とりゃあぁぁ! うおー! ばしーっ! どっかーん!」
どうも我が家のリビングには悪のお面ライダー(お面ライダーにはいい奴と悪い奴がいるのだ)やジョッカーが大挙して押し寄せているらしい。
そして彼はその、なぜか千葉県某所にある小さな家にいきなり現れた、見えない敵達と懸命に交戦中なのだ。
見えない敵との戦いは苛酷だ。なにしろ戦いながら、自分の武器が敵に当たる音や敵が爆発する音まで自ら再現しなければならない。
しかもこのお面ライダーは四歳と若く、新陳代謝が活発だ。ソファの上から飛び降りながら必殺オメンキックを繰り出し、敵をやっつけた後のヒーローは、リンゴみたいに真っ赤なほっぺをし、生え際と鼻の頭にびっしりと汗をかいていた。
「ままー、むぎちゃー」
「ママは麦茶じゃありません。『ママ、麦茶ください』でしょ」
麦茶を飲ませ、ケンタの頭をタオルでごりごり拭く。お面ライダーからケンタに戻った彼は、甘える様に私の脚にしがみつく。
「まま、だっこ……ください」
ずっと一人で戦っていたが、やはり少し寂しかったらしい。私はソファに座り、ケンタを抱っこする。ケンタは笑い、汗臭い頭を私に寄せて来る。
「ねえ、ぱぱは今日、おしごと?」
自分の幼稚園が休みなのに家にいないパパの事を聞く。
「……そうねえ。お仕事よ」
一つ、息をつく。
「でも明日はパパと一緒に遊ぼうね」
そしてケンタを抱きしめる。
もうちょっと、ケンタが大きくなったら、私が話す前に、気付くかもしれない。
我が家が、他のお友達の家庭とはちょっと違うことや、かつてパパが、「両方すき」を選択してしまったことを。
「まま、てれび」
「ママはテレビじゃありません」
私は予約録画の完了した(と思われる)テレビの画面を切り替え、録画してあるお面ライダーを映す。
ねえ、ケンタ。
いつかあなたに話さなければならないことは色々あるけれど、
今はこれだけ覚えておいてくれればいいんだ。
ママも、パパも、あなたが大好きよ。
それだけじゃなくて、じいじや、ばあばや、お友達や、先生や、あと誰だ、えーと。
あなたの知っている人の全て。
あなたの知っている世界の全て。
ケンタの事は、「みんながだいすき」なのよ。
生まれてきてくれて、ありがとう。
君は今日も斜め上を突き進むっ! 玖珂李奈 @mami_y
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