第二章 「秩序の安定」
●10日目 01 朝『三日間戦略』
『……政府は現在も暴動の原因を特定できておらず、T県の封鎖措置が継続されています。県内に設置されている避難所からも救出を求める声が増えているということですが、立ち入ることができないため食料を届けることすらできず、持ち寄ったものでかろうじて生き延びているという悲惨な状況も明らかにされました』
『一方で防護装置を身につけた陸上自衛隊による物資の運搬も検討されていますが、暴動を起こしている市民の取り扱いについて、病人として手厚く保護するべきという意見と犯罪者として実力行使による排除を実施し、避難民を救助するべきという強硬派の溝はまったく埋まる気配がありません。また自衛隊側も隊員の正当防衛の基準など安全が保障されない形での派遣は避けてほしいという要望も出されており、手詰まりの様相を見せつつあります』
『さらに暴動拡大を危惧する欧米や周辺国では何も手を打てない日本政府に対し非難を強めつつあり、政府は難しい取り舵を求められています……』
沙希は渋い表情を浮かべてラジオに耳を傾けている。
二日前に奪還した体育館にて集会を行い、全生徒に対して情報統制をすることを発表した。生徒が勝手にラジオを聞いてあることないこと騒いだりする可能性を考えてだ
現在は生徒たちが外部から情報を得られるものは全て没収し、生徒会が検閲を行なって情報公開する流れになっているため、これが沙希の重要な仕事の一つになっていた。
立てこもり生活が始まって10日目。沙希が目指してきた秩序も大方軌道に乗り始め、学校内に安定がもたらされていた。治安担当チームも広い校庭という訓練場所を得て、自動車運転の訓練ができるようになり、今では一桁単位の人数で食糧確保を行っている。リスクも下がったため、毎日時間をずらして食料や物資の確保に出るようになった。
しかし、相変わらず政府側の動きは鈍く救出の気配すらない。ラジオから聞こえてくるのや与野党の対立だの、人権監視団体とやらの抗議デモだの、外国からの圧力だの、そんな話ばっかりで、生徒会では次第に長期戦を覚悟する雰囲気が広がり始めていた。
当然こうなってくると、ある意見が増えてくる。
数時間前に定期の生徒会会議が開かれて、沙希がまだ救出の見込みはないと伝えた時だった。
「あのー、助けが来る可能性がないなら、もっと一度に食料を学校に持ってきたほうがいいんじゃないですか? 毎回取りに行くのは負担も多いですし、危険も多いかと思うので」
雑務担当がそう手を挙げた。この意見には他のメンバーも一斉に同意する。
しかし、そんなメンバーに対し、
「スーパーから取ってくる食料は三日間分のみ。なくなったら適宜取りに行く。まとめて取ってきて学校内に貯めこむことはしない。つまり――」
机に軽く手を載せ身を乗り出し、
「全てにおいて三日先までしか考えない。食料だけではなく清掃も医療も治安も。これをあたしは『三日間戦略』とし、今後の学校運営の基本とする」
そう正反対の方針を打ち出した。
それを聞いたメンバーは最初困惑していたが、徐々に文句が上がりはじめ、
「そんなの無茶です。いつ助けが来るかわからないのに」
「その通りだ。毎回取りに行くより全部学校内に持ってきた方が安全じゃないか」
「三日間先しか考えないなんて生徒たちになんて言えばいいのかわかりません」
最後は非難轟々になった。理瀬もうーんと大仰に腕を組んで考える素振りを見せ、八幡も難しい顔をして難色を示している。
そして、隣に座っている副会長である高阪もいつもの優しげな笑みの中に、やや当惑の表情を混ぜていた。どうやら沙希は四面楚歌らしい。
とりあえず、一つ一つ問題を解いていく事にする。まず、一番影響を受ける八幡の方を向き、
「治安担当としての意見をお願い」
「正直勘弁して欲しい、というのが本音だね。随分効率が上がったとはいえ、街に出ることがとても危険なことは代わりないんだ。一度で大量に確保して持ち帰れば出ていく必要もなくなる。でも、何の理由もなく生徒会長がそんな事を言うとは思えない。聞かせてほしいな、その理由を」
そう挑戦的な視線を返してきた。一番の負担を負う治安担当責任者を説得してみせろ。そうすれば、他のメンバーも同意せざるを得なくなる。そう言いたいのだろう。相変わらず食えない男である。
沙希は少し頭の中で整理してから、力強く語り始める。
「いい? この学校はあくまでも一時的な避難所なのよ。その中で生活しているあたしたちも避難生活をしているだけにすぎない。常に明日助けが来てもいいような状況にして置かなければならないわけね。今までは必死に、がむしゃらにやってきたからなんとかなっていたけど、ここに永住できる環境を整えてしまえばどうなるのか。この学校に依存する気持ちが芽生えて、気持ちに余裕が出てくるわ。そして、その余裕は余裕が倦怠に変わり、次第にだらけた雰囲気に変わっていく。校内から緊張感が失われれば、今度は今まで我慢していた些細な不満が噴出するようになる。人間、楽が出来るならどんどん楽な方に流れていくものだから。そうなれば、秩序が乱れていくことになるわ。そんなのはダメよ。常に命の危機に晒されている状況であることを忘れてはならない。明日変質者が侵入してきて皆殺しにされるかもしれない。その危機感こそがあたしたちを今まで支えてきた原動力なんだから」
「……つまり、学校内を引き締めるためにあえて困窮した状況を演出すると?」
沙希は八幡の口調から今の話では納得していないことはすぐに察知する。だが、まだ説得材料はある。
「八幡。校内の治安が乱れれば、その取締を実施するのは治安担当よ。外にいる変質者ならいくら殴ろうが蹴飛ばそうが自由にしても構わないけど、校内の生徒はそうはいかない。生徒会としては全員生きて救出を待ち県外に脱出することを目標に掲げている以上、追い出すことも無理。正直、校内の引き締めに治安担当がてんてこ舞いになるぐらいなら、変質者をタコ殴りにしていたほうがマシと思うけど」
その話を聞いた八幡はしばらく黙っていたが、やがて、
「まあ、確かに内部の生徒を戦ったりするのはごめんだね。みんな仲間のはずなのにそれじゃ本末転倒すぎる。そんな事態にならないように予防措置をとっておくってのも治安担当の役目ってわけか……わかったよ。僕はそのプランに賛成する」
八幡の了承を聞いて沙希はほっと胸をなでおろした。これで他のメンバーも大体納得する――わけもなく、今度は一斉に沙希の隣に生徒会メンバーの視線が集中する。副会長の高阪だ。
沙希がちらりと視線だけでその表情を確認すると、先ほどまでと変わらずやや困った感じを浮かべている。どうやら八幡にした説明だけでは納得させられなかったようだ。
正直あれ以上説得する手持ちの材料はない。ということで沙希は次の手に移行する。
「高阪。あたしはこの三日間戦略について撤回する気は全くない。ただし、歩み寄る気ならある。あんたの最大の不満点を上げてみて。出来る限り妥協するわ」
全部が無理でもある程度は自分の意見を通せばいい。その歩み寄りに高阪の意見を交えるのなら文句は言われないはず。
高阪はゆっくりと華麗な仕草で立ち上がると、
「生徒会長さんの言っていることはよく理解できると思うの。私たちは今まで生きるか死ぬかの中でやってきて、それがうまく作用していたからこそここまでやってこられたから。でも、ちょっと極端かな」
「極端?」
沙希が首を傾げる。高阪はいつもの優しい笑みを維持して、
「校内の風紀引き締めは必要。でもね、引き締めすぎた結果、絶望の淵に追い込められてしまう人もいるの。明日生きているかどうかわからない不安は強いストレスになってしまう。そんな状況を続ければ、最終的に精神的に崩壊してしまい、何をしでかすかわからなくなっちゃう。そういう人達に少しでも安心感を与える必要もあると思うのね」
それには沙希も同意した。やけ起こして校内で暴れられたらたまったものではない。
高阪は具体案について話し始める。
「食料に関しては三日間保持でいいと思うの。実質今の食料は通貨替わりだから、あまりたくさん貯めこむと価値が崩壊しちゃう。でも生命線になる水はダメかな。輸送に手間もかかるし、学校周辺には安心かつ安定した水源もない。ガスが昨日に停止したことを考えれば、水道も近い将来止まると私は考えているから」
生きるための生命線である水。今は水道が出ているが、止まれば大変な問題になるだろう。しかし、最寄りのスーパーなどで確保するのは重量を考えれば大変だ。雨水を確保できるように屋上や校庭に容器を置いてあるものの、学校内にドラム缶なんてたくさんあるわけでもなく量は限定的だ。プールには貯まるだろうが、飲水として使えるかは疑問でもある。
沙希はその指摘に頷き、
「つまり三日間戦略として食料は食べるものだけとし、水に関しては今のうちに大量確保しておくべきと?」
「そうね。飲料水と下水に使うものも分ける必要があるかな。飲料水は空のタンクを確保して構内に保管しそれを飲んでいく。下水に使うものはプールの水があるからそれを使えばしばらく持つと思うわ。面積が広いから雨が振れば溜まってくれるしね」
高阪は意見をひと通り述べたあと、
「なんて」
いつもの可愛い口ぐせで締めた。沙希はふむと少し考えた後、
「わかったわ。食料は三日間まで確保、水に関しては本日より備蓄作業に入る。このあたりで落とし所としましょうか。高阪、未だなにかある? ないのなら、今日からすぐに備蓄作業に入って」
「これで十分。会議が終わり次第、準備に入るね」
高阪の同意で生徒会室の中に納得の空気が広がった。沙希は内心でうまく言ったと胸を撫で下ろす。最低限の妥協で高阪に三日間戦略に賛同させ、プランの大部分を生徒会メンバーに飲ませることに成功した。十分な収穫だ。
そんなこんなで、高阪主導の水備蓄作戦が行われている中また沙希たちはラジオを使った情報収集を続けていたわけだが、ここ数日全く状況は変わっていない。
「それにしても一週間以上経っても全く進展がないのは驚いた」
沙希はラジオを消して愚痴をこぼす。梶原も頷くが、一方で光沢は、
「政府を責めることは酷でしょう。あまりに特異でさらに前例が全くないことですからね。特に変質者たちの取り扱いには頭を悩ませているはずです。変質者は人を食らう頭のおかしい存在ですが、日本国籍を保有している立派な国民です。危険だからといって皆殺しにするわけにもいかないでしょう。僕たちは今こそ好き勝手やっていますが、殺人罪で逮捕されてもおかしくないのですよ」
「まるで他人事みたいに考えているってことじゃねぇか。俺たちはあいつらに毎日付け狙われていつ殺されてもおかしくないってのによ」
淡々と語る光沢を睨む梶原。沙希は溜息をつくと、
「変質者たちに危害を加えることが現状ではできない。変質者たちが野放しじゃ危険すぎて救助を送り込むことは無理。んで、人喰い変質者化する原因もわかっていないから県外から一歩も出すわけにもいかない。がんじがらめじゃないのよ」
ぶつぶつ愚痴る沙希だったが、ここで生徒会室の入り口に女子が立っていることに気がつく。食料担当チームの
何やら申し訳なさげにしていた。
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