●5日目 02 午後『野球 ~ 生徒会長(凡人)vs 生徒会副会長(バケモノ) ~』
だが、決勝戦まで来るチームはかなり長丁場で戦っているおかげで疲労が蓄積していたため、またもやアクシデントが起きる。沙希が二回目の打席に入ろうとしたとき、今度は三年生連合のピッチャーのつめが割れてしまいこれ以上投げられなくなってしまったのだ。
そんなこんなで三年生連合チームが新しいピッチャーを募っていたところ、
「男子の試合は全部終わったわ――そっちは何かあったの?」
そこに現れたのは副会長の高阪だった。彼女は体育館で男子の方をしきってもらっていたが、一足先に終了したらしい。沙希が状況を説明し、
「こっちは決勝戦よ。今は三年生でけが人が出たから新しいピッチャーを探しているところ」
「ふーん、そうなんだ……」
それを聞いた高阪は少し頭を傾けて、
「じゃあ、私も参加していいかな? 男子の試合を見ていてちょっと身体を動かしたくなっちゃったのよ、なんて」
そう微笑む。これに沙希が答える前に、三年生だけではなく観戦していた生徒たちが歓声を上げた。またもや「副会長がんばってー」なんて黄色い声援を上げる女子までいる。高阪を慕っての応援も多いだろうが、
「見世物じゃないっての」
周りの盛り上がりを見るかぎり、会長VS副会長というイベントに期待している生徒が多いようだ。生徒会長の座をかけて対決という脳内設定でも作っているのだろう。思わず声に出して愚痴ってしまう。
大歓声の中、三年生連合のピッチャーになった高阪だったが、ピッチング練習を始めた途端、一気に校庭が静まり返ってしまった。
彼女が繰り出したボールは、バシッという大きな音とともに、キャッチャーのミットをはじいて背後のネットにぶつかる。あまりの剛速球のおかげでうまくキャッチすることができたかったのだ。
高阪いつもの優しげな笑みのまま謝罪のポーズを取り、
「ごめんなさい。大丈夫だった」
「平気平気! こっちも女子ソフトのキャッチャーの意地があるから手加減無用で!」
目にも留まらぬ球速をなんとか捕球している。さっきからこのキャッチャーは動きがいいから経験者だと思っていたがソフトボール部だったらしい。
それを見て唖然としていた沙希のところに、巡回警備をしている八幡が通りかかり、
「あれ? 高阪さんが参加しているの?」
「そうよ、けが人の代わりで」
八幡はふーんとピッチング練習を続ける高阪を見ながら、
「気をつけたほうがいいよ。前に野球部に遊びに来たときがあったけど、ウチの部のエースより速い球投げていたから。間違ってデッドボールになったらすごい痛いと思う」
「えぇ……」
高阪のバケモノぶりの底なしに呆れるしか無い沙希。
そんな雑談はさておき、校庭周囲の防砂・防球ネット越しにうろつく変質者を一瞥しつつ、
「で、変質者共の動きは?」
「レクリエーションが始まった時はフェンスを叩いていたりしたけど、破れないとわかってからはおとなしくなったね。こっちをじっと見ているかあるきまわっているだけ」
八幡の報告にまた変質者の方を見る。確かに校庭に侵入しようというやつはいない。
学習したのか、それとも最初からわかっているから無駄なことはしないのか、チャンスが来るまで体力を温存しているのか。
どれであっても連中はバカじゃない。それなりに知能がある可能性が感じられる。その割には人間を襲って食うかふらふら歩いているだけの単純な動きばかりしている。とりとめのない連中だ。
「警戒は緩めないから安心して」
八幡はそう言い残すとまた警備に戻っていく。
沙希も野球に戻るが、高阪のピッチング練習でキャッチャーミットが派手な音を鳴らしているのを見ながら、
「……にしても野球部よりも速い球投げるってあいつはサイボークが何かなのか?」
半ば呆れ気味に打席に立つ。
それでもタイミングを合わせてバットを振れば当てることぐらいは出来るだろうと思っていたが、
「うへっ」
風を感じる豪速球に思わず身動ぎしてバットを振ることすらできなかった。二年で主審をやっていた女子(こちらも元ソフトボール部らしい)が一瞬言葉を失った後に、ストライクのコールが耳に届く。
遠目で見ていたのとは違い、バッターボックスで間近に見る高阪の投球は速度が速いだけではなく恐怖感と圧迫感があった。
結局、二球目もバットを振ることが出来ず、三球目は振ろうと思った時にはすでにボールが通過していた。
三球見逃しアウトである。
「副会長にしてやられて面目丸つぶれじゃねぇか」
「うるせーな」
文句を言ってくる梶原に沙希は乱暴な言葉を投げ返してやった。
その次以降の打者もバシバシと三振取り続けていく高阪を沙希はじっと観察していた。ボールは早いがキャッチャーが取れるように常にど真ん中にしか投げていないが、それでも誰もボールに当てることすらできていない。
そのまま三年生連合チームが一点リードのまま五回裏を迎えた。事前の規定により全試合五回までと決められているためこれが最終回だ。
最終回も高阪の圧倒的ピッチングにより三人で終わるかと思ったが、最後のバッターのときにキャッチャーが取れずパスボールになったため、ランナー一塁で沙希に打順が回ってきた。試合のクライマックスで生徒会長VS副会長の直接対決になるとか、運がいいのか悪いのやらと沙希は心中で愚痴る。
すっかり傍観者を決め込んでいる梶原と光沢は、
「さて一矢報いることになるのか、それとも副会長の圧勝に終わるのかちょっと盛り上がってきたようですよ。観衆の注目も熱いですね」
「ただでやられるやつじゃねぇよ」
そんなことを語っている。
沙希は面倒なことになったと思いつつも、無様に負けるのもムカつくので気合をいれて打席に立った。
「あと一人! さっきと同じくさっさと終わらせよう!」
キャッチャーの声に額にビキビキと神経を浮き上がらせる沙希。
勝算がないわけじゃない。高阪の投球は一定感覚でなおかつど真ん中にしか投げてきていないため、あらかじめタイミングさえわかっていればバットに当てることは難しくないと考えている。
しかし、それは甘かったとバットを振った後に気がつく。きっちりバットに当てたとたん後ろに飛んでいったのだ。
ボールではなく、バットが。
「~~~~っ!」
沙希はしびれる手を震わせてもだえ苦しんでしまった。腰も入ってない腕力もないスイングではあの剛速球に完全に負けてしまったのだ。
マウンドですらっと美しくも格好良く立っている高阪の姿を見て思う。
こりゃ勝てない。相手はバケモノすぎる。自分の器で対抗できる相手じゃない。
「でもね……」
沙希は内心で負けを覚悟する。同時に彼女の頭が別方向へとスイッチした。勝てないのなら別の方向に持っていけばいいのだ。
打席の一番後ろに立ち、身を低くして腰だめにバットを構えた。
さっきの力負けで思い出した梶原との野球ごっこの記憶。そのときの思い出したくもないことを再現。相変わらずイライラする記憶だが、これなら可能性がある。
「何のつもり?」
「いいから早く投げなさいよ」
高阪が疑問を投げかけてくるが、沙希は突っぱねる。
離れていたところで見ていた光沢が手をたたき、
「もしかしてあの構えがあなたが言っていたなんとかスラッシュというものですか?」
「ああ」
ぶっきらぼうに答える梶原。
昔は梶原と一緒に野球ごっこをやっていたが沙希だったが、子供の頃から規格外の身長と腕っ節だった梶原の豪速球にバットが当たるはずもなく空振りを続け、なんとか当てても逆に自分のバットがふっとばされる状態だった。
梶原は手加減して投げようとしていたが、無駄にプライドの高かった沙希はそれを許さず全力投球を命じていた。そのうち、なんでもいいから力負けだけはしたくないと考えてやったのがこの打ち方だ。
初めて梶原のボールをまともに打ち返したときは恥ずかしくなるほど喜んだのを覚えている。それで満足して野球はやらなくなり別のことをやり始めたが。
「おー、なんか盛り上がってるねー」
ここで理瀬が姿を表した。校内の清掃が終わり、球技大会の様子を見に来たのだろう。
光沢はいつものように胡散臭い笑みを浮かべながら、
「生徒会長と副会長の直接対決ですよ。周囲も盛り上がっていますよ、いろいろな意味で。とはいえ残念ながら私も含めてすでに決しているような感じですね。会長が悪いのではなく、副会長の高阪さんがすごすぎるので」
「それはどうかな~?」
理瀬は沙希の方に手を振りつつ、
「あいつは最後まであきらめないよ。でもそれは試合に勝つことだけじゃないかな。自分が満足する結果を得るためならどんな手段だってとる。そんな奴だよ」
「ほう、それは期待できそうですね」
光沢が興味深そうに腕を組み戦況を見つめ始めた。
打席に入った沙希は考える。どうせまともなスイングなんてできない。だったら――バットごと全身を振るってその勢いでボールを打ち返す。
高阪が投げる。唸りを上げて飛んでくるボールめがけてダッシュし全身の力をこめてバットを振った――
「前に――飛べぇ!」
渾身の叫びとともにバキンといびつな音がグランドに響いた。それに続いて沙希が勢い余り地面に転がり土煙が上がる。
あわてて彼女は立ち上がりボールの行方を目で追うと、ふらふらとサードの後ろに飛んでいく姿が映った。そのまま誰もいないところに落ちるが、
「ファール」
審判からの言葉にがっくりとひざをつく。ボールが落ちたのはぎりぎりのところでファールゾーンに落ちてしまっていた。
沙希は土がついたスカートを払い、器用にバットのクリップを足で蹴り上げた。そして、それを空中で派手な音が立つように掴むと、
「ちっ!」
周囲に聞こえるように大きく舌打ちする。それはいつの間にか静寂に包まれていたグラウンドに大きな歓声を呼び戻す起点となった。
誰も触れることすらできなかった高阪の剛速球をファールだったとはいえ生徒会長が打ち返したのだ。会長・副会長コールが入り混じって響き、最高のボルテージになっている。
高阪は戻ってきたボールを受け取ると、いつもの笑みのまま、
「そんな打ち方ができるなんて――なんて」
とだけ言ってきた。
勝った。この時点で沙希は勝利を確信する。周りの観衆――生徒たちは生徒会長と副会長の対決に熱狂している。勝負の結果なんてヒットを打つかアウトになるかだけじゃないのだ。圧倒的存在だった副会長に対して一矢報いる。絶対的強者に弱者が噛み付く瞬間は観衆が求めている娯楽だ。この盛り上がりを演出できただけで、沙希の負けはもうない。
とはいえ、オチも重要である。ここで不甲斐ない終わり方にすれば、場が白けてしまうだろう。最高のエンディングを迎えるために、最低限次もバットに当てる必要がある。
「…………」
沙希は無言でまたバッターボックスに立つ。一方の高阪は足でマウンドを慣らしていた。
実はさっきは打ち返せたもののタイミングを誤っていた。最初の一歩目で明らかにタイミングが早すぎたと気がついていた。が、結果はバットに捉えている。これがどういうことかといえば、最初に対戦した時よりも高阪の投球速度が早くなっていることにほかならない。
彼女はまだ完成されていない発展途上の存在――そう考えると、一体どこまで伸びる逸材なのかと鳥肌が立ってしまう。
「決着を付けるわよ」
「お手柔らかに、なんて」
沙希と高阪の言葉が交錯するグラウンド。
そして、運命の第三球が投げられる。同じくボールに体当たりする沙希。
「ぐ――」
さっき以上の強い感触。今度は更に速度が上がるだろうと読んでいたのでタイミングはバッチリだったが、それ以上にボールの重さが上がっていた。バットで除夜の鐘でも叩いているのかと思うぐらいの衝撃が全身を駆け巡る。
だが沙希にも意地がある。全身の体重をバットにかけぎりぎりの所でボールを押し戻し、バットを振り切った。
ガキン。
鈍い金属音が聞こえたのと同時に、また彼女の土煙が口に充満する。勢い余って転んだのだ。
だがそんなことお構いなしに沙希が顔を上げた。まっさきに目に入ったのは左手を高く上げた高阪の姿。
最初は何をしているのか理解できなかったが、そのグローブの中を高阪が勝ち誇るように開いた時にようやくわかった。グローブの中にボールがきれいに納まっている。
「試合終了……でいいんだよね?」
転がったままの沙希に遠慮しつつ審判が声を上げた。
ピッチャーライナーでゲームセット。生徒会長VS副会長の勝負は高阪の勝利にて終わったということだ。
だが、試合の結果なんてどうでもよくなるような名勝負に生徒たちから歓声と拍手が巻き起こった。
やれやれと沙希は土のついた制服を叩きながら立ち上がる。そして、高阪の方を見て、
「あたしは生徒会室に戻るから高阪あとお願い」
「わかりました」
彼女の了承を確認してバットを抱えたまま生徒会室へ戻り始めた。すぐさま梶原と光沢もその後に続く。さらにその背後から理瀬が駆け寄ってきて、
「すごいじゃん。タダじゃ負けないと思っていたけどあそこまでやるとは思ってなかったよー」
「負けは負けよ。まあ名勝負に仕立て上げて何とか負けっぽくしなかっただけで精一杯だったけど」
沙希はそっけなく答えたつもりだったが、勝負で上がったままのテンションのせいで声が上擦っているのは自分でもすぐに解った。
しかし、そんな彼女とは裏腹に梶原は浮かない表情を浮かべ、
「なあ、やっぱりあいつ危険じゃないのか? 人望もあるし能力もある。すぐにお前の地位を脅かすことになるぞ」
「確かに彼女の能力は突出しすぎていますね。このままでは学校内にもう一つの大勢力が構築されるのは間違いないかと」
光沢も同意した。しかし、沙希は首を振って、
「前にも言った通り、高阪は副会長として活用する。脅威になりかねないってのはわかるし、今さっき直に勝負したあたしが誰よりもそれを感じているわよ。でも今はそんな奴もうまくコントロールするしかない」
沙希はちらりと背後を振り返る。グラウンド上で高阪がてきぱきと指示を出して後片付けを始めていた。
「コントロールしてみせるわよ。それしか生き残る方法がないんだから。たとえバケモノだろうが怪物だろうが神様だろうが、何でも利用してやる」
そうつぶやいてからまた生徒会室へと足を向けた。
これにて食糧確保・学校敷地奪還・学校内安全宣言をかねた球技大会と三日続いた作戦が完了し、学校敷地内を完全に沙希の手中に収める事に成功した。
レクリエーション後には校舎の屋上と校庭にSOSと巨大な文字を描く。あとは救援が来るのを待つばかりだ。
――だが一向に助けがくる気配はない。
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