第三十一頁 パンク作家と血まみれ少女 5

「サクラさん、成仏しちゃったんですかね」

 夕食時。星凛町のとある定食屋にて、居候の妖怪猫娘・サシは牛乳を飲み飲み、たった今冷やしうどんを平らげた街田康助に話しかけた。美味いがおんぼろな店で、他に客はおらず貸切り状態だった。

 街田はうどんが好きだが、必ず冷たいうどんでなければいけない。どんなに寒い冬場でも、うどんは常に冷製である。

「サクラ?誰だそれは」

「さくらのだんざえもんさん、って呼びにくいから、サクラさんです」

「ああ、あの幽霊か…」

 街田は爪楊枝をひょいと摘む。

「そうであろう。"幽霊として生きる"理由が無くなったわけだからな」

「何だか可哀想でしたねえ…」

 サシはぷはーっと最後の一口を飲み干ししんみりと言葉を転がした。

「あれでいいんじゃないのか。物事に執着するってのはしんどいもんだ。例え本人がそう思ってなくてもな。執着は本人さえ知らない所で少しずつ少しずつその魂を削っていくものなのだ。くだらない執着は忘れるのがいい」

 街田は何かを含むように目を閉じながら言った。

 妙に勘のいいサシは、おそらく街田の過去にそういう事を思わせる出来事があるのだろうかと考えた。

 街田は普段から過去の話をしようとしない。せいぜい、昔ちょっと読んだ漫画であるとか小説家としてデビューした頃の話とか、その程度だった。小説家になる前の事を彼から詳しく聞いた事が、サシには無かった。


 あれから一週間ほど。結局、町のごく一部を騒がせた戦国時代の落武者の幽霊…見た目は血まみれの女子高校生…、桜野踊左衛門(さくらのだんざえもん)、以下桜野はあの後すぐにヒューマニティから、街田達の前から姿を消した。どこかへ行方を眩ましたのではなく、文字通り消えていった。

 彼女は亡き主君の仇討ちとして、正々堂々とした決着による復讐をするべく実体をも持つ幽霊として蘇った。しかしその結末は仇があっさり翌年に病死してしまったという呆気ないものであり、行き場のない喪失感と共に彼女は居なくなった。

 即ち、成仏をしてこの世から完全に消え去ったのだと言える。

 街田の言うとおり、幽霊は死してなおこの世に執着するものがあるから幽霊になるのであって、執着するものが消えてしまえば幽霊でいる意味が無くなる。

 幽霊としての死、と言えるかもしれない。


 定食屋では店の隅にあるテレビが垂れ流しになっていた。

 街田はテレビを見ないし新聞も読まないが、夕食どきにやっている「ニュース20」だけは見るようにした。一日のニュースを簡単に20分間に凝縮して次々と紹介する番組だ。テレビも新聞も見ない、インターネットも見ない彼でもさすがに世の中の大きなニュースを知らないという事は大人としてどうかという所もあり、見るようにしていた。この番組であれば短い時間で概要が手に取るようにわかるし、分かった風なニュースキャスターのくだらないコメントも無い。大体ニュースなどというのは「こんな事があるのか」程度の知識で良い。世論だか何だかは知らないが自分がどう思ったかだけで良い。自分の生活に火の粉がかかるような内容であればその時に考える。街田はそれでいいと思っていた。昔、何も知らずにインターネットの意見に踊らされてデモ隊を作る学生達がいたがああいうのは全くもってナンセンスだし、彼らには自分の意見は無いのだろうなと街田は2秒ほどだけ考えた事があった。


『連載40周年にわたり連載された漫画"ここが鶴橋公園前公共職業安定所"、略して"ここ鶴"がついにその連載を終了する事が発表されました』


「ほう、"ここ鶴"はまだ連載していたのだな。子供の頃はよく読んだものだ」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええ」

 顎がはずれそうなくらい口をあんぐり開けて驚きまくるサシ。

「す、好きだったのに!あの流行りに乗って蘊蓄を垂れるように見せかけて世間をバッサリ切るあのアナーキーさが大好きだったのにィィィ!!ずっと続くと思ってたのに…」

「無茶を言ってくれるなよ。ずっと続くものなどあるわけなかろう、物事には終わりがある。同じ漫画が40年も続く方が珍しい。継続は売れる事よりも難しい、あの作者はバケモノか何かだ」

 この妖怪、自分が執筆をしている間一体どれだけの本を読んでいるのかと思っていたが漫画にまでしっかり手を出していたとは。いつの間にやら寝室の隅にちょっとした本の要塞を築き上げているだけはある。

 街田は呆れるやら感心するやらであったが、次のニュースにそれはかき消された。


『きょう未明、O市星凛町の高架下にて通り魔事件が発生しました』


「星凛…?」

「ひっ!ここじゃないですか…」

 "ここ鶴"連載終了の衝撃は一瞬にして吹っ飛び、街田とサシの顔はあまりにも近隣の事件にこわばった。そういえば今日はやけに警察が駅前に多かった気がした。

『被害者の女性によると、犯人は日本刀のようなもので遅いかかって来たという事です。警察は殺人未遂事件として捜査を…』

 30代くらいの女性だが、何の変哲もない一般人である被害者の名前と顔写真の後、「ニュース20」の画面にはサンプル画像として日本刀の写真が映し出された。

 街田とサシは顔を見合わせた。

 常人は普通に生活していたらまず見る事のない日本刀というものを二人はここ最近見た事がある。

 たった一週間前だろうか。

 セーラー服の少女…もとい、落武者の幽霊。セーラー服なのはよく分からないが、侍だから当然日本刀を持っている。幽霊だが執着が強かったので実態があり、触られるし触られる事もできる。彼女が生身の人間を斬ろうと思えばおそらくそれは簡単な事であった。

「あいつ…なのか」

「ちょっと待ってください先生!サクラさんはそんな事しませんよ…」

「本当にしないと言えるか」

「そ、それは…」

 妖怪の直感なのか分からないが、サシには桜野が悪い幽霊だとは思えなかった。ただ純粋に主君の仇を打ち、無念を晴らしたかっただけの幽霊。人間に危害を加える様子は無かった。聞くと精神病院に迷い込んだ時に探検にきた人間の姉弟に見つかり、思いっきり怖がって逃げられて悲しかった、なども言っていた。

 恐ろしいのは「犯人がまだ見つかっていない」という情報であった。桜野なのか別の誰かなのか分からないが、これをやった犯人…通り魔がまだこの星凛の町に潜んでいるかもしれない。この店から街田宅までは歩くと10~15分ほどかかるが、極端に言えば帰り道に出くわすかもしれない。あまりにホットで身近なニュースはそれだけで二人の心に不安を落とすには十分だった。

「さっさと帰った方がいいな」

「え、ちょっ…お店出るんですか。怖いですよ…」

「怖いってお前、店を出なければ家に帰れないぞ」

「せ、せめてせめて、カインさんかガガさんに護衛をお願いしましょう!」

 街田は犬が憑いているがあくまで生身の人間であるし、サシは猫の妖怪、素早いし爪を使っての攻防もできるのだが刃物を持った通り魔相手に太刀打ちできるかは微妙な所だった。

 性格が良いという意味で悪魔としては落第生であるが魔力を駆使できるカインや、全身兵器の改造人間でサシの為なら何でもする変態女・ガガなら勝つる事は確かだった。

「あ、やっぱダメです…カインさんは今バイト中だし、ガガさんは昼から隣町のライブハウスに手伝いに行くって言ってました。どうやらスタッフが一人飛んだみたいで」

「そういうヘヴィな情報はいい。ライブハウスのスタッフは飛ぶものだ。さっさと帰って今日は家に籠るぞ」

 小説家と妖怪は定食屋をあとにした。定食屋のある商店街は街田宅とは線路を挟んで逆側にあるので、線路を越える必要がある。星凛の町には踏切がない。つまり高架下の小さなトンネルを通る必要があった。高架下、と聞くと先程のニュースを思い出して気が引けるが、現場になった所とは逆側だし、駅まで行くと大回りなので通るしかなかった。


 高架下には停められているのか捨てられているのか分からない自転車が大量にあり、ゴミの不法投棄も多く無法地帯と化していた。表を向いた重要な所は綺麗に見せているが、こういう細かい、人目につかない所が適当なのが星凛町の悪い所であろう。

 街田とサシは"ここ鶴"の思い出について語りながら歩いた。街田は若い時に本命の漫画のついでに連載のあった本誌で読んでいただけだが、サシはやたらと最近の内容に詳しい。基本は一話完結で登場キャラクターもほぼ固定、昔からの読者でも新参の読者でも、どこから読んでも楽しめるのが長い人気の秘訣であろう。

「ああ、そういえば絶対に4年に一度しか出ないキャラクターが居たんでしたっけ」

 街田のちょっと前を歩くサシは後ろを振り返りながら楽しげに話していた。

「いつもラストは主人公の上司が戦車で…先生?」

 何度めかに振り返った際だった。サシは自分の全身の血の気が引く音を聞いた気がした。


 数メートル後ろ、街田はうつぶせに倒れていた。側には日本刀が転がっていた。

 サシは金縛りに遭ったように動けなかったが、嫌な事に気付いてしまった。日本刀には、「鉄」と書いた金属板の飾りがついていたのだ。

 認めたく無いが、見覚えがある。


 倒れた街田の向こうから、誰かがこちらへ歩いて来る。

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