第一章

「そ、そんな……」


 耳元で囁かれ、私は困ったように先輩へと向き直る。


「仕方ないでしょ? この中であの子と仲良いのはあんただけなんだし、あたしとかが一緒にいても心開いてくれないもの」


「……」


 こんなことをしておいて、心を開くもないだろうに。


 そんな反発が胸の奥から迫り上がってきたが、口に出す勇気はなかった。


「じゃ、よろしく」


 ポンと軽く私の肩を叩き、瑠璃先輩はまた庸介さんの腕に絡みつき元来た道を戻り始めた。


 罪悪感のかけらもないその後姿を呆然と見送り、言葉を失う私の意識を戻したのは小塚先輩の声だった。


「時間の無駄。毎回楽しくないことばかりしてくれるわ」


 今日何度目かわからない吐息を吐いてマイペースに歩き去る小塚先輩の背中を一瞥してから、私は急いで天音の元へと駆け寄っていく。


「天音、大丈夫?」


「……」


 そっと両肩に手をかけて、顔を覗きこむ。


 口を半開きににして涎を零す天音の表情は、怖いくらいに歪んで見えた。

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