生きろ
気づいた時、一瞬何が起きたのか分からなかった。
何やら昔の事を見ていたらしい。
───まさか、これが夢というやつか。
そっと横を見れば、横に人が立っていた。
「いい、そこでヴェルの蹴りが連発で入って───」
どこかで聞いたことのある声がした。
「それでヴェル様の足があらぬ方向に。ってちょっと待ってミリア。ヴェル様、お気づきになられましたか」
別の声が耳の上の方からした。
「誰、だ」
「ミリアです」
「リリスです、大丈夫ですか」
そこで右手を握られたのを感じる。
とても暖かった。
「───俺は」
「意識が戻られたようで何よりです。魔力の使い過ぎで倒れられたのです」
リリスの声が聞こえる。
「そうか、俺は、助けられたのか」
ゆっくりと仰向けになり、そう言う。
世界が暗かった。夜か、ヴェルファリアがそんなことを考えていると、
「はい、応急処置はリリスが。私は薬草を飲ませただけです。父が準備しておいて助かりました」
「ミリアが。二人共すまない、迷惑をかけた」
そう言って立ち上がろうとするが身体に力が入らず起き上がることが出来なかった。
「今はまだ動かないで下さい・・・ヴェル、ちょっと」
「どうしたミリア」
「まさか、目が見えてないんじゃ」
「いや、そんなことはないぞ。ただここは夜で暗くて見えないだけだ」
そこで世界が静まった。
「どうした、ミリア」
突然の静寂に驚き、間の抜けたことを言っているとヴェルファリアが感じたのと同時。
「ヴェル、貴方───目、開いてるのよ」
「ヴェル様!」
「───そうか」
そうしてしばらくの間。
ここで自身の置かれた状況が理解出来始めた。
もはや目すら見えない程に消耗しているか。
「ここは、どこだ」
「ヴェル様の部屋です。鍵は失礼ながらお借り致しました」
リリスの声がそう答えていた。
「そうか、なら扉を閉めてもらえないか。開いてるんだろう」
「いえ、閉まっております」
「そうか、お前達二人しかいないのか」
「はい」
「念のために聞くぞ、失礼なことですまないが。本当に二人だけなんだな」
「ええ、けれどヴェル、どうしたの」
「どうやらお前達に助けられたようだから一つ教えておく。俺はこういう事も出来る」
そう言うなり、光の魔術を自分自身にかけていた。回復の魔術は魔力を自己補給も出来れば、傷も回復が可能だ。
そこに僅かな魔力があればいくらでも回復は可能な程には鍛錬してきていたのだ。
「眩しい!」
ミリアの声がする。
そうして
「一体、何が───ヴェル様!」
リリスが声を上げる。
「静かに。今起きるからな。今度こそ、夜か。久しぶりに寝ていた。夢と言うものを初めてみたように思う」
世界が本来の姿を取り戻していた。
辺りは夜になっていた。月明かりが部屋を仄かに照らしているのを確認する。
「ヴェル、貴方。さっきまで全身から血が」
ミリアが信じられない、という顔でこちらを見てきていた。
「心配をかけたな、もう問題はない。助かった、有難う。ところで、俺は一体どうなったんだ」
「父と戦ったのです。父の勝ちでしたが、ヴェルも奮闘してましたよ」
ミリアが困惑気味にそう言っていた。
「そうか、経験が生きたようだ」
ベッドから起き上がり、静かに立つ。
「ヴェル様、全身の傷は」
「ああ、治した」
「───は?」
リリスが口を開けて驚いている。
ミリアは目を大きく見開いてこちらを見ていた。
「そんなこと出来るの、リリス。私は魔術に疎いから分からないけど」
ミリアがゆっくりと横のリリスに尋ねていた。
「ありえません。足だってあらぬ方向を向いてたんですよ。魔力の使いすぎによる過労、それを止めることは出来たとして、足まで復元するなんて出来るはずがない」
「そうか」
思わず苦笑する。
「そうか、ではありません。一体何が起きているのか話して下さい」
ミリアが真剣な眼差しでこちらを見てきていた。
父さん、お許し下さい。
ヴェルファリアは初めて誓いを破ります。
そう思いながら、口を開いた。
「俺は魔術師だ。もう、言うまでもないかもしれないが。魔術師が魔術師だと宣言するのは阿呆のやることだと父からは教えられてきた」
二人を見ながら言葉を続ける。
「その上で、お前達に助けられた命だからもう何もかも話すが、俺は回復の魔術と言う物も扱える。因果の魔術、とも言われる。回復さえ間に合えば人を蘇らせる事も出来る、その気になればな。本来失うべき命が救われる。死という結果を曲げずして叶うだろうか」
二人は信じられないと言う顔で見ていた。
「まあ、信じるも信じないもお前達次第だ。いや、待てよ。いいものを見せよう。俺が何をしても黙って見ておくといい」
二人が無言で頷くのを確認し、
静かに光の刃を右手に作り出す。そして左腕を思い切り切断した。
ぼとり、という鈍い音がし、静かに血が垂れだしていた。痛みは雷の魔術で止めている。
何の問題もない。いつも通りの鍛錬通りだ。
「そして、これを」
落ちた左腕を拾い、無理矢理に接合する。そうして自身に光の魔力を込め魔術を左腕に集中する。
そうするうちに、いつも通りに傷が塞がり左腕が完全に復元された。
「やはり、人に見せるのは気分の良いものではないな。お前達も見ていて気分の良いものではなかっただろうが」
そうして左腕をぐるぐると動かす。もう大丈夫、そう言おうとして左手を動かした所で、
「まさか、いつもこんな鍛錬を?」
青ざめた顔をしたミリアにそう言われ、
「ああ」
とだけ答えた。
「いざと言う時に使えなかったら困るだろう。まあ最初は腕を切断まではいかなかった。せいぜい切り傷までだった。いつからだろうな、切断して試したのは」
リリスは無言で立っていた。魔術は使えるが信じられない、と言った所か。
「ミリアは化物と言われてたんだったな。安心しろ、よっぽど俺のほうが化物だ」
そう冷たく言い放っていた。
もはや何かもがどうでも良くなっていた。
「これが魔術師だ。感情などそこに必要ない、それが魔術師が魔術師たる所以。いくら取り繕ってもこの根本が変わらぬ限り、俺と言う人間は変わらぬだろう」
───なんて、つまらないのだろう。
「リリスも俺を愛すると言ったが、これで気は変わったか。ならばもう俺のことは忘れ、生きろ。俺はここを去る。ここは俺のいるべき世界ではない。やはりこの世に興味を持つなどおこがましいことだったのだ。人間と魔族の共存はきっと俺以外の誰かがやり遂げるだろう。やはり、俺はひっそりと生きている方がよかったのだ」
そう言って身動き一つしない二人を横目に部屋の荷物をまとめる。
森に帰ろう。ひっそりと父と母と生き、そして森で死ぬまで自己研鑽し続けよう。
「ちょっと、待って下さい」
リリスだった。
「どうした」
机の上の調合道具一式を片付けながらリリスの方を見ず、そう尋ねていた。
「それでも、私は貴方を愛しています。だって、そうでしょ。ただ目の前で起きた事が信じられなかっただけで、今はもう知ってしまった、それだけのこと」
「それだけのこと?」
手は止まったが言葉が止まらなかった。
急に胸が熱くなっていた。そして同時に身体が震えていた。
それは恐れによるものだ。
何を恐れているのか。
───俺は恐れているのか。
二人を失うのが。
こんな俺の姿に失望し、消えていくことが容易に想像出来た。
ああ、怖いのか。これが恐れ、か。
「何がそれだけのことだ。お前達も見たはずだ。怖くはないのか、恐ろしくはないのか。こんな魔術」
勢いに任せて言っていた。
日頃練習してきた魔術をこんな魔術、と。
母から授かった魔術を、こんな、と言ったのは初めてのことだった。
それだけ、焦っていたのかもしれない。
二人から見放されることに。
「こんな魔術等と言わないで下さい。ヴェル、貴方は何のためにその魔術を鍛錬してきたの」
リリスが怒りながらそう言ってきていた。
「何のため?自己研鑽に他ならない。いや、母からは大切な者を守るためと言われてきたか。いざというときのために練習してきた、それだけ」
「いざって何?」
リリスが問いただしてきた。
「それは俺が大切だと思う者が困った時のために練習してきたに決まっているだろう」
「じゃあ聞くけど、貴方の大切な者って何なの。まさか今更自分の命だなんて、いわせないわよ」
「それは───」
リリスに言われ、そこで初めて口を閉ざした。
───大切な者ってなんだ?
「答えられないなら教えてあげる。わたくしや、そこにいるミリア。貴方が知り合った者達のことではなくて?」
そこで静かに目を瞑る。
ああ、そうか───
「そうです、ヴェル。生きて生きて無様に生き抜いて。それが人間のなすべき事でしょう。貴方は化物なんかじゃない。魔術師である前に、貴方は人間よ。私と同じ心の弱い。これから、共に強くなりましょう」
ミリアがそう声をかけてきていた。
そうして気づけば、目から涙が出ていた。
「お前達は、こんな俺でも受け入れてくれるのか」
「こんなことで壊れる愛など、愛などではありません。ヴェル様、愛するということは苦楽を分かち合うことなんです。わたくし、今ならはっきり言えます。苦しかったでしょう、誰にも言えなくて。けど大丈夫。こんなことでわたくし、諦めませんから」
リリスが涙を流し、しかし笑顔でそう言ってきた。
「リリス・・・」
「私も忘れないで欲しい。私も言ったはず。貴方の愛を勝ち取ると。こんなことで諦めるわけないじゃない。一緒に幸せになるのよ」
ミリアも笑顔でそう言ってくれた。
「そうか。こんな俺でも、お前達は許してくれるのか」
「許すも何もありません。ヴェル様は何一つ悪いことをなさっておりません」
リリスが手を差し伸べてくる。その手を気づけばゆっくりと握っていた。
「そうよ、まあ強いて言うならそんな隠し事をしていたことと、自分のことをこんな、とか言うことが許せないくらいかしら。私は全部言ったのに、それはないのでは」
ミリアが苦笑しながら手を差し伸べてくる。その手をやはりゆっくりと握っていた。
「すまない、今だけはお前達の愛に、すがらせてくれ」
「今と言わず」
「いつでもいいんですよ」
二人が同時にそう言ってきた。
「俺は、お前達に改めて誓おう。大切な者のため、生きると。そのための命であると」
迷いはいつの間にかなくなっていた。
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