雷の魔術 応用編

「───ル」


誰かの声が聞こえてくる。


「ヴェル、聞いてるのか」


気づけば目の前に父がいた。


「はっ、申し訳ありません。父さん」


「さて、どこまで話したか。そうだ、雷の魔術だったな。他人に強制的に命令出来るのならばおそらく自分自身にも命令出来るのだろうな」


そんなことを言い出した。


「と、言いますと」


「例えば、生きろ、とかな。そうすれば少なくともお前は死ぬことはない。脳が勝手に判断し動くことになるだろう。どうだ、原理は合ってないか?」


そう言われ考える。


出来るだろうか。


確かに、他者、例えば動物に触れ雷の魔術を流すことで操ることは出来た。


ならば自身に対し「生きろ」と命じれば確かに可能かもしれない。


「と、なれば無意識のうちにその命令を流しておくことは出来ないか、ヴェル」


「そう言われましても」


出来る、とは言えなかった。試してないからだ。


「例えば、お前より力量が遥か上の敵と出くわしたとしよう。そしてお前がそれを認識出来ない時、お前は死ぬことになる、そうだな」


「そう、でしょうね」


「では実践してみよう。いいか、生きろとだけ命令しろ。絶対に相手を倒すと限定するな。逃げるという選択肢もあるのだからな。逃げるのが最適な答えであれば自ずと逃げることになるだろうさ。おそらく風の魔術との併用で。では、本気でいくから構えろ」


「分かりました」


そうして自身に命じる。単純な命令を


───生きろ


そうして父の姿が消える。本気の父の姿は正直視認出来なかった。故に今まで雷の魔術で対応してきたのだった。


だが、宣言もなしにこの速度で相手に攻められたら?


おそらく即死するだろうことは幼心に感じていたことだ。


そう感じていたからこそ、身体が勝手に死を回避する行動に出ていた。


突然風の魔術が発動し、雷の魔術が発動する。大量の魔力を消費しながら自身の世界が加速する。


ようやく父の姿が視認出来た、と感じたときにはこちらが行動していた。


殴りかかろうとする父めがけ加速し、父の顎に蹴りを入れていた。


「うぐ、ま、まさかこれほどとは」


父がそう言いながら上にゆっくりと飛んでいく。


それを追撃するように自身も地面を思い切り蹴り上げ、空中に飛んでいた。


父が防御の姿勢を取る。


そこに拳を直接入れ、命じる。


「───自害しろ」


気づけばそこで血を吐いていた、そして全身から血が吹き出る。魔力の使いすぎによるものだ。


そこで魔力が切れ、ゆっくりと地面に落ちそうになる。それを父が空中で掴み、抱きかかえてくれた。


「万が一、お前の魔力が残っていたなら俺はここで自害して死んでいたのだろうな。まあ、自害なんてさせるほどの魔力、お前が大人になるまで身につかないと思うが。相手に通用するとも限らないあたり、まだ未完成の魔術か。だが、よくやった」


「あ、ありがとうございます」


そう言うなり血を吐いていた。


「お前は常に自身に無意識のうちに命令しておかねばならない。生きろと。そうすれば万が一命の危機に晒された時、身体が勝手に対処するだろう。だが、注意することが。相手が強ければ強いほど大量の魔力を消費するということを。差し当たっては自害を命じるより相手を倒すこと、そして次に逃げることから叩き込んだ方がよさそうだがな」


「分かりました」


「さあ、母さんの所に連れて行ってやろう。すぐにもその出血、なんとかせねばな」


そういって父と一緒に訓練所を出た。


そうして母さんに会うなり、


「貴方、どうしたの!ちょっとお父さん!」


「すまぬ、魔力の使いすぎらしい。早く魔力の補給を。それと回復魔術をヴェルと俺に」


そこで父が前のめりになって倒れた。


受け身すら取れず、一緒に地面に倒れ込んだ。


「───は」


何が起きたのか分からなかった。それを父は仰向けになり、冷静にこう述べた。


「不甲斐ないな。最初の蹴り一撃でこのざまだ。かろうじて動くのが精一杯だ。あの蹴り一撃にどれほどの魔力が込められていたのだろうな。魔術耐性等あってももはや関係ないほどの衝撃、これはどのような敵だろうと如何ともしがたいだろう」


父がそう評するほどの魔術。


「だがこの魔術が無敵等と思わぬことだ、ヴェル。反動で魔力がなくなり、ただの人間と成り果てたお前等、誰でも容易く殺せるのだからな。まあ、お前を助けてくれるような人間や魔族と出会えれば話は別だろうが」


そう言われたが全く想像出来なかった。


いや、一人だけいた。


母さんだ。


母さんが額に手を当て、魔力を注ぎ込んでくれる。


「いつもすいません、母さん」


「いいのよ、けどあまり無茶な魔術は使ってはいけません。いざと言うときは別だけれど」


「さっきそのいざという時の練習をしていたのです。そしてこの様です。雷の魔術で自身に生きろと命じたのです。身体が勝手に動き、気づいたらこうなっておりました」


「そう、それはいい判断かもね。けれど、刺し違えて相手を倒した所でそれは何の意味も為さないわ。その後貴方は殺されてしまうのだから」


「はい、理解しております」


「それならよろしい。日々魔術の鍛錬は怠らないこと、いいわね」


「はい」


「母さん、それより俺も」


父がかすれた声でそんなことを言い出す。


「お父さんは後です。貴方丈夫だから大丈夫よ」


「そ、そんな」


「はは、母さん。もう大丈夫です。僕はもう起き上がれます」


「そう?じゃあ次はお父さ───」


そう言って立ち上がろうとした瞬間、そこで意識がゆっくりと遠のいていった。

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