第657話 世界遺産登録で九尾なのじゃ

 ダイコンホールディングスに就職してからはや数週間が過ぎた。


 俺がこれまで勤めていた中小企業――ナガト建設は除く――と違い、ダイコンホールディングスは東証に上場するほどの大企業である。そらまぁ、親も親戚も、ええとこに就職してくれた、これで一族も安泰と大騒ぎのわっちゃわっちゃ。


 桜くんの一族内での地位は爆発的に上昇した。

 それこそ、市役所に就職したおふくろの弟さんよりも、一族内ヒエラルキーの上に立った。


 とはいえ、年の功は亀の甲であり、爺さん婆さん連中には敵わないのだけれど。


 とまぁ、そんな一族内の序列がいったいなんなのかと言われれば、俺の家庭での生活の質の向上へとつながる。


「ささ、桜さんどうぞこちらへ。お茶とせんべいとスポーツ雑誌のスケベ面を一週間分ご用意しております」


「……いや、親父、何をやっているのさ」


 居間。

 俺が起き出して飯を食い、ちょっと横になろうかなと居間へとふらり立ち寄れば、親父がそんなことを言ってテレビの前を譲って来た。

 いつもはテレビの前で寝転がって、かぶきあげかっ喰らうことおっさんのごとし。不動の父とまで言われた男がこの様子である。


 正直気持ち悪かった。


 そして、絶対に何か企んでいるのは明らかだった。


 図星なのだろう。

 俺の言葉にでへへと親父は後ろ髪を掻く。

 その仕草までがなんとも芝居がかっていて、我が親ながらちょっとどうやねんと思わずにはいられない。


 おい。

 いい歳したおっさんがすることじゃないだろう。


「いやー、我が家の稼ぎ頭である桜さんにはこれからも頑張って貰わないといけないからね。ローンの支払いとか、ローンの支払いとか、ローンの支払いとか」


「支払わないよ!? おい、親父、アンタの名義で借りたローンだろ!!」


「そろそろこの家もガタが来ているからね。築三十五年。リフォームするよりも、一度更地にして新しく建てた方がいいと思うんだ」


「よくねえよ!! お前、なにを息子の貯蓄をアテにしてんだ!!」


「嫁も娘もできたことだし――そろそろ身を固める覚悟をしたらどうだ桜!!」


「嫁でも娘でもねえよ!!」


「ニートの息子もいるんだぞ!!」


アレシュラトはそもそも身内にもカウントしたくねえよ!!」


 あのニート黒騎士――働くくらいなら絶対くっころするからなマンを、生涯に渡って世話していくほどの財政的体力は流石にない。


 割と、ダイコンホールディングスの御給金がいままで見たことないレベルの額で、え、こんなに貰っていいんですかとはなっているが、それでも余裕はない。


 せいぜい、仕事には行くけれどしょっちゅう仕事をクビになる内縁の妻。

 水と太陽があれば食事要らずの娘とペット。


 あと、ちょいちょい転職していたせいで年金受給額があんまりな感じの糞親父と、自分はちゃっかり公務員勤めで年金対策ばっちり頼りにしてますお母さまくらいである。


 頼るなら、まず先に頼るべき相手がいるだろうフォックス。

 誰とは言わんけれど。


 とにかく、俺は親父のあまりんもあんまりな申し出にノーを突き付けた。

 そんな俺に唇を突き出して抗議する親父。


「なんだよぉ。いいじゃないかよぉ。せっかく俺が、お前を立派に育てるために、九十年ローン組んで建ててやったんじゃないか」


「おい。待て、なんだ九十年ローンって。一世代で完結しないレベルのローンじゃねえか。どういう審査すりゃそんなローンが通るんだよ。というか組めるんだよ」


「……最初は三十年だったんだが、伸ばすうちにいろいろとな」


「伸びても九十年にはならないだろう!! おい、息子に負の遺産をしれっと背負わせてるんじゃねえ!!」


 ほんとろくでもねぇ。

 せめてそこは、ローンを伸ばす前に一言二言、それをひっちゃぶることになる家族の俺たちに何か説明があってもよかったんじゃないだろうか。


 それにしたって、息子に迷惑かけるローンなんて組んでくれるなフォックス。


「ふざっけんな!! そんなことするくらいなら、俺はアパート暮らしで一生過ごすわ!! だいたい、今どき持ち家なんて流行らないんだよ!!」


「お前、それが腹を痛めて生んだ親に対する口の利き方か!!」


「男親だろう!! 痛めてないじゃん!!」


「痛めたわ!! えー、これから俺、一児の父になるの!! やばーい!! 俺まだ平社員なんだけれど!! というか、会社で割と危うい立場なんだけれど!! 転職しようかなとか思っていた矢先なんだけれど!! と、ナーバスになって胃が痛かったよ!! 正〇丸飲んだのを覚えているよ!!」


「そんな豆腐みたいな覚悟で子供つくってるんじゃねえフォックス!!」


 この親にしてこの子ありと言われても仕方のないクズっぷりだよ。

 もう、どうしようもないダメ親父っぷりだよ。

 加代さんもびっくりのダメ人間だよ。


 ある意味、こんな男の血を引く俺が加代に引き寄せられたのは必然――。


「御父上と一緒にしないで欲しいのじゃ!!」


「KAYOCHAN!!」


 そんなことを思った所に、加代がふらりと居間へとやって来た。

 落ち着きなはれと二人を座らせて、はぁと彼女はため息を吐く。


「親子は仲良くするのが一番なのじゃ。桜。確かに御父上は――申し開き用のないごく潰しかもしれないのじゃ」


「いや、申し訳する必要もないごく潰しだろ。こんなん、生きているだけで世間様に申し訳なさで生きていけなくなるわ」


「桜!! お前、だからもっと生んだ親に敬意を払えよ!! 腹を痛め――」


「世間じゃそういう風にその言葉は使わないんだよ!! このスカポンタン!!」


 やめいやめいやめるのじゃと加代さんが間に入る。

 止めてくれないでくれ加代。


 今日ばかりは、この世間さまを舐め腐った親父に、ひとつ生きることの厳しさを教えてやらなくちゃならないんだ――。


 そう思った時、こやーんこやーんと着信音。

 加代さんのスマホが鳴った。


 あまり鳴らない彼女の電話。

 それが鳴るとは何事か。


 はてさてと、すぐに加代はそれを手に取る。


「あ、もしもしママなのじゃ。どうしたのじゃ急に……えっ、昔ママが住んでいた宮殿が世界遺産登録された!? すごい話なのじゃ!!」


「……え?」


「……なんて?」


 スケールが違わなくないですか。

 かたやこっちは阪内の住宅街にある手狭な築三十年住宅。

 かたや向こうは築うん千年のひろびろ東京ドーム単位住宅。


 同じかと思ったが違った。こっちはただのダメ人間だが、加代さんはセレブな駄女狐であった。


 こんこん。


 所詮、住む世界が違うということか――。


「のじゃぁ。で、それがいったい。えっ、世界遺産として維持するためにそこそこのお金が必要になる。悪いけれど貸してくれないか――って、そんなお金ある訳。ローンでもいいって、そういうことじゃないのじゃ」


「……わぁお」


「……スケールは違えど、やっていることはそう変わらない」


 なるほど今わかりました。

 俺たちはろくでなしだから惹かれ合ったのではない。


 親がろくでなし過ぎて苦労しているから惹かれ合ったのだ。


 その悲しい事実に、ちょっと泣いた。


「のじゃぁ、ダメダメ駄目なのじゃ!! ただでさえ、日本のママの遺産案件の管理費はわらわが面倒見ているのじゃ!! 海外の遺産までは面倒みきれないのじゃ!!」


「……桜さん」


「嫁はやってますよみたいな目でこっち見るなバカ親父」


 そして、加代さんも自分の生活だけでいっぱいいっぱいなのに、そういうことしてるんじゃないよ。ほんと、身内にまで骨身までしゃぶられてどうすんだ。

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