第656話 女性週刊誌で九尾なのじゃ
まぁ、普通に同居している間柄である。
最近はちょっと仕事も落ち着いてきて、休日なんかは加代と一緒によくお出かけするのだが、付き合いもこう長くなってくると移動中に話すような内容もなくなってくる。
別にそれが辛いという訳ではないし、それについて愛がなくなったと加代に責められている訳でもない。
長く付き合っていれば、そうなってしまうのは仕方のないものだし、むしろそういうのを気にしないのが気の置けない男女の仲だと、二人は納得していた。
とはいえ、なんか話題はないかなと考えない訳ではない。
「のじゃのじゃー。伏見稲荷でおいなりさん。本場いなりでおいなりさん」
「おー、加代さんテンション高いな。そんなに楽しみかいおいなりさん」
「あぶりゃーげと聞いて喜ばない狐はいないのじゃ!!」
「そうですよね。そういや、そういうキャラでしたよね」
ここ最近あぶりゃーげのない世界に行っていたので、すっかりと忘れてしまっていたけれど、こいつはこういう狐でございました。
そう、なんだかんだ言ってオキツネさまなのよね。
そんな感じでオキツネネタで会話が続くかと言えばそうでもなし。
どうしたもんかねと俺はふと移動のために乗り込んだ電車の中を見渡した。
すぐ目についたのは――つり革の更に上。天井から垂れている広告である。どんな電車でもよっぽどのローカル線に乗らない限り中づり広告は鉄板よなと思いつつ、そこから面白そうな話題の載っているものがないかと探す。
探すのだが――。
「激カワ過ぎる女性アナウンサーの激ゲス過ぎる私生活。激写、元プロの裏稼業、黒いおこづかい。大手企業の闇、自殺者を生み出す死の社内教育プログラム。なんでこんな暗い話題ばっかり」
「のじゃのじゃ。中づり広告に倫理観を求めてはいけないのじゃ」
「……なんかアニメだ漫画だいろんなもんを規制する前にこういうモノを規制した方がいいんじゃないの。子供の眼にも入るだろうし」
「まぁけど、これくらい陰惨だと逆に現実感がなくって笑い話で済むのじゃ。妙になまめかしい話を出されるよりはよっぽど無害だと思うのじゃ」
えぇ、なんだその感想。
加代さんいくらなんでもスレ過ぎていやしませんかね。
確かに言われた通り、いやそんな馬鹿なという文言が頭の中を過るようなネタばっかりでございますけれど。それでもちょっと、だいぶ話を盛っているなと察することができる大人にしても、口を閉ざしてしまうような陰惨さがありますよ。
どうしてこんな社会になってしまったのか。
こんな社会にしてしまったのか。
責任を感じてしまう俺がいたりいなかったり。
まぁ、ぶっちゃけ、割とどうでもいい。
だって雑談だしね。
「のじゃのじゃ。よく考えるのじゃ。歴史を鑑みても、よく話題になるのは陰惨な事件ばかりなのじゃ。めでたいことや、立派なことはそうそう覚えていないものなのじゃ」
「……確かに。本能寺の変や関ケ原、大阪の陣や明治維新なんかの方が記憶には残っているよな」
「のじゃのじゃ。なんだかんだで日本人という奴は、根っこのところが陰湿にできているのじゃ。明るい話題より、暗い話題。人の不幸は蜜の味」
「えぇ、そんな言い方」
「とまぁ、そうは言ったが、悲劇の裏にこそ歴史の事実があるとも言える。何かしらの犠牲があったから、新しい時代が開けたと思えば……多少のことは目を瞑ろうというもの」
なんかいい感じに話をしめる加代さん。
そんなものですかねと嘆息すると電車が停車する。
大きな駅に停車した車内から人がばらばらと出ていく。ちょうどいい感じに二人で座れるスペースができたのでそこに移動すると――。
「しかし、するとあの中づり広告に書かれている内容も、新しい時代を切り開く何かなのかもしれないのかねぇ」
なんてことを俺は言ったのだった。
やれやれ、何をバカなことを言っているのだか。
昼日中から、同居人とする会話にしちゃ頭が悪いにもほどがある。
隣の結婚雑誌の話題でも振っておけばよかったよ。
いや、それはそれで気まずいけれど。
「もしかすると、ゲス生活の裏でレジスタンス活動をしているお母さんとかなのかもしれないのじゃ。裏稼業は悪の格闘団体との壮絶なバトルで、ファイトマネーを孤児院に贈っているかもしれないのじゃ。自殺者を生み出すプログラムは、ついにAIが人をころ」
「OK加代さん、ストップ。どこかで聞いたことのある、なんかいろいろとヤバそうな話になってきた。落ち着け」
そんな中づり広告の中に、ハリウッド映画やアニメ、最近の日本映画みたいな裏があったら逆に怖いってのフォックス。
うん。
現実味がないくらいが本当にちょうどいい。
心からくだらない、どうでもいい、ばかばかしいって感じられるからこそ、無害ということも世の中にはあるんだなぁ――。
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