第204話 ソルティドッグ・オア・フォックスで九尾なのじゃ

「今回の一件は、副社長派がこちら側にしかけてきた牽制だと、僕は考えている」


「牽制?」


「白戸くんと桜くんのダブル昇進。それも部長・次長で第二営業部を固められたら、向こうとしてはやりづらい」


「まぁ、そりゃそうですが」


「それで副社長派の人間が、意図的に情報を止めて不利な状況を作った」


 確かにこの状況を打破するに当たって、の情報量が少なかった感はいなめない。

 もう少し、向こう側の事情を知ることができていれば、今回の一件についてはまだ対処をする余地があったように思う。


 それこそ、横領をした担当課長が逃げるのを防ぐことができれば、また、話も違ってきたいただろう。後手後手に回ったのは、本来であれば太いパイプでつながれているはずの、官公庁との連携が上手くいかなかったからだ。


 そして情報を遮断できるとすれば、その仕事を生業としている第一営業部。

 ――そう、副社長派の息がかかった部署である。


 社長の推理はあながち間違っていないように思えた。

 ただ――問題は誰がそれを主導したのかだ。


「坂崎次長でしょう」


「え? 坂崎くんかい」


「彼は、桜くんの出世に対していい感情を持っていなかった。彼が主導して、官公庁からの情報を止めた、きっとそうに違いない」


「いや、坂崎次長にそんな度胸があるようには、俺には思えません」


 自分のことを庇ってくれている。

 だというのに、ついつい、俺は白戸の言葉に口を挟んだ。


 なんといっても、である。

 人の嫌味を言うのがせいぜい、妨害工作などできるだろうか。

 というか、そんな器用なことができるなら、みすみす白戸にいいようにされていないだろう。


「僕も、坂崎くんではないように思うなぁ」


 そこはどうやら三国社長も俺と同じ意見らしい。


「彼はそういう腹芸が得意なタイプじゃない」


 的確に俺と同じ坂崎次長へのイメージを告げると、彼は、ひとりごちに頷いてグラスのウィスキーを飲み干した。

 白戸から俺のほうへと視線が向けられる。


 けっこうきつい酒を煽ったはずなのだが、やはり社長ともなると肝臓のつくりも違うのかね。顔色ひとつとして変わりはなしない。


「僕が怪しんでいるのは、宮野くんだ。彼ならそういうことをやりかねない」


「でしょうね。そういう老獪な感じは、あの部長からはします」


「宮野部長が――けれども、第二営業部の運営には、彼は積極的でした」


「第一営業部に栄転となったから、それこそ立つ鳥跡を濁さずという奴だろう。いや、この場合は、おもいっきり濁しているというべきか」


 第二営業部を去る置き土産に、今後、自分の地位を脅かすだろう男たちをつぶしておく。そして、副社長派としての影響力を、第二営業部に残しておく。

 考えれば考えるほど、社長の推理は理に適っているような気がした。


 やはりこの男、ただものではない。

 二代目社長なんて肩書なんてあてはまらない相当の傑物だ。


 そんなだからだろうか。

 このどこか気難しい感じのする白戸も彼に金魚の糞のごとくついているのだろう。


「しかし、今日も沙織は出ていないのか。残念だな、せっかく、桜くんを紹介しようと思っていたのに」


「沙織ママはいろいろとほかにも仕事ビジネスをされてますから」


「まぁ、彼女には彼女の交友関係もあるだろう。しかし、残念だ」


 ママ不在の高級クラブ。

 ふつう、贔屓の社長がやって来るとなれば、何を置いてもかけつけるものだが――どうやらそういう堅苦しいいばかりの仲でもないらしい。


 むくむく、と、耳にするその沙織なる人物に興味が沸いてきた。


「その、沙織って方――ここのママさんとは、どういうご関係なんですか?」


「うん? あぁ――白戸くんと同じで大学時代の同期でね」


 いや、そんな言い方はよくないか、と、なんだか照れくさそうに笑う三国社長。


「いわゆる、元カノって奴さ」


「元カノ?」


「ほら、僕はこれで企業の跡取り息子だろう。いろいろあって、結婚することはできなかったんだけれどね。ただまぁ、こうしてお店を応援するくらいは、してあげても構わないだろう」


 なるほど。

 どこか人間臭い、社長とこの高級クラブのママとの関係を、ちょっとばかり、俺は意外に感じた。


 人間臭い、と、言えば白戸もそうだ。

 先ほど、俺に謝った彼の姿には、少しばかり心が打たれた。

 こんな感情のないバケモノみたいなやつが、ここまで言うのなら、許してやってもいいかな、と、そう思うところがあった。


 今もまだ、申し訳なさそうに俺と視線を合わそうとしないのもそうだ。

 なんだい可愛いところもあるものじゃないか。


「悪いがカエデ。ソルティドッグをつくってくれないか?」


「うちはバーじゃないけれど。けど、そうね、いいわよ。お疲れみたいだから」


 カクテルの材料を取りに行くのだろう、奥へと引っ込むカエデさん。

 背中がざっくりと開いた、白いドレスを着た彼女の背中を追っていると、意地悪そうな笑顔を浮かべた三国社長が、俺にそっと耳打ちした。


「白戸くん、今日はカエデちゃんに甘えるつもりらしい」


「えっ?」


「彼が彼女にソルティドッグを頼むときは、アフターのサインなんだよ」


 それはなんとも、知りたくない情報をどうも。

 逆に、なんでそんなことまで知っているのか。


 本当にこの社長は恐ろしい。


◇ ◇ ◇ ◇


「たらいまぁ」


「のじゃぁっ!! また人に断りもなく、外で酒飲んで帰ってきて!! わらわがどれだけ心配して待っていたと思っているのじゃ!!」


「しゃあないだろう、付き合いなんだから」


 玄関で腕を組んで仁王立ち。

 我が愛しのワンルームアパート。その守り神である加代さんは、眉間に深いしわを作り、激おこという感じに俺を睨み付けてきた。


 こちとら降格人事と、社長たちとのやりとりで、すっかりと疲れ切ってしまっているというのに。

 もうこれ以上のごたごたは勘弁してほしい。


 だいたいお前、仮にも同棲相手なんだからかさ、もっとこうないの。高級クラブのオネーちゃんみたいに、おっぱいでお出迎えしてくれればいいのに。


 いや、加代のツルペタな胸にそれを期待するのは酷な話か。


「のじゃ!! また女の気配が!!」


「どんな気配だよ」


「さてはそういうところで飲んできたのじゃ!!」


「まぁ、そうだけど」


「不潔!! 不潔!! 不潔なのじゃ!! わらわというものがありながら、どうしてそういうところに行くのじゃ!! この浮気者!!」


「いや、そんな、だから、付き合いだから仕方ない――って、何持ってんだ、お前」


 加代さんが腕に抱えていますは、白くて透明な粉がぎっしりと詰まった袋。

 うぅむ、どこからどう見ても、そいつは紛れもない。


 塩であった。


 その袋の中に手を突っ込んで加代さん。


 振りかぶって一投目――投げた!!


「この浮気者めっ、この放蕩旦那めっ!! 塩でも食らって反省するのじゃ!!」


「だぁもう、やめろっての、お前、これ掃除するの大変だろう!!」


「のじゃっ!! 桜、あなた憑かれているのよ、なのじゃ!!」


「憑いてんのはお前だろうが、この駄女狐!!」


 ソルティドッグならぬ、ソルティフォックス。


 そうして塩をしこたま投げつけられて、清められた俺は、心身の疲れを癒すことなく、倒れるようにして眠ることになったのだった。


 やれやれ。なんて日だろうか。

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