第203話 ジョーカーはここぞという時に切るもので九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
厄介なことに、第二営業部に入る監査の対応を任されてしまった桜。
明らかにうまくいかないこと、また、その責任を負わされることが分かりきっている案件ではあったが、逆らえないのが派閥というもの。
白戸を通して、社長派として活動していた桜は、その責任を負う立場として、見事にスケープゴートにされてしまったのだった。
はたしてこの危難を桜は乗り切ることができるのか――。
◇ ◇ ◇ ◇
結論から言おう。
第二営業部に入った監査については、ものの見事にその対応に失敗した。
すでに、案件の担当課長が受注の前に、天下り企業の担当職員と行っていた打ち合わせの資料が押収されており、その中にはうちの担当課長への利益供与と考えられる、厄介な数字の違いがあった。
これを受けて案件の担当課長、および天下り企業の担当職員は失踪。
おそらく今頃は東南アジアあたりで、若いオネーちゃんとよろしくやっているだろう。二人で分け合っても、十分に今後の余生が過ごせるような、そんな額だったのだ。
問題は、その天下り企業の担当職員と、案件の担当課長である。
彼らに業務上横領の罪を問うということで公的な決着は一応ついた。
しかしながら、会社が横領に加担する社員を適切に管理することができなかった――という事実については、なんらかの形で、少なくとも、第二営業部として、責任を示す必要があった。
「桜特別係長は主任降格の上で減俸三か月の処分とする。また、次長昇進の話も白紙撤回とし、第二営業部次長は、これまで通り坂崎くんに行ってもらうものとする」
そう第二営業部のフロアで説明したのは三国社長である。
彼の説明に納得がいったような、いかないような、微妙な顔をする社員たち。
当然、今回の一件について、俺がとばっちりを受けたのは、彼らもよく知るところであったし、とんずらこいた担当課長も相当に問題のある人間らしく、部内には同情の空気が思いのほか満ちていた。
なにより、おこぼれをもらう形で現役職にとどまった、坂崎次長などが顕著で、素直に喜べばいいものを、青い顔をしてこちらを見ていた。
根の良い奴なのはよく知っているが、ここまで露骨に心配な顔をされると、なんだか申し訳がない。
本来であれば、俺の次長昇格の話自体が、降って湧いたような話だというのに。
「なお、桜主任ついては引き続き、第二営業部での業務を行ってもらうつもりだ。これからもよろしく頼むよ」
「――はい」
そういう三国社長の視線は冷たい。
なんの期待も俺にはしていない、それは言外にそういう感情を発している視線だった。無理もないだろう、結果、俺はことを穏便におさめることができなかったのだ。
白戸にしては、部長机に座ってすらいない。
まるでこの場に居合わせないように、どうしても外せない用事とやらを作って、外に逃げた。
部内の人間は、彼が俺をスケープゴートとして差し出したなどと、少しも考えてはいないことだろう。そして、社長の言葉をその通り受け取り、これからも、俺は彼の派閥に属していくことになると考えているに違いない。
その道が途切れたと知るのは、俺と社長、そしてここにいない白戸のみ。
思えばあまりにあっけなく、そして、淡白な話である。もう一回くらい、高級クラブで遊ぶくらいの役得があってもよかったのではないかと、今さらながらに思う。
「それではそういうことだから。今回のことは残念だったが、誰かが責任を取らなければならないことでもある。桜くんは言ってもまだ入社して日も浅いし、まだ若い、これから幾らでも挽回のチャンスはあるさ」
そう言って、俺の背中に回り込んだ社長。
それからそっと俺だけに聞こえる声で、彼はこう言った――。
以前遊んだ、あの高級クラブで、今夜十時にと。
◇ ◇ ◇ ◇
「本当に、申し訳ないことをした」
若々しい女性たちの声で沸き立つ高級クラブの中、大理石でできた床に頭をこすりつけてそんな言葉を吐いたのは、降格人事の席にいなかった白戸である。
彼は、カエデというお気に入りのキャストの目の前で、俺に情けのない土下座を晒してみせた。
男がそういう姿を見せれるのは、よっぽど気を許した相手だけだ。
特に白戸のような、プライドの高い男はなおさらのことだろう。
「何を謝ることがあるんです、白戸部長」
「君をスケープゴートにしたのは私だ。本来であれば、私が君に代わって責任を取る立場にあった」
「そもそも、担当課長がとるべきことでしょう」
「それでも」
「まぁ、桜くんがもういいと言っているのだから、これ以上はいいんじゃないかな」
そう口を挟んだのは社長の方であった。
その顔には、あの第二営業部の場では見せなかった、明らかな焦燥感――人間的な感情があふれかえっていた。
酒のせいではない、場のせいでもない。
今回の一件についてのせいでもある。
そうだすっかりと忘れていた、この社長は、どこぞのオキツネ娘より、よっぽど人を化かすのがうまい、くわせものだということを。
「今回の一件、いうまでもなく不可思議なのはわかっているよね二人とも。まるでそう、僕たちを陥れるように仕組まれていた」
僕たち、の中に自分が含まれているのだろうか。
そんな俺の不安を払しょくするように、社長は白戸を起き上がらせると、こちらを向いて微笑んだのだった。
やれやれ、どうやらまだ、俺はこちら側の人間らしい。
そしてどうやら今回の降格にも、なにやら社長なりの意図があるように、その表情からは感じられた――。
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