第189話 接触するにはで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 クレームを収めた一件により、社長派、副社長派、両方に恩を売る形になった桜。

 かくして彼はどちらの派閥に接触するかを考えていた――。


 まずは、確実につながりのある方を優先するべきだろう。


 桜は冷静に、社長と面識の深い白戸、彼を通して社長側に接触することを試みるのであった。


◇ ◇ ◇ ◇


 かくして、俺が第二営業部に所属してから一か月の歳月が経った。

 仕事ぶりはまぁそこそこという所だろう。係長という肩書ながらも、ほぼほぼこの業界では新人であるこの俺に、過度な期待もしていないということか。部内会議の席では特に営業内容についてケチをつけられることもなく、無難に終了した。


「のじゃぁ、蛍光灯を取り換えに来たのじゃぁ。のじゃぁ」


「おう、脚立抱えてごくろうさんだな、加代ちゃんさん」


「――庶務課はたいへんなのじゃぁ。地獄なのじゃぁ。なんかすんごいパワフルなお局さまがいて、わらわちょっと燃え尽き気味なのじゃぁ」


 俺たちの会議の入れ違いざま、加代が会議室に入って来る。

 会議中に気が付いた、消えかけている蛍光灯の取り換えにやって来たのだ。


 ビルの清掃員から庶務課への転身。

 ビル内のトイレや廊下の清掃については清掃員の仕事だが、各フロアの備品の交換や、プリント用紙の手配はどはこの庶務課がやっている。


 部署名に「二」がついていたら、大変なことになるところだった。

 やれやれまったく。さんざ、懐かしいネタはいろいろとやって来たけれど、どうしてこうも版権的に難しいところを突いてくるのか。


 そんなだから、編集に目をかけても貰えないんだろうなァ――。


 とまぁ、それはさておき、高所作業は基本二人でが鉄則だ。見たところ、一人で電球を取り換えるつもりらしい。どうやら課になじめていないらしい加代をほっとくこともできず、俺は彼女を助けるべく会議室に残った。


「のじゃ、優しいのじゃ桜よ。もちっと、うちの課の連中にも、そういう優しさがあればよいのにのう」


「愚痴ったところでしかたあるまい――ほれ、蛍光灯」


「のじゃ。それより――下からパンツ見るでないぞ」


「誰が見るか」


 さんざん自宅で裸同然で歩き回っておいて、パンツ一つで何を言っているのか。あきれてため息をつく俺の背中に、ふと、視線を感じた。

 振り返ってみれば、会議室の入口に立っていたのは白戸である。


 ほう、と、何やら鬼の首でも取ったような顔をして俺のことを見ている。


「これは驚いた。まだ一か月だというのに、もう社内恋愛は覚えたのかい」


「――ん、あぁ。困ってる女性がいたら助けてあげる。そんなもんは社内恋愛が同行の前に、当たり前の話かと思っていたんだが」


「それにしてはえらく親しい感じじゃないか」


 そらまぁねぇ。一緒に暮らすくらいだから。

 親しくなければ、そんなことにはならんだろうし、こんな傍に居るだけで厄介ごとを巻き起こす、駄女狐なんぞとつるむメリットがない。


 いやはやできることなら俺だって、こんな縁はとっとと斬り去ってしまいたい、そう思っているんだがね。

 世の中、男女の仲というのはなかなか複雑でどうしようもないものである。

 加えて相手が九尾のきつねだからなお性質が悪い。


「のじゃ、桜よ、何か失礼なことを思っておらんか」


「いやはやそんな馬鹿な、とんでもない」


 まぁ、それはさておき。

 どういうつもりか、白戸はそんな俺たちの方へとやって来た。


 すぐにデスクに戻って仕事でもしそうな感じの彼が、どうして――。


 いや、決まっている。


「悪くない業績じゃないか。正直、他業種からの転職でいきなり係長、そんな条件でこれだけ仕事ができれば、十分才能があると俺は思ったよ」


「おやおや、第二営業部のエリート筆頭に言われると、そりゃありがたい。こっちとしては竹下くんをお借りして、申し訳なさでいっぱいなのだがね」


「それはいい。彼も、私から直接仕事を受けるより、君を通した方が何かとやりやすく感じているようだ。君さえ良ければ、組織図的にそうなってもらっても構わないくらいだが」


 それは勘弁願いたいんだろう

 嫌味な言い方に反して、その口ぶりはどうにも軽い。


 本題はそこではないのだろう。


「――君の仕事ぶりはよく分かった。それで、よければなんだが、今度は私の仕事を手伝ってくれないか?」


「課長の仕事を? 馬鹿な、俺なんて出る幕なんかないでしょう」


「いいや桜くん、。それか


 俺と加代にしかできない仕事。

 なんだろうか。たいていの人間なら、俺らのようなぼんくらの仕事くらいできるだろうが。まぁいい。


 ようやく、向こうから接触してきてくれたのだ。

 待っていましたというもの、その話、乗らない手はなかった。


「少し、詳しい話を聞き――もがぁ」


 加代が下も確認せずに脚立を降りたおかげで、スカートの中にすっぽりと俺の頭が入ってしまった。

 すぐさま、九つの尾っぽが展開されたかと思うと、のじゃぁと、悲鳴が上がる。


「どこに顔を突っ込んどるのじゃ、この、スケベ!!」


「お前から突っ込んできたんだろうが!! ちゃんと周りをよく見ろ、このアホ狐!!」


 やはり、こんな俺たちに頼んで大丈夫なのだろうか。

 そんな当人たちの不安をよそに、なぜか白戸は意味ありげな笑顔をこちらに向けていた。

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