第184話 クレーマーで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 急きょ、老人ホームの施工のクレーム対処を任された桜。

 プログラマーのクレーム処理能力をみせてやんよと、意気込む一方で、我らの加代ちゃんは、あぶりゃーげで作業現場の皆さんのハートを掴もうとしていた。


(気づくのじゃ……なんで気づかないのじゃ……あぶりゃーげ、普通、きづくじゃろう!! 不自然!! 工事現場のお弁当にあぶりゃーげは、あまりに不自然!!)


 一方作者は、黒沢ちゃんと読んだことないので、パロれてるか不安なのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 プレハブの中に入ると、カイジの○根川みたいなおっさんがパイプ椅子に座っていた。なんでサラリーマンネタなのに、福本パロに走るのかよく分からない気がしないでもないが、どうやら、このくたびれたおっさんが、クレーマーらしいことはなんとなく絵柄――じゃなかった顔つきで分かった。


「命は金より重い!!」


「あ、違った、これ、普通にいい人だわ。まっとうな感じのクレーマーだわ」


 人権擁護団体の構成員のようなことを口走るその男は、プレハブに入って来た俺を見るなり驚いた顔をした。

 彼の相手をしていた、プレハブに詰めていたおそらく子会社の責任者らしき細面の男がこちらを見るなりぶわりと鼻と目から涙を噴出す。


 助かりましたぁ、あとお願いしまぁす。そんな言葉を残すと、彼はいきなりプレハブの奥へと引っ込んでしまった。


 なんだこりゃ。あんなんで大丈夫なのか、ここの会社は。

 もっといやうちの会社も、こんなとことろと取引してて大丈夫なのか。


「――君は?」


 すぐさま、白い髪をして、脂ぎった顔をした男が俺を見て言う。

 いやそのえっと、と、どもった所で仕方ない。


「ナガト建設第二営業部の桜です。クレームが入ったということで伺いました。なにか私共の仕事に不手際がありましたでしょうか」


 あまりへりくだりすぎず、さりとて、高圧的にもならず、やんわりとまずは状況を尋ねてみた。ふむ、と、脂ぎった顔の男が俺を頭のてっぺんからつま先まで見る。


「――現場に来て仕事をする男の面構えだ。若いのにできているじゃないか」


「それはどうもありがとうございます」


 褒められた。どうやら第一印象と変わらず、真面目な施主さんらしい。

 彼はパイプ椅子の向きをこちらに向けると、そこにどっかりと座り込み、そして、腕を組んでこちらを見た。


 好意を向けられてほっとしたのもつかの間に、じろりと鋭く咎めるような視線がこちらに飛んだ。

 俺への感情はともかくとして、怒っているのは間違いない。


「ナガト建設さんとは前職でも長いお付き合いをさせていただいている。今回、私がオーナーとして依頼した老人ホームの件でも、きっとよい仕事をしてくれると、そう期待していたのだが」


「弊社としましても、そのつもりでしたが。何か、ご不満でも」


「不満しかない!! 確かに設計についてはそちらにお任せすると私は言った。しかし、この設計図はいくらなんでもあんまりではないか!!」


 そう言って、彼は私に向かって、プレハブ小屋の事務机に置かれていた、設計図を寄越して見せた。


 営業屋にそんなもん見せても、なんも分からんというの。

 俺らは仕事を取って来るのがお仕事で、モノを作るのは技術屋なんだから。

 と、技術屋出身の俺としては思わなくもない。


 なんだか話が長くなりそうなので、俺もパイプ椅子を持ってきてそれに座ると、その設計図に一応目を通してみた。

 ふむ、なるほど――建築関連の資料なんてのは読んだことないけど、なんとなしにその酷さというのは、図面から読み取れた。


 バリアフリーの概念がまるでなっていない。

 段差、階段、手すり、ドアにしたって力のいらないスライドタイプではなく、普通のものである。これではタコ部屋もいいところである。

 また、柱も異様に多い。どういう住居者が入るのかは分からないが、こんな風に、壁をとぎれとぎれにされては、歩行するのも難しくなるだろう。


 なにより――。


「部屋が山の方を向いている。これが気に入らない。庭があるならば別として、どうして、こんな殺風景な、山を見て暮らさなくっちゃならないんだ。私は、家族が住んでいる街が見下ろせる、そういうロケーションからこの場所を選んだのに」


「病人に街の光は明るすぎるということでしょう。静かに森を見ていた方が、心が穏やかになる人だっている――と、詭弁でも言いたいところですがね」


 こりゃひどい。

 俺は素直に、怒っている施主さんに頭を下げた。


 この態度には流石に脂ぎった顔の男も驚いた表情を見せた。

 一部上場企業の課長職が頭を下げれば、そりゃ、そういう風な顔もするか――。


「のじゃ、粗茶ですがどうぞ」


「あぁ、こりゃ、すまんね」


「おぉ、すまん」


 さりげなく、冷えた麦茶をグラスに淹れて、加代の奴が俺たちの横のテーブルに置いた。


 あいつ、どうやら秒で現場をクビになって、今度は事務所で働き出した感じだな。

 あぶりゃげ作戦は失敗だったか。まぁ、そうだよな、そらそうなるわ。

 それにしたって、どんだけ変わり身早いんだよ。


 一旦、加代のことは置いておいて、俺は話を続ける。


「どうやらこちらの仕事の進め方に問題があったようです。一旦、工事の方は作業を中断して、すぐに設計担当の者に確認をとります」


「――中断って。困るよ、こちらも既に入居者の予定があるんだ」


「もちろん、こちらも余裕を持って工事の日程はとっております。部屋の向きの変更は無理にしても、意匠の変更くらいならなんとかなるでしょう。まぁ、そこは時間と要相談ということになるでしょうが」


 渋い顔をする正面の男。

 どうやら、最大の不満点は、部屋が山の方を向いているということらしい。


 根本から館内の設計図を引き直すとなると、大掛かりな作業になる。既に基礎工事が終わっている段階から、造りなおしなどできるはずがないことは、流石にIT土方という仕事をやって来た人間だ――理解はできる。

 やっちまったもんはしょうがない、というより、フレームワークを固めてしまったら、そこから変えるのは難しいのだ。だからこそ、その部分をしっかりと話し合う必要があるのだが。おそらく、この件の担当者はそれを怠ったのだろう。

 やれやれ、俺もミーティングは苦手な方だったが、この人の要求は、確かめるまでもなくはっきりとしているだろう。どうしてそれを拾ってやらない。


「とにかく、こちらで責任を持って調査いたします」


「調査ではなく、どうするのかと、私は聞いているのだ」


「どうできるのかも分からない状況なのですよ。すみませんね、私も、クレーム担当ということで、急に呼びつけられたもので、まだ詳しい事情を把握していないんです」


「君ねぇ、それで仕事が」


「そうおっしゃるなら、最初から、細かく指図をしていればよかった。この手の要求の祖語はコミュニケーション不全によるものです。客と売り手、両者の関係は一方的なものでもはなく、双方の摺り合わせがあって初めて成立することは、そのお歳ならご理解されていますよね」


 ふむ、確かに、と、男は頷いた。

 やはり話の道理は分かる人のようだ。

 普通、頭のいかれたおっさんなら、ふざけたことを抜かすなと、俺は客だぞと怒り出してもよいものだが――やれやれ、胸のICレコーダーが役に立たずに済んでなによりである。


「分かった、とにかく、君の報告を待とう」


「ありがとうございます」


「その代わり、早くしてくれたまえよ。私も、困っているのだから――」


 そう言うと、男は横のテーブルに置いてあった麦茶を手に取り、ぐいと口をつけた。

 そして、ぶぅ、と、それを勢いよくプレハブの床に向かって吐き出した。


「めんつゆだこれ!!」


「のじゃっ、間違えてしまったのじゃ。ごめんねごめんね、なのじゃぁ」


 飲まなくてよかった。じゃ、ない。何をやっとるのだ、この駄女狐さまは。俺が真剣にお仕事しとるというのに。

 こりゃまた、すぐにここもお仕事クビですな、ふはは。

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