第182話 派閥争いで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 命を狙われているナガト建設の会長。その命を狙っている犯人を探るべく、桜と加代はナガト建設に忍び込むことになった。はたして、二人は無事にクビになることなく、その犯人を見つけ出すことができるのか。


◇ ◇ ◇ ◇


『桜くんが配属された第二営業部というのは、一般企業の仕事を主にしている部署なんだ。もともと、うちは公共事業で成り上がってきた会社でね、ここは最初は小さい補助的な部署だったんだが、息子――十助てんすけが主導して拡大したんだ』


『つまり、派閥的には社長派に属しているということか?』


『いや、部長の宮野くんはそれこそ創業期からの古参でね。あまり仕事のできる人ではないんだが、人柄もあって――』


『のじゃ、つまり、部長は副社長派、実質的に組織を運用しているのは社長派ということなのじゃ?』


『――白戸課長兼次長補佐とはもう会ったかい?』


 そんな会話を思い出しながら、俺はあてがわれたデスクで腕を組んでいた。


 会社組織というものは、えてして難しいもの。そりゃ、血縁関係やら利害関係があったりなかったり、玉石混交の人材が、長年にわたって一緒に仕事をするわけだから、いろんなしがらみができるものだ。


 俺の斜め前で、黙々とノートパソコンになにやらタイプしているこの男、白戸課長――こと白戸圭太は、俺が想像していた以上に、重要なポジションに居る人物らしかった。


『彼は社長、十助てんすけの大学時代の学友でね、息子がこの社内で最も信頼している部下だ。実力も折り紙付きでね、もともとは官公庁に勤めていたんだが、十助てんすけが社長になるにあたってヘッドハンティングしてきたのさ』


 第二営業部の興隆はこの男が握っているといってもいい。

 やれやれ、青年漫画ならいきなりやってしまったという奴だろう。喧嘩を売ってはいけない人間に、売ってしまうというまさに典型的な展開だ。


 基本、長いものには巻かれろな主義の俺である。

 イキってみたはいいけれど、いざ、それが会長も認めるほどの男となると、うぅむ、どうして芋を引いてしまう。


「なんだ、さっきから、人の顔をじろじろと」


「えっ、あぁ、いや――見てたつもりはないんだよ。すまない」


「君が見るべきなのは、人の顔色よりも書類だろう。さっさと仕事を覚えてくれたまえ。営業部は忙しいんだ」


「いや、はい、すみません――」


 たぶん、俺よりも五つから十の間くらいの歳の差しかないだろう。

 なのにこのピリピリと肌をしびれさせるような威圧感。


 いったいどこからこれは来るのだろうか。

 やはり国家の中枢で働いていた人間というのは、そういう気迫みたいなものを身に着けているのかしら。


 また、じろりとこちらを睨み付ける視線がおっかなくて、俺はひょいとノートパソコンの中に顔をひっこめた。


「のじゃのじゃ、お茶、お茶はいらんかえー、アイスコーヒー、ホットコーヒー、ココアもあるのじゃー」


 そして、そんな空気をぶち壊すように現れる、お加代さん。

 お前、いったい何をやっているのか。


 そりゃもう長い付き合いである。

 目が合えば、それで会話は成立する。


(清掃員クビになってしまったのじゃ)


(――またか)


(なので、仕方ないからオフィスのお菓子売りに転職したのじゃ)


 オフィスにお菓子売りなどやって来ない。新幹線じゃないんだぞ。

 そして売っているのはお菓子じゃなくてコーヒーじゃねえか、なにやってんだよ。


「君、いったいこんな所でなにをやっているのかね!!」


「さては産業スパイだな!!」


「勝手にお茶くみの仕事を取らないでください!! 将来有望のエリート社員と私たちが接点を取る唯一の方法なのに!!」


 立ち上がる営業部の皆さん。

 口々に上がる非難の声に押し流されて部屋を追いだされる加代。


 のじゃぁ、と、フェードアウトしていく、寂しい声が聞こえた。


 かたや、三千年生きてもあれである。

 いやはや人間というのは分からない、いや、あいつは狐か。


「――桜くん、ちょっといいかね」


 あっけにとられる俺に声がかかったのはちょうどそんなタイミング。

 かけてきたのはこの第二営業部を形式的に預かる男――宮野部長であった。

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