第148話 おみくじで九尾なのじゃ
いつも家にばかりいても仕方ない。たまには散歩でもするのじゃ、と、加代の奴に平日外へと連れ出された。
正直なところ、いい歳したおっさんが平日に外を出歩くという世間体の悪さを気にしていた――前に位置ゲームしてて捕まった――のだが。いざ、外に出てしまえば、そんなことはとんと気にならなくなった。
すがすがしい青空に、風に揺れる木々や草花。そこから匂いたって来る、ガソリンの匂いとはまた違う優しく清涼感のある香り。
ここ数年というもの、仕事ばかりに没頭して忘れてしまっていた、のどかな日常の感じに、ふと癒されるものがあった。
「桜よ。お主、前の仕事けっこう辛そうだったのじゃ」
「――まぁな」
「今度はもそっと余力のある仕事をするといいのじゃ。人間、仕事ばかりが人生ではないのじゃ。大切なのは自分の幸せなのじゃ」
「つってもなぁ、幸せってよくわかんないんだよなぁ」
スロットで大勝した時には脳汁出るんだけど、まぁ、あれはどう考えても健全な幸福感じゃないよな。
食事なんて腹が膨れればなんでもいいし。ゲームだって、昔は感動してたもんだけれども、そういうのも少ないし――むしろ最近は面倒に感じるくらいだ。
漫画も読まない小説も読まない。
ほんと、俺、何のために生きているんだろうね。
ため息をついた俺の頬をぺしり、と、加代が叩いてみせた。
両側から挟むようにして彼女は俺の顔をじっと見る。
「なんだよ」
「のじゃ、よからぬことを考えていそうじゃったからの。ちょっと喝を入れてやったのじゃ」
「そりゃどうも」
「のじゃのじゃ。幸せなんて、いろんな感じ方があるのじゃ。人と比べて自分にあるものを誇りに感じたり、あるいは、些細なことを継続できることを自慢に思ったり」
「どれもこれもろくでもねえな」
「そういうものなのじゃ。結局、幸せなんていうのは、心をごまかす方法でしかない」
しかしながら、そのごまかしを受け入れられるかられないかで、人の心の豊かさは変わって来るのじゃ、と、加代は言う。
三千年も生きているお狐さまの言葉は重みがあるね。
ありがた過ぎて胃が痛くなりそうだよ。
ふと、そんな俺たちの目の前に、小さな神社が現れた。
せっかくだし、ちょっとお参りしてくのじゃ、と、加代。
小さいながらも歴史を感じさせるお社。社務所こそないが、脇にはぽつりと、機械式のおみくじが置かれていた。
五円玉を賽銭箱に投げ入れて、手を叩き、そして、二人とも向かった先はおみくじ。
「どれ、せっかくじゃし、久しぶりに引いてみるかのう」
「えぇ、いいよ。もったいねえ」
「こういう時くらいケチケチするでない。遊ぶときは遊ぶのじゃ」
そう言って、加代はさっそくおみくじ販売機に百円硬貨を入れた。
がこりと音がして下から出てきた、折りたたまれたみくじを拾う。
それに続いて、俺も百円硬貨を入れると、同じようにおみくじを引いた。
「のじゃ、末吉なのじゃ」
「はっはっは、勝った、大吉」
「のじゃぁっ!? 日頃の行いが悪いのに、どうしてそんな!?」
「まぁあれだな、欲もなく心穏やかに過ごしているのがよかったんだろうな、きっと」
納得いかんのじゃ、と、頬を膨らませる加代。
まぁ、大だの末だのそういう大きなくくりよりも、問題は、他のところだろう。
「願望、首尾よくかなう、か。商売、おおいにやるべし、か。景気がいいなおい」
「失物、あらわれぬ、日を待て。争い事、必ず負ける、するな。手厳しいのじゃ」
「「縁談、身近なところに幸せはある。よく周りを見渡してみること」」
同じことが書いてあったからか。
それとも、なんとなく、身近なという言葉に反応してしまったのか。
俺と加代の視線が重なる。
なんだよう、と、歯切れ悪く言うと、それはこっちの台詞なのじゃ、と、彼女は慌てて視線を逸らした。
「ちっ、ここだけはアテにならないな」
「のじゃ、まったくなのじゃ」
そんなことを呟きながら、お互い財布の中へとおみくじをしまう。そうして、そのまま視線を合わせぬように気を使いながら、俺達は神社を後にしたのだった。
「ところで、おみくじ、結んでこなくてよかったのか」
「いいのじゃ。末は末でも、吉は吉なのじゃ」
「――さいですか」
ふふっと、なんだか楽し気に笑った加代。その横顔が、またなんともいえずまぶしくて、俺はまた視線を逸らしたのだった。
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