一日目―—其ノ四

                   ○




 平衡状態の中でその時を待ち侘びる。長く続いた釣り合いの中で、均衡が崩れるその時を。事象が動き出すその瞬間を。

「パパ。あれなぁに」

始まりの鐘が鳴る。悪魔が崩壊を開始する合図。

「なぁにあれ。なぁにあれ」

「うゎ」

「ん」

「……」

私はあいつの方へ目をやる。あいつは黙り込んでいる。

「華ちゃん。何あれ」

「いや。違う。あれ私の物じゃない」

震える声。固まる表情。戸惑いが伝わる。

「華ちゃんの私物じゃないの?じゃあ何あれ。元からここにあったの?」

「わ、分からない」

予想はしていたその効果。それでも、驚きを感じるほど絶大な効果。あいつが見せる普段の姿との差に人生初の快楽を得る。

「でも普通あんな物置かないでしょ」

音衣、一 乃愛。この三人は無関係。関係ない人間を巻き込んでしまった事には、自分の未熟さを感じる。恐怖を覚えるのはあいつだけでいい。なぜなら、三人に恨みはないし、それに何より共有する恐怖心は薄れてしまうものだから。

「私たちの前にここに泊まった人がいたずらで置いていったんじゃない」

私は話を誘導する。もっともらしい理由をつけ現実的な方向へ。三人の混乱を和らげるために。

「で、でも、私が夕食前にこの部屋に入ったときは何もなかったよ」

あいつはこの部屋の詳細を知っている。何があって何が無かったのか。だからこの現象の怪事に気がついている。ゆえに私の言葉でその恐怖心が消される事は無い。

「それ、華ちゃんが気づかなかっただけじゃなくて?」

細事を知らない一は、私の誘導に乗ってきた。年長者の彼を抱き込めば、議論の舵を握っているも同然。

「そうだよぉ。ハルハル怖がり過ぎだって」

案の定、音衣もそれに釣られる。

「で、でも」

「ふっ」

私は思わず吹き出した。孤立したあいつの情けない姿に。耐えきれないほど滑稽な姿。この快感には常習性がある。そう感じた。次は何をしてやろうかしら。


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