八品目:プラチナロブスターのオーブン焼き(前編)

 ラッセン港のすぐ近くにある海岸、ペイルオ海岸。

 夏になれば海水浴場として開放され、観光客でごった返す――はず、だった。


 今はその面影もなく、潮風が吹き抜けるだけ。

 広い浜辺に立っているのは、オスカーと冒険者ギルド【夜明けの鴎】のリーダー、ヨハンの二人だけだった。


「悪いな、わざわざ付き合わせて」

「……別にいいけど。で、なんでペイルオ海岸なんだ?」


 オスカーの問いに、ヨハンは気まずそうに頭をかいた。


「実はな……最近この辺りで“プラチナロブスター”がやたら目撃されてるんだよ」

「プラチナロブスター? あの高級食材の?」

「ああ。あいつら、白銀の殻が宝飾品にも使えるし、商人たちの間で高値で取引される。だから密漁者がうようよしててな」

「それで海岸を封鎖してるのか」

「そういうこと」


 オスカーは辺りを見回した。

 観光シーズン真っ盛りのはずの浜辺は、人の気配すらない。

 波の音だけが静かに響いていた。


「それで、俺に調査を頼みたいと」

「おう。なあ、いいだろ? 俺とお前の仲じゃねぇか」

「……そうやって都合のいい時だけ頼るの、やめろ」

「はっはっは、頼むぜ、孤高の鉄剣士アルーフ・リベリさんよ!」

「……はぁ、分かった。ただし、報酬とは別にプラチナロブスター一匹もらう」

「もちろんだ! 焼いても蒸しても最高にウマいからな!」

「……そうか」


 二人は海沿いを歩きながら、調査を開始した。

 水面には白い光がちらちらと反射している。

 目を凝らすと、そこには無数のプラチナロブスターが――うごめいていた。


「……確かに、多いな」

「だろ? こりゃちょっと異常だぜ」


 その時、オスカーの目に奇妙な光景が映った。

 岩礁の一角――波に打たれる大岩が、わずかに“動いて”いたのだ。


 オスカーは足元の石を拾い、試しに投げつける。

 カン、と音を立ててぶつかった瞬間、その“岩”がビクリと震えた。


「……動いた?」

 オスカーはすぐさまバスタードソードを抜き放つ。

 鋭い金属音に反応して、ヨハンも駆け寄った。


「どうした!?」

「……あの岩が動いた。モンスターだ」

「岩のモンスターって……まさか……!」


 ヨハンがマスケット銃を構え、引き金を引く。

 雷撃を帯びた弾丸が“岩”に命中した瞬間、ドゴォンッと爆音が響いた。

 白い波を巻き上げ、巨大な影が姿を現す。


「……デカい……!」

「やっぱりな。岩泥亀マッドタートルだ」

「マッドタートル……?」

「ああ。普通はこんな浅瀬にいねぇんだけどな……そうか、なるほど」


 ヨハンがマッドタートルの足元を指差した。

 水面に、無数の白銀の欠片――プラチナロブスターの殻が浮かんでいる。


「マッドタートルは甲殻類が好物なんだよ」

「つまり……大量発生したロブスターに引き寄せられた、か」

「その通り。……マズいことになりそうだ」

「他のモンスターまで来るかもしれんな」

「だな。温厚な種ならいいが、人を襲う奴が来たら厄介だ」


 二人は警戒を続けながら探索を進めた。

 だが、歩くたびにプラチナロブスターの数は増え――

 ついには砂浜が銀色に光るほど埋め尽くされていた。


「……なんだ、この数……」

「異常ってレベルじゃねぇな」


 視線の先に、海藻の山のようなものが見える。

 ロブスターたちはそれに群がり、夢中で食べていた。


「原因はあれか」

「だろうな。……この海藻、見覚えある。密漁の不法投棄品だ」

「まったく、迷惑な話だな」

「後で漁業組合に処理させよう。――これで原因は分かったな」

「やれやれ、助かったぜ」


 そう言い合った次の瞬間――。

 耳をつんざくような雄叫びが、海岸全体に響き渡った。


「なんだ!?」

「……さっきのマッドタートルの方角だ!」


 二人が駆けつけると、そこには血まみれで倒れたマッドタートル。

 その上に立っていたのは――漆黒の翼を持つ魔獣、ワイバーンだった。


「ワイバーン!?」

「……まさか、“悪角のリドルゥ”か?」

「いや、角がない。ただの個体だ。だが、海辺にワイバーンなんて……」

「考えてる暇はねぇ、やるぞ!」


 二人は即座に構える。

 ワイバーンが咆哮を上げ、砂煙を巻き上げて突っ込んできた。

 ヨハンがマスケットを構えて撃つ。

 雷を帯びた弾丸が翼をかすめ、火花が散った。

 しかしワイバーンは怯まず、ヨハンへ鋭い爪を振り下ろす。


 ガキィンッ!

 オスカーの剣が火花を散らしてその爪を弾き飛ばした。

 次の瞬間、バスタードソードが唸りを上げてワイバーンの尻尾を切り裂く。

 痛みに吠えながら、ワイバーンは空へ逃れるように旋回した。


「どうする、鉄剣士!」

「ワイバーンの動きを止めろ。叩き落としてやる」

「了解!」


 ヨハンが再び銃口を上げ、狙いを定める。

 翼に弾丸が命中し、バランスを崩したワイバーンが落下する。

 オスカーは地面を蹴り、一気に跳躍した。


「――はぁっ!!」


 渾身の一撃が、ワイバーンの頭上に叩き込まれた。

 巨体が海面に叩きつけられ、水柱が上がる。

 そこへヨハンが追撃の雷弾を放った。

 雷光が爆ぜ、海面が一瞬だけ昼のように明るく照らされた。


 ワイバーンは痙攣し、海の底へ沈んでいく。

 やがて静寂が戻った。


「……倒したか」

「ふぅ、危なかったな」

「ワイバーンがなんでこんな所に……」

「“悪角のリドルゥ”の件もある。ギルドに報告しておこう」

「ああ、頼む」


 浜辺では、まだプラチナロブスターたちが海藻に群がっていた。

 オスカーが小さく息をつく。


「取りあえず、片付けだな」

「まったくだ……」


 ――その頃。


 厚い雲の上。

 暗い空を、ひとつの影が滑るように飛んでいた。


 【悪角のリドルゥ】。


 彼は、下で繰り広げられた戦闘を一部始終見ていた。

 オスカーの動きを一瞬たりとも見逃さず、その剣筋を記憶する。

 再び対峙したとき――必ず仕留めるために。


 リドルゥは薄く笑い、翼を広げた。

 甲高い鳴き声が空を震わせ、周囲のワイバーンたちが次々と集まる。

 次の作戦を実行するため、群れは雲の彼方へと消えていった。


 夜の空に、リドルゥの笑い声だけが、いつまでも響いていた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る