二品目:サンドワームの蒲焼(後編)

 センブロム王国アセムント通りの外れにある料理屋――【妖精の宿り木】。

 オスカーはその店の前に立っていた。サンドワーム討伐をギルドに報告し、その肉を土産に持ってきたのだ。


(……サンドワームの肉、果たして食えるのか?)


 不安を抱きつつ扉を押し開ける。店内には店主のアキヒコだけがいた。

 彼は顔を上げ、いつもの穏やかな笑みで会釈する。


「いらっしゃいませ」

「あぁ。依頼の素材は全部揃ってる」

「ありがとうございます。本日の料金は例によって結構です」


 カウンターに腰掛け、オスカーは麻袋を置く。アキヒコが中を覗くと、依頼素材のほかに見慣れぬ巨大な肉塊が入っていた。


「おや、これは?」

「サンドワームの肉だ。……料理、できるか?」

「随分と立派ですね。ところで、サンドワームとはどういった“動物”なんです?」


(……“動物”? モンスターだが……まぁ、いいか)


「蛇みたいに長くて細いヤツだ」

「なるほど、蛇のような……」


 アキヒコは興味深げに肉を観察し始める。光に透かし、脂の入り方を確かめ、皮を嗅ぐ。


「脂のノリも良いですね。臭みも少ない。表皮の毛は焼けば落ちるでしょう……鰻や鱧に近いタイプですね」

「ウナギ……ハモ……?」

「えぇ、これなら――蒲焼がいいですね」


(な……できるのか!? サンドワームで“うまい飯”がッ!?)


「カバヤキ?」

「酒・みりん・醤油・砂糖を合わせたタレを塗り、炭火で焼く料理です」


 説明を聞くだけでオスカーの喉が鳴る。


「……それで頼む」

「かしこまりました」


 アキヒコは無駄のない動作で包丁を取る。丸太のような肉に刃を入れ、滑らせるように開いていく。腹膜を取り除き、五等分に切り分けると、手際よく串を通した。


(やはり見事な手さばきだ……!)


 フライパンに透明な液体、薄茶、濃茶の順で注ぎ、黄金蟻の蜜を加える。


(あれは……黄金蟻の蜜か?)


 火にかけると、やがて甘く香ばしい香りが漂い始めた。


(……くっ、いい匂いだ)


 タレを煮詰める間に、アキヒコは炭火台へ。パチパチと火花が弾ける。串を置くと、皮目がじゅうっと音を立て、脂が弾ける。


(この香りッ……ッ! 飯がなくても食えるッ!!)


 焼き色がついたところで、アキヒコは筆でタレを塗る。さらに香ばしい匂いが立ち込め、オスカーの腹が鳴った。


(か、香りが倍増だと!? この拷問、たまらん……!)


 塗っては焼き、塗っては焼く――その繰り返しで表面が艶やかに輝いていく。


「何度も塗るのか?」

「はい。重ねることで香ばしさと深みが増すんですよ」


 香りはもはや暴力。オスカーは鼻を押さえても涎を止められない。


 やがてアキヒコは炊きたての白米と、澄んだお吸い物を添えて料理を差し出した。


「お待たせしました。サンドワームの蒲焼です」

「こ、これが……サンドワーム……」


 暴力的なまでの香りの源が、目の前に鎮座していた。箸でつまむと、肉はふわりとほどける。


「……柔らかい……」


 一口。

 瞬間、口いっぱいに広がるのは甘辛いタレの旨味、そして後から追いかけてくる脂の上品なコク。


(な、なんだこの柔らかさ! まるで雲を食ってるみたいだ……! 脂の旨みがタレと合わさって、無敵だ……ッ!)


 オスカーは無意識に茶碗を取り、白米をかき込む。


「タレには黄金蟻の蜜を使いました。甘すぎず、香りが良いんです」

「なるほど……こんな旨いタレになるとは……!」


(タレと飯の相性……最高ッ! 最強タッグだッ!!)


「スープは……みそ汁じゃないのか?」

「お吸い物です。蒲焼は味が濃いので、みそだと喧嘩しちゃうんです」


 一口啜る。魚介と野菜の出汁がやさしく広がり、心が落ち着く。


(……ホッとする味だ)


 そこへアキヒコが小瓶を差し出した。


「お好みで山椒をどうぞ」

「サンショウ?」


 数振り。ふりかけた瞬間、香りが一変する。


「……ッ!?」


(な、なんだこの痺れ!? まるで麻痺呪文か!?)


 しかし気づけば、もう一口。さらにもう一口。


(止まらねぇ……この刺激、クセになるッ!)


 痺れが旨味を倍増させ、箸が止まらない。

 気が付けば皿も茶碗も空だった。


(恐るべし……カバヤキ……そしてサンショウ……)


 満足げに立ち上がり、オスカーは一言。


「ごちそうさま」

「ありがとうございました。肉はまだありますが、次も?」

「……いや、他の客にも食わせてやってくれ」


 本音では独占したかったが、理性が勝った。


「また来る」

「えぇ、お待ちしております」


 オスカーが出ていった直後、初老の男が入店した。


「いらっしゃいませ」

「いつもの酒と鮭とばを」

「かしこまりました」


 アキヒコが用意する間、男はにやりと笑う。


「さっきの冒険者、いい顔で食べてたのぉ」

「えぇ、見事な食べっぷりでした」

「で、何を食ったんじゃ?」

「サンドワームの蒲焼です」

「――サンドワーム!? あんな巨大な虫を!?」

「虫……ですか!?」


 アキヒコの手が止まる。


(虫!? 蛇じゃ……なかったのか!?)


 どうやら彼は、オスカーの説明を文字どおり受け取っていたらしい。


「てっきり鰻の仲間かと……」

「そういや、リュウゼン砂漠に特殊個体が出て【孤高の鉄剣士】が討伐したとか……まさか、あの肉かのぉ」


 男は酒を一口あおり、顔を寄せた。


「で、味は?」

「えぇ、非常に満足されていました」

「なら、ワシにも一皿もらおうかの」

「ふふっ……かしこまりました」


 炭火が再びぱちりと弾ける。

 【妖精の宿り木】の夜は、まだ香ばしく続いていく――。

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