第11話 白川星夜

―1—


 『ヤナギモール』内にけたたましいサイレンの音が鳴り響き、慌ただしく避難を始める人々。

 3階建ての大型ショッピングモール。従業員と利用者も含めたら物凄い数の人だろう。

 すでに出口に人が殺到し、泣き叫ぶ人、電話で家族の名前を叫ぶ人などでパニック状態になっていた。


「こっちや! 落ち着いて行動してください。まだ霧が発生したばかりやから大丈夫やと思います」


「小っちゃい子供もご老人もいらっしゃいます! みなさん、押さないで下さいっ」


 和井場と橘が避難誘導しているのが2階から見えた。1階から3階まで吹き抜けになっていて見通しが良い。

 エレベーターを使うのは足腰が悪く階段を使えない老人だけで、ほとんどの人は階段を使って1階まで下りたようだ。

 そうこうしている間に全員のスマホから様々な着信音が一斉に聞こえてきた。


「避難指示メールか」


 メールには一般人は『ヤナギモール』の周囲に近づかないようにとの内容が書かれいていた。町が送信したメールだ。

 このメールを見て魔獣狩者イビルキラーが助けに来るかもしれない。それまでの間オレが時間を稼がなくては。

 問題は魔獣が何匹いてどの種類の魔獣かという点だな。


「ガルルルルルッ」


 低い唸り声が前方から聞こえてきた。

 黒色の毛に覆われた狼のような見た目の魔獣が2匹。ちょうどクロと同じくらいの大きさだ。

 ウルフはオレに気が付くと狙いを定めて一直線に走ってきた。

 オレは階段から遠ざかるようにウルフを誘導しながら走る。


「これだけ離れれば十分だろ」


 2匹のウルフとほどよく距離を取り睨み合う。何度体験しても慣れないこの独特な緊張感。

 ウルフの口からよだれが垂れ、床に落ちる。どうやらオレを食う気らしい。

 すると、何の合図も無く2匹のウルフが一斉に突っ込んできた。

 ウルフの凶暴な牙から寸前のところでかわすと、片方のウルフの腹に裏拳を叩き込んだ。だが、ウルフはびくともしない。


「そう簡単にはいかないか」


 それから数分、ウルフとの攻防が続いた。

 ウルフの凶暴な牙は見た目の通り厄介だ。顎の力も強くて人間の肉など容易に噛み千切ってしまう。

 1度噛まれてしまったら高確率で骨ごと粉砕されてしまうだろう。

 その為なかなか踏み込めずにいた。オレの着ている服はウルフに噛まれてボロボロ。


 しかし、この数分でウルフの動きにも慣れてきたのは事実。次で決める。


「三刀屋くん」


「白川、馬鹿、こっちに来るな!」


「レベルワン……」


 ウルフの背後に白川の姿があった。

 今日の白川は河川敷で会った時とは違って私服だ。あの物騒な剣も持っていない。

 いくら魔獣狩者イビルキラーで身体能力が高いからといって初見の魔獣2体を相手にするのは無理がある。

 ウルフはオレから白川にターゲットを変えると白川に襲い掛かった。


「くそっ」


 体に、足に力を込めて本気で走る。全力を出すのはいつ以来だ?

 もちろんさっきまで、2体のウルフと戦っていた時も力を抜いていた訳ではない。確かな狙いを持って攻撃と防御を繰り返していた。

 だが、白川の登場で状況が変わった。


「間に合え」


 高速で移動し、白川と魔獣の間に割って入る。

 白川は顔の前に腕をクロスさせて目を閉じていた。

 左と右からウルフが迫る。一瞬でも遅れていたら白川の命は無かっただろう。

 右の拳を握り締め、左から飛び掛かるウルフの腹に正拳突きを。そのまま体を時計回りに一回転させた反動で右から飛び掛かってきたウルフの腹を右脚で蹴り上げた。


 ウルフが黒い灰に姿を変え、宙に舞う。そして灰の中から出てきた黒色の魔獣結晶イビルクリスタル2つを掴む。


「三刀屋くん、やっぱりあなたは」


 灰の中に立つオレの姿が白川にはどう映っているのだろう。

 何はともあれこれでオレが魔獣狩者イビルキラーだと白川にバレたことになる。まあ遅かれ早かれバレることだったからそれはいいか。


「そうだ。オレも白川と同じ魔獣狩者イビルキラーだ」


―2―


 3年前のあの日から私は病院に通うことが日課になった。雨の日も風の日も今まで1度たりとも忘れたことはない。


 北柳総合病院。北柳町で1番大きな病院で一般の患者から、魔獣による被害に遭った人などが多く通っている。

 そこの210号室の1人部屋。白川星夜しらかわせいやというネームプレートを確認してからドアを3回ノックして、返事を待たずに部屋へと入る。


 私の兄、星夜は西に傾きかけている太陽の光を体いっぱいに浴び、静かな寝息を立てていた。

 起こさないように気を付けながら花瓶の花を交換すると、ベッドの横に椅子を持ってきて座った。

 3つ年の離れた兄。昔はあれだけ身長差もあったのに年々その差も縮んできた。あの日から兄の体の成長は止まってしまった。


「んっ、紅葉くれは、来てたのか?」


「ごめんなさい。うるさかった?」


「いいや、いいんだ。紅葉が近くにいる気がしたから起きたんだ」


 リモコンを操作し、ベッドを起こす兄。体が痛むのか顔を歪めている。


「大丈夫?」


 手を差し出したが、兄が手を上にあげてそれを拒否した。その兄の右腕は肘から指先にかけて真っ黒だった。


「いつも来てくれてありがとな。紅葉も高校生になったんだから友達とも遊びたいだろ? いいんだぞ無理して来なくても」


 兄さんはいつも優しい。こんな風になってしまったのも全部私のせいだというのに。


「兄さんは気にしなくていいよ。私が来たくて来てるんだから」


 そう。これは私自身への罪。私がしなくてはならないせめてもの償い。


「それに友達と呼べるような人もいないもの」


「そうなのか」


 兄さんが心配そうに私の顔を見る。

 いけない。兄さんを心配させてしまった。


「紅葉、高校の友達は一生ものだぞ……って俺も高校の入学式の日に先生から言われたぞ」


 兄さんの言葉かと思ったら兄さんが先生から言われた言葉だったみたいだ。けらけらと兄さんが笑っている。

 そしてこう続けた。


「気の許せる友人は大切な存在だ。将来、紅葉が困ったとき、きっと助けてくれるはずだ。そんな友人を早く作って俺に紹介してくれ」


 ニッと兄さんがはにかむ。


「兄さん……」


「一昨日だか3日前に言ってたよな? 遊びに誘われたって。確か『ヤナギモール』だったっけ。俺のことはいいから行ってこいよ」


「でも」


「俺の自慢の妹はこんなに反抗的だったっけか? 後で土産話でも聞かせてくれ。その方が俺も嬉しいから。楽しみにしてるからな」


 こう言われてしまっては私の答えは決まっている。


「分かったわ」


 よくできましたと、兄さんの左手が私の頭をわしわしと撫でた。私はこの瞬間がどんな時よりも好きだ。

 だから私は兄さんの体を治す。それがどんなに辛く険しい道のりだとしても。


 私の記憶が正しければ明日、土曜日に『ヤナギモール』で遊ぶ計画だったはず。

 こちらから和井場くんに連絡するのは嫌だったけれど兄さんと約束をしたことだし仕方がない。

 私は文章を打ち終わると彼にメールを送信した。

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