第10話 2つの顔

―1—


 オレの横を楽しそうに、それでいて少し弾むように歩く橘。さっき感じた違和感は気のせいだったのか?


 クラスの女子の中心人物にして、男子からの支持も集めている。人気投票も文句無しの1位だ。ファンクラブなんかも出来ていてその人気は他クラス、他学年にまで広がっている。

 たった1週間でこの人気。これは立派な才能と言えるだろう。

 そんな北柳高校の注目を集めている美少女とオレは今2人きりだ。


「なあ、橘。フードコートはこっちじゃないぞ」


 橘がフードコートとは反対の方向へぐんぐんと進んで行く。

 昨日の夜にフードコートの位置も確認済みだから間違いはない。


 オレの声は届いているはずだが、橘の足が止まることはなかった。仕方が無いので橘について行くことにした。ここで1人にさせる訳にもいかないからな。

 

「ねぇ三刀屋くん」


 ようやく橘の足が止まった。

 『ヤナギモール』2階の端にある休憩スペース。座り心地のよさそうなソファーがいくつか置いてあったが、座っている人は誰もいない。

 この空間にはオレと橘の2人しかいない。


「どうしたんだ? こんな場所まで連れてきて」


「三刀屋くんはスポーツテストの時、私の自己紹介が印象的だったって言ってたよね?」


「ああ、よく覚えてる」


 自己紹介のことなんて今は関係ないだろとは思ったが口には出さなかった。

 コミュ力が高い橘が何の意味も無くこんな話をするはずがない。そう思ったからだ。


「私も三刀屋くんの自己紹介を覚えてるよ。早口で必要最小限の情報だけ話してたよね。私にはそれがまるでわざとそうしたように映った」


 先程まで感じていた違和感が確信に変わる。

 オレの目の前に立っている橘はクラスで人気者のあの橘ではない。言葉に表すのが難しいが、どこか纏っている空気がいつもと違う。


「あれは緊張していたからだ」


「本当にそうかな? 白川さんは自己紹介の時に自分が魔獣狩者イビルキラーだって明かしたよね。なんで三刀屋くんは黙ってたのかな?」


「オレが魔獣狩者イビルキラー? なんでそう思ったんだ?」


 心臓の鼓動が早くなっているのが分かる。落ち着け。

 なぜ橘はオレが魔獣狩者イビルキラーだと分かった?

 オレが魔獣狩者イビルキラーだと知っているのは塩見だけだ。白川には疑われているが無理矢理誤魔化している。

 まあ白川を含めたとしてもオレが魔獣狩者イビルキラーだと知っているのは2人だけだ。


 だとしたらはったりか?

 いや、根拠も無いのにわざわざこんな場所まで連れ出す訳ないか。だとすると橘は何かしらの根拠を持っているということになる。


「私には分かるんだ。だって三刀屋くん、くさいもん。私が1番嫌いなにおい」


「におい……?」


 オレの体から知らない内に悪臭が放たれていたのか?

 風呂には毎日入っているんだが。


「私はにおいを嗅ぐことで魔獣狩者イビルキラーかそうじゃないかを判別することができるの。三刀屋くんと白川さんの他にも同じクラスに後3人魔獣狩者イビルキラーがいるよ。それとは別に1人よく分からないにおいの人もいるけど。その人も含めると全部で7人だね。もちろん私も入れて」


 橘も魔獣狩者イビルキラーだったのか。

 においで魔獣狩者イビルキラーかどうか分かるというのは、オレの魔獣が出現すると耳鳴りが起こるようなものなのかもしれない。

 一種の特殊能力といったところか。


 7人ということが真実だとすれば、オレ、白川、塩見、橘は判明済み。

 残り3人は何らかの理由で自分が魔獣狩者イビルキラーだということを隠しているということだ。誰が何のために隠しているのか?


 明かすタイミングなどこの1週間でいくらでもあったはずだ。オレも人のことは言えないが。

 それより今は目の前にいる橘か。


「何の為にそれをオレに話したんだ?」


 そう。それが1番分からない。


「取引をしない?」


 そう言って橘は肩にかけていた白い鞄から茶封筒を取り出した。随分と分厚い。


「魔獣を倒したときに魔獣結晶イビルクリスタルが落ちるのは知ってるでしょ? 魔獣結晶イビルクリスタル1つにつきここにある1万円を交換して欲しいの」


 茶封筒から大量の札束を取り出し、1万円札を手に持つ。100万円はあるだろうか。そんな大金をただの紙きれのように高校1年生が持っているのは異常だろう。


「橘、残念だが魔獣結晶イビルクリスタルは持っていない。オレは魔獣を倒せる程強くないんでな」


「そっか。じゃあ手に入って気が向いたら教えてね。いつでも待ってるから。それと今ここで話したことは誰にも言わないで欲しいかな」


「ああ分かった」


「もし話したら三刀屋くんを消すことなんて簡単だから……なーんてねっ! そろそろフードコートに行こっかっ」


 橘はいつもの調子に戻り笑顔で歩き出す。この笑顔もどこか偽物に見えてしまう。

 橘ソフィーナターシャ、表と裏、2つの顔を持つ少女か。まだ闇がありそうだ。


―2―


 フードコートで席を確保して数分経つと和井場たちが戻ってきた。

 数店舗回ってみたものの玉城は結局何も買わなかったようだ。「金欠だからこんなに高いの無理!」と言っていたらしい。席に着いた今も服の値段に対して文句を言っている。


 散々玉城に振り回されたのだろう。和井場の顔からもさすがに疲れが見える。玉城の文句にも優しく相槌を打ちながら買ってきたたこ焼きを口の中に入れる。

 白川はオレと橘と別れるまでは持っていなかった袋を持っていた。


「何を買ったんだ?」


「別に、三刀屋くんには関係のないものよ」


 そう言われてしまったらそれ以上聞くことは出来ない。会話を強制終了させる達人かよ。

 フードコートは予想通り若者や家族連れで賑わっていた。満席で席が空くのを待っている人も何人かいるぐらいだ。

 さすが北柳町で1番大きいショッピングモールなだけはある。


「午後はどうしよっか?」


 さっきの出来事が嘘だと感じてしまうほど、いつも通りの明るい橘が切り出した。

 その言葉に玉城も文句を言うのをやめた。


「大体の店は回ったことやし、ゲームセンターでも行こうか?」


「さんせーい」


 和井場の提案に玉城が賛成した。


「奈津と白川さんはどうや?」


「オレはいいぞ」


「私もいいけど」


 橘がそれを聞きパンっと手を1回叩く。


「よしっ、決定だねっ。せっかくの記念だしみんなでプリクラでも撮ろっか」


 高校生の男女がプリクラ。そんなのリア充しかしないものだと思っていた。オレには縁遠いものだと。

 昼食を食べ終え意見がまとまると、ゲームセンターに向かおうと席を立った。その時だった。あれが来たのは。


「うっ……」


「三刀屋くん?」


 顔を歪めるオレに白川が声を掛けてきた。


「悪い。急にトイレに行きたくなった。先に行っててくれ」


「大丈夫なんか?」


「問題ない。出すもの出せばスッキリするはずだ」


「分かった。ほな先行ってるで」


 和井場たちと別れてトイレへ向かう……ふりをする。

 まさかこのタイミングで耳鳴りがくるとはな。まあこの町に住む限り24時間いつ起きてもおかしくはないんだが。

 しかも思ったより近い。というよりこれは、


「マジかよ」


 『ヤナギモール』に黒い霧が覆い始め、あっという間に黒霧に包まれてしまった。

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