第4話 魔獣のペット

—1—


 昼過ぎ。瀧川たきがわ先生から、明日以降の授業の連絡事項が伝えられ、解散となった。

 校内の地図が配られたので、それを見て探検に出ようと言っている者、昼食をどこで済ませるか相談している者。

 楽しそうな会話があちこちから聞こえてくる。

 残念ながら自己紹介に失敗したオレに声が掛かることは無かった。


 武藤むとうは、たちばなと一緒に食堂で昼を済ませた後、野球グラウンドへ向かうらしい。鼻歌交じりに教室から出て行った。これが青春というやつだろうか。


 隣の住人——白川しらかわはというと、クラスメイトと連絡先を交換していた。

 黒い霧を見たら気軽に連絡してちょうだい、と必ず最後に付け足すと、流れ作業の如く、ほぼ全員と連絡先を交換していった。


「何? 私の顔に何かゴミでも付いてる?」


「いや、特には。強いて言うなら目が2つと、鼻、口が1つずつ付いてる」


「えっと、それに対して私はどう反応したら正解なのかしら」


 白川は、カバンに筆入れと配布されたプリント類をしまっていく。

 全部入れ終わり、カバンを肩にかけるとようやくオレの手に握り締められたスマホの存在に気がついた。


「もしかして、三刀屋みとやくんも私と連絡先を交換しようと待ってたの?」


「まあ、そういうことになる」


 隣の席ということもあり、結構序盤から待機していたのだ。

 悲しいことに今の今まで白川が気づくことは無かったが。


「どうして?」


「と、言いますと?」


 疑問を疑問で返した。

 クラスメイトだったら連絡先ぐらい交換するものなんじゃないのか?

 現にコミュ力高い系男子の和井場わいばだって、スマホ片手に女子と楽しそうに話している。少し羨ましい。


魔獣狩者イビルキラーのあなたが、どうして私と連絡先を交換する必要があるのかと聞いてるのよ」


 どうやら白川は、オレが魔獣狩者イビルキラーだと信じて疑っていないようだ。一度も肯定した覚えはないんだがな。


「一応否定しておくが、仮にオレが魔獣狩者イビルキラーだったとして、連絡先を交換することに何か問題があるのか?」


「そう言われると、問題は無いのだけれど。なんでそこまで頑なに否定するのか気になるわ」


「違うから違うと言っているだけだ。深い意味は無い」


 白川のスマホに映し出されたコードを読み取ることに成功し、オレの連絡先に追加された。

 白川は、相手を突っぱねるような言い方を度々するが、拒絶はしない。なんだかんだ言って根は優しい奴なのだ。


「おい、奈津なつ。この後、カラオケに行くんやけど一緒にどうや?」


 教室の入り口で女子数人に囲まれている和井場に誘われた。

 初めて誘われた喜びを顔に出さないようにしつつ、白川を見た。

 白川もまだ誰からも誘われていないみたいだし、この機会にクラスメイトと交流を深めてみるのはどうだろうか。そんな視線を送る。


「私はこの後、行くところがあるから。三刀屋みとやくんは、行ってきたらいいじゃない。友達が増えるかもしれないわよ」

 

 それじゃあ、と言って白川は教室から出て行った。

 せっかくイベントが発生したのだから、このチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。

 しかし、オレにも外せない用事がある。こればっかりは仕方ない。

 友達作りは明日から頑張るとしよう。


「おーい、どうするんや?」


「悪い。この後どうしても外せない用事があるんだ。良かったらまた今度誘ってくれ」


「そか。分かったわ。また次誘うわ。ほんじゃな!」


 和井場が手をひらひらと振り、女子数人とカラオケとやらに向かった。

 教室を見渡すと人見知りの塩見、武藤と話していた眼鏡くん、その他にも数人帰り支度をしていた。

 この帰宅ラッシュの波に乗って、そろそろオレも帰るとするか。


―2―


「ただいま。おーよしよし、いい子にしてたか?」


 自室に入ると魔獣のウルフが出迎えてくれた。

 訳あって10年前ぐらいからオレが飼っているペットだ。毛並みが黒いことから名前はクロに決めた。


 今ではすっかり懐いて可愛いものだ。たまに甘噛みされるのは痛いが。

 オレがこうやって帰って来ると尻尾を振って体をすり寄せてくる。撫でて欲しいアピールだ。


 エサは、人間が食べる物なら基本何でも食べるが、クロの場合はソーセージなんかの肉を好んで食べる。

 魔獣の、ウルフの10歳が人間でいう何歳なのかは分からないが、体の大きくなったクロは食べる量も凄い。

 その為、冷蔵庫に入っている食材だけでは足りないと最近感じ始めている。

 それに親に気付かれない範囲で、冷蔵庫から食料を調達するのも難しくなってきた。

 高校生にもなったし、アルバイトでも始めるか。どこか条件の良いアルバイトはないものか。


「おっ、散歩か?」


 クロのエサをどう確保するか考えていると、クロが扉の前でぐるぐる回っていた。散歩に行きたい合図だ。

 散歩に行くといっても、魔獣狩者イビルキラーに見つかっては大変なことになるので、近所の人通りの少ない住宅街を歩いている。

 本当だったら河川敷などの広い場所で遊ばせてやりたいところだが、それは無理な話だ。


 リードを付けて犬のように散歩をさせてしまうと、一般人にはリードが宙に浮いているように見える為、クロには何も付けないで散歩をしている。

 オレの言葉もある程度は理解できるので、これといって問題は無い。


 住宅街の中にある小さな公園に向かって歩く。

 オレの前を歩くクロが時々立ち止まり、振り返ってちゃんとオレがついて来ているのか確認する姿がなんとも可愛い。


 魔獣狩者イビルキラーは、北柳町の人口のおよそ1パーセント。

 北柳町の人口は約1万人なので、魔獣狩者イビルキラーは100人いるかどうかだろう。

 だから滅多に会うことは無い。

 はずだったのだが……。


「きゃっ!」


 前を歩くクロの近くから可愛らしい女性の悲鳴が聞こえてきた。家の陰にいるみたいで、その姿はこちらからでは見えない。

 今までこんなことはなかったから大丈夫だと油断していた。

 クロが人を襲うようなことはないが、黒霧も発生していない普通の住宅街に突然、魔獣が出てきたとなれば誰でも驚くだろう。それも出会い頭に。


 急いでクロの元に駆け寄ると、そこにはオレと同じ制服を着た黒髪ショートカットの少女がいた。腰を抜かし、右手を前に出して、


「お、お願い。食べないで。だ、誰か助けてください」


 か細い声で助けを求める少女は、同じクラスの塩見沙織しおみさおりだった。

 自己紹介では注目を一気に集めたたちばなソフィーナターシャの後で、緊張して噛み噛みだったあの塩見だ。

 クロが見えているということは、彼女も魔獣狩者イビルキラーだということだ。

 白川の他にも同じクラスに魔獣狩者イビルキラーがいたとは、凄い確率だな。


「塩見、安心しろ。この魔獣は人を襲わない」


「えっ?」


 涙目でオレの顔を見上げる。

 自己紹介の時は、人見知りと恥ずかしさから俯きがちだった為、顔がよく見えなかった。

 こうやって顔をしっかり見ると、目はくりくりで、唇もぷっくらとしていて十分可愛い。これは、橘や白川にも負けていないかもしれない。

 もっと自分に自信を持てばいいのに。せっかく可愛い顔をしているのにもったいない。


 そんな塩見はオレが誰だというように首を傾げていた。目は合わせてもらえなかった。


「同じクラスの三刀屋みとやだ。こいつはクロ。オレのペットだ」


 そう言って、クロの頭を撫でて見せる。嬉しそうにクロが尻尾を振る。


「で、でも魔獣ですよね?」


 落ち着いてきたみたいだが、まだ腰を抜かして立てないようだ。

 クロを見ないように自分の制服やオレの足元といったように視線を小刻みに動かしている。


「訳あってオレが飼っているんだ。懐いているから人を襲うことは無い。その、驚かせてすまなかった」


 オレの言葉を理解しているクロもしゅんと小さくなった。


「そ、そうなんですね」


 塩見は人を襲わないと分かって安心したのか、ほっと胸を撫で下ろした。

 安心したのなら早く立ってもらわないと、オレの目のやり場が困る。

 それにここで人が通りかかったら、オレが塩見を襲っている風に映るはずだ。


「塩見、ゆっくりでいいから立ってもらってもいいか。いつまでもそうやっていると、スカートの中が見えちゃいそうで、正直困る……」


「あ、あのごめんなさい」


 塩見の頬がぽっと赤くなった。こちらこそ、なんかごめんなさい。

 スカートの埃をぱんぱんと叩いてほろうと、ぺこりと深く頭を下げた。


「家はこっちの方なのか?」


「は、はい。すぐそこです」


 人差し指で公園の方を指差した。


「ちょうどよかった。公園の方だったらこれから行こうと思ってたんだ。一緒について行ってもいいか?」


「あ、あの、この後予定があるのですいません」


 さっきよりも深く頭を下げると、風のような速さで走り去ってしまった。

 もしかして、オレって避けられてるのか?


「クロ、行こうか」


「ガルル」


 残されたオレとクロは公園に向かった。

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