第一章-9 『疾風の初任務』

 数時間後ーーー


 いよいよ初任務が始まる。

 ライアの決められた班には2人の魔導士がいた。

 ただ、1人は見覚えのある人物だ。

 確か、さっき講堂でリリィに噛み付いていた金髪の少女だ。

 名前はたしか、ブリジットとか言っていただろうか。

 彼女はライアを見るなりこう言い放った。


「貴方が私と同じ班ですのね。1つ、言わせて貰いますわ。私が参加する以上他の班に、ましてやあの魔女のいる班に負けることは絶対に許されませんのよ!! 襲撃者が来たなら即刻排除、そうでないなら一番に到着。良いですわね!?」


 そんな高飛車な少女の掛け声と共に、任務は始まった。


 ***

《アルベリア街道》


 今回の任務の目的は、魔導具などの原料となる魔石を王都へと護送することだ。

 しかし、獣車で王都に向かうには2日はかかってしまうので、その間に例の襲撃者に襲われて魔石を奪われる可能性があった。

 したがって今回は10の班で魔石を小分けにして護送するという形態を取っている。

 

 班の3人が合わせて獣車に乗って王都に向かうことになったのだが......。


「ふん、こんなつまらない護送任務なんて私も随分と舐められたものですわね!!」


 ライアの乗った獣車の中ではブリジットが機嫌を悪くしていた。


「そもそも、優れた魔導士である私がこんな馬の骨共とこんな狭っ苦しい荷車に押し込められるなんてとんだ屈辱ですわ!!」


「そりゃ悪かったな。こんな馬の骨でよ」


 ライアもその挑発に言葉を返した。

 事の発端は出発してすぐの自己紹介の時に及ぶ。


 

「一応、この私も自己紹介をして差し上げますわ。まあ、知っているでしょうけど。私はブリジット・アードレイ。この“麗風の魔導姫”と同じ班になれたことを光栄に思いなさい?」


「俺は、ライア・グレーサーだ。よろしく」


「たったそれだけですの? つまらない男ですわね」


「悪かったな、つまらない男で」


「まったく信じられませんわね、こんな男をあのアルヴィン様が推薦するなんて。大した身分にも見えないですし、貴方はどこの出自ですの?」


「覚えてない。俺は少し前からの記憶が無いんでね」


「じゃあ使える魔法は?」


「闇属性の『ソルガ』だけだな」


「ぷっ、くははっ!! 冗談にしても面白くありませんわよ、何が悲しくてこんな魔法もろくに使えない浮浪児と高貴で優秀な魔導士である私が組まなくてはならないのかしら」


「さっき講堂でリリィに喧嘩売った挙げ句に決闘の話が出たら弱腰になってたあんたがよく言うぜ」


「ぐっ......。私に喧嘩を売るなんて良い度胸しているわね。それにあの魔女のことをそんな名前で呼ぶなんて、貴方は魔女とどんな関係なのかしら?」


「あんたには関係ない話だ」


「ふん、まあいいですわ。私に楯突いた事、後で後悔しても知りませんわよ?」



 あの自己紹介の時から、ライアはブリジットと口喧嘩になることが多い。

 ブリジットは何かにつけてライアに嫌味を言ってくるし、ライアにしてもあんなにリリィに敵意を剥き出しにしたブリジットに対しては頭に来ていたため言い合いになり、余計に獣車内は重苦しい雰囲気になっていた。


 そうして1日目も夜を迎え、獣車を止めて野営をすることになった。

 ライアと共に見張りをするのはブリジットの従者だと名乗っていたクラウスという男だ。

 

「ライアさん、さっきは私の主が大変無礼なことを言いました。主に代わって謝罪します」


「クラウスさんが謝らないでくれよ。クラウスさんは何も悪くないだろ?」


「いや、そういうわけには参りません。止められなかった僕にも責任がありますから」


 確かにクラウスはブリジットがライアに嫌味を言う度にそれを止めさせようとしていたのだが、結局彼女に一喝されて止められずにいた。


「クラウスさんも、大変なんだな」


「いえ、そんなことは。それと僕のことは呼び捨てで構いませんよ」


「そうか、なら俺のことも呼び捨てで構わないぜ?」


「承知しました。今度からそうさせて頂きます」


「じゃあクラウス、1つ聞きたいことがあるんだけど良いか?」


「ええ、僕に答えられることなら構いませんよ、ライア」


「ブリジットとリリィ......あいつが魔女って言ってる人の間に昔何かあったのか?」


「どうして、そう思うのですか?」


「いや、なんとなくだけどな」


「そうですか......」


 クラウスは暫く黙り込んだ後、ゆっくりと話し始める。


「僕の主、ブリジット・アードレイとリリアンネ・ヘインズワース嬢はかつて、魔法の腕を競い合う友人でした。ですが、2人の関係は変わってしまった。あの、2年前の事件から」


 ーーー2年前の事件。

 リリィを含む魔導士の少女達が誘拐され、多くの犠牲者が出た事件だ。

 

「あの事件で犠牲になった方にはブリジット様の友人も多かったこともあり、事件後にブリジット様は大変悲しんでおられたのです」


「そうか、じゃあブリジットもリリィが皆を殺したと思ってるのか」


「今は、そうでしょうね。ですが、事件当時は違いました。ブリジット様はリリアンネ嬢の実力を十分に認めており、そんなことがあるはずないと仰っていました」


「じゃあ何で、あんなに敵意を向けるようになったんだ?」


「事件の後、ブリジット様は何度もリリアンネ嬢に事情を問い詰めに行きました。どうしてそんな実力がありながら皆を守れなかったのかと。しかし、事件後のリリアンネ嬢はとても事情を聞ける状態では無かった。私も面会の度にお供しましたが、半年程はまともに人と話せる状態では無かったのですから」


「リリィにそんなことが......」


「ええ、そうしてようやくリリアンネ嬢が快復した頃には、ブリジット様の周囲を取り巻く環境は大きく変わっていました。魔導院ではリリアンネ嬢が皆を殺したのだという論を唱える輩が多くなっていました。特にあのマクファーレンという有名な魔導騎士がその論を広めていたせいで、それを信じる者は瞬く間に増えていたのです。ブリジット様はその論を唱える輩に真っ向から反論して回っていたのですが、ある日を境にその行動は正反対になりました。快復したリリアンネ嬢の元を訪れた、その日から」


「そのときクラウスは一緒に行ってなかったのか?」


「ええ、たまたまその日は僕には別の仕事がありまして、ブリジット様1人で行っておられたのです。だから、その場で何があったかは僕にも分かりません。ですが......」


 一呼吸置いて、クラウスは続けた。


「ですが、その日を境に変わってしまったのはそれだけではないのです。あの日から、ブリジット様は他人を見下すような方になってしまわれた。それまでは弱者を護るための魔導騎士を志していたブリジット様は、弱者や才能の無い者には価値が無いと言うようになってしまわれた。すべて、あの日から変わってしまったのです」


 クラウスは悔しそうに歯噛みしていた。

 

「これは失礼。つい感情的になってしまいました。ですが、僕はブリジット様と違ってリリアンネ嬢に敵意を持っているわけではありません。僕はただ、元の優しいブリジット様に戻ってほしいだけなのです」


「そうか、でも気になるな。そんなに簡単に意見を変える奴には見えなかったぜ?」


「それは僕も同感です。ブリジット様がそんなに簡単に意見を変えるとは思えない。だからこそ、僕はあのマクファーレンという騎士が怪しいと思っています。彼は以前からブリジット様とは対立していたのですが、あの日以降彼とブリジット様の間に何かあるようなのです。話してくれないので分かりませんが、僕の勘で言うなら何か弱みを握られているのではないかと思っています」


 言った後すぐに、クラウスは失言を隠すように首を横に振った。


「今のは忘れて下さい。ですが、ブリジット様は元々お優しい方であった事だけは、分かって頂けると幸いです」


 そんな話をしているうちに、見張りの交代時間が来たのでライアは戻って眠りについた。

 リリィとブリジットの関係。

 マクファーレンという男の存在。

 彼の名はリリィの口からも聞いたことがある。

 今のライアには情報が必要だ。

 リリィを助ける為には、いずれ接触しなければならないだろう。

 そう思いながら、眠りに落ちてゆく。


 ***

《魔導院ラ・メイソン》


 ここは魔導院のある一室で

 ヒルデガードと数人の男女が密談をしている。


「本当に、よろしいのですか?」


「ああ、私の言ったとおり進めてくれれば良い。くれぐれも死人は出すなよ? 魔石を奪ったらそのまま王都に届けて戻ってこい。5分経っても奪えなかったらそのまま戻れ。そうなっても貴様らを攻めたりはしないから安心すると良い」


「しかし、これでは下手したら1人も残りませんよ?」


「それならそれで構わんよ。仮にも3対1、必要なのは力のある魔導士だけだからな。数人も残れば十分だ。あと、本物の襲撃者が出た場合は直接手を出すな。奴らに対処させて、無理だったならある程度泳がせてから潰せ。分かったな?」


「「了解!!」」


 

 そうして部屋にはヒルデガードが残る。


「悪いな、諸君。これは決して簡単な任務なんかじゃない。選抜試験・・・・だ。せいぜい頑張ってくれたまえ」


 彼女はそう言ってほくそ笑んでいた。


 

 

 2日目ーーー


 一行は夜が明けてすぐに出発した。

 緑の生い茂る街道を真っ直ぐに進んで行く。

 街道沿いの木々の中は襲撃者が隠れるには絶好の場所にも見えるが、実際そうとは限らない。

 各獣車にはそれぞれ索敵魔法が使える者が乗っているので、ある程度の敵の接近は探知できる。

 まあ、過去の事件ではそれを使っていながら襲われた獣車も多いので気休め程度でしかないのだが。


 そんなことを考えていると、またブリジットが突っかかってきた。


「どこぞの凡骨さんは私の索敵魔法『サーチディレイン』に感謝してほしいですわね。貴方のような凡骨を外敵から守って差し上げてるのですから」


「へいへい、感謝してますよっと。ま、敵さんがそれに引っかかってくれれば良いけどな」


「なっ!? 私の魔法はとーっても優秀でしてよ? 索敵失敗したそこら辺の魔導士風情の魔法と一緒にしないで欲しいですわね!!」


「はいはい凄い凄い」


「くぅぅっ!! この凡骨風情が私を馬鹿にするなんて許しておけませんわ!!」


「へいへいごめんなさいよ。あとお前凡骨の使い方間違ってるぞ。それ平凡な才能って意味だぜ? まあ天下のブリジット様が俺をそこそこ評価してくれてるってんなら嬉しいけどな」


「きぃぃっ!! 貴方のような出来損ないを誰が評価するもんですか!!」


「ブリジット様、その辺でお収め下さい。皆さんも困っていらっしゃいますよ?」


 クラウスに諫められて、ブリジットはようやく大人しくなった。

 昨日よりは態度が少しだけ柔らかくなっていることから、元は優しい人だったという話も分からない訳ではないのだが......。


 そんなことを考えていた時、突然獣車が止まった。

 荷車を引く霊獣は低く唸りながら何かに対し威嚇をしているようだ。

 霊獣という生き物はもともととても賢く、敵意・・に敏感だと言われている。

 つまり、これは......。


「何事ですの!? こんな所で止まっていては他の班に抜かされてしまいますわよ?」


「そんな事言ってる場合じゃないだろ。もしかしたら、今俺らはヤバい状態になってるかもしれないな」


 ライアはその肌でひしひしと感じていた。

 記憶を無くしても、本能的に感じるその直感で。

 戦場を生き抜いてきた経験による勘が、我が身の危険を知らせる。


「まさか!? 例の襲撃者ですの!?」


「僕が偵察に出ます。2人はここで待っていて下さい」


 クラウスが獣車から飛び降りた瞬間、爆音が耳を劈いた。


「早く獣車から出ろ!! 危ないぞ!!」


「2人とも、急いでください!!」


 ライアとクラウスは急いで獣車から飛び出る。

 だが、ブリジットはその場から動けずに竦んでいた。

 公式戦の経験はあれど、実戦の経験がある魔導士などそうはいない。

 慌てて動く者もいれば、身が竦んで動けなくなる者が居るのも当然だ。


「ブリジット様!! 危ないっ!!」


「何やってんだよ、あんたは!!」


 獣車から降りたライアとクラウスの目に映るのは、遠くから詠唱を行う敵の姿。

 その魔法は放たれるまであと僅かだ......!!


 低い男の声が闇を縫って轟いた。


「死ね。『デスブレイジング』!!!」


 魔法の徹甲弾が荷車に向けて放たれる。

 今荷車に一番近いのはライアだ。

 クラウスもブリジットを助けに行こうとするが、間に合うだろうか。


 ライアの頭をよぎるは、先日見た記憶とその時の言葉。


 ーーー俺に、救えって言うのか?

 ーーーあんな奴を助ける義理なんて無い。

 ーーー......。

 ーーークソッタレがっっ!!


 気がつけば、ライアは荷車に飛び込んでいた。

 呆然とするブリジットを抱え、そのまま反対側の布で覆われた部分を突っ切って脱出を試みる。



 次の瞬間、荷車は炎に包まれた。

 後ろからクラウスの叫びが聞こえる。

 ブリジットは薄れ行く意識の中で、走馬燈のように過去の自分の姿を見ていた。


 ーーー私のことを裏切ったんですのね!! 貴方なんか、信じるんじゃなかった!! この魔女め!!


 ーーーテメェはもう、俺には逆らえない。


 ーーーこんなはずじゃ、無かったのに。


 そんな後悔の記憶を辿りながら、薄れていく意識。

 それは続いてやって来た衝撃に掻き消され、強引に世界に引き戻される。


「私は、何を......?」


 ブリジットが痛みに目を覚ませば、あの忌々しい男が自分に抱きつくように転がっていた。


「あ、貴方っっ!! 私にこんな不埒なことをして許されるとでも......」


「黙れ。俺らの置かれた状況を少しは考えろ」


 気づけばライアの左腕には火傷と裂傷で酷い傷が出来ていた。

 直前の光景を思い出す。

 動けなくなった自分を助けてくれたのはこの男ではなかっただろうか?


「貴方、その傷はどうして......?」


「黙れって言っただろ。後は自分の身ぐらい自分で守れ」


 ライアは立ち上がり臨戦態勢に入る。

 クラウスもこちらに駆け寄ってきた。


「ブリジット様!! ライア!! 無事ですか!?」


「ああ、何とかな。そこのお嬢様も死んじゃいないぜ?」


 2人の姿を見て事情を察したクラウスは続ける。


「襲撃してきた敵には魔法をぶつけてとりあえずは撃退しました。ですが、何時また襲ってくるか分かりません。ライアは応急手当をしますからこちらへ来て下さい」


「気遣い感謝するよ、クラウス。でもな、そう簡単に敵は下がってくれないみたいだぜ?」


 ライアの視線の先にはさらに敵が1人。

 加えて反対側にもう1人がこちらを睨んでいた。

 負傷者多数に加えてこの挟み撃ち、状況は最悪だ。


「仕方ない。俺が敵を引きつける。クラウスはお嬢様を連れて、獣車に乗って逃げてくれ。まだ動くはずだ」


「......勝算はあるのですか?」


「どうだろうな。ま、俺は霊獣の扱いを知らないんでね。頼んだぜ・・・・


「......分かりました。ご武運を・・・・


 クラウスはブリジットをお姫様抱っこの形で抱え、ライアに背を向けた。


 ーーー助かるぜ、クラウス。


 こういう状況で感情に流されずに役割を遂行してくれる奴は戦士としても騎士としても優秀といえる。


 ーーーさて、ここからは俺の番だな。


 敵のうち1人はライアに照準を定めたまま、もう1人はクラウス達を狙っているようだ。


 なら、俺の役割は......!!


 ライアは迷わず動き出す。

 敵の攻撃魔法が横を掠めたのを合図に、戦闘が再開された。


 ***

 《アルベリア街道-中央地点》


 クラウスに抱き抱えられながら、ブリジットが叫ぶ。


「ねぇっ、クラウス! あいつはどうするんですの?」


「ライアには、敵の足止めをしてもらっています」


「無茶ですわ! 魔法もろくに使えないあいつが残っても殺されてしまいますわよ!?」


「だからどうすると言うのですか? 僕達は魔石を無事に送り届ける必要があります。ライアは僕達と一緒に逃げても良かったのにわざわざ残ったんですよ? 何か策があるにせよないにせよ、彼の覚悟を無駄には出来ない。それとも、戻って一緒に戦いますか?」


「それは……っ!!」


「敵の正体も見えないのに闇雲に戦うのは上策ではありません。だから今は、先を急ぎましょう」


 そう言ってクラウスは獣車に向かうが、そこにも敵の姿が。


「まだ残ってやがったか。まあいい、死ね」


 その声は、さっきライア達の獣車を魔法で狙撃した者の声だった。


「ブリジット様、お下がり下さい。ここは僕が、血路を開いて見せましょう」


 此方でもまた、戦いが始まろうとしている。



 ******

《魔法図鑑-6》

『サーチディレイン』

 幻属性/RANK4

 射程/広範囲・術者中心

 分類/索敵・アラウンド

 コスト指数/180

 威力指数/-

 効果時間/中


『デスブレイジング』

 炎属性/RANK4

 射程/前方・中距離

 分類/攻撃・ブラスト

 コスト指数/140

 威力指数/145

 ディレイ/中

 

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