第一章-6 『常闇の一端』
夜も既に明ける頃。
ライア達一行は目的地に到着していた。
ここは魔導院ラ・メイソン。
魔法都市エンデュミアに属する学府にして、セルリオン王国の権力の一角を担う魔導騎士が数多く在籍する中枢機関でもある。
「随分と広いんだな、魔導院ってのは。てっきり俺は学校ぐらいの大きさだと思ってたよ」
「ライア君がここに来るのは初めてだったね。まあ、言うなればここは学校と警察と地方政府を合体させたような場所だ。今現在の人口は、従騎士を含めた騎士がおよそ600人、それ以外の魔導士がおよそ7000人だ」
「騎士って600人もいるんだな。それなら補充する必要ってあるのか?」
「おっと、まだ説明してなかったな。これでも半年前の事件以前は騎士は700人ほどいたんだよ。それが100人も減ったんだから当然残りの600人の負担も増えるわけだ。只でさえ最近では色々な事件が頻発しているし、禁術使いが潜伏している件の捜査もしなきゃいけないからね。それに、騎士の中にも従騎士と正騎士ってのがあってね、従騎士は権限が制限されているから単独で動くのは難しいんだよ」
「その600人の中で正騎士は何人なんだ?」
「70人だ」
「マジかよ、それじゃあ大変だな」
「まあ、正直言って大変だよ。僕も君達の所に行く前に1つ事件を解決してきたんだけどね、ここ数ヶ月は正騎士は皆が馬車馬状態さ。なにせ、王都での事件も多数こちらに回されてくるんだからたまったものじゃない」
「そういえば、王都にも魔導院があるって言ってたよな?」
「ああ、魔導院は国内に幾つかあるが、大きいのはここラ・メイソンと王都に属するアルマンダル、そして南東部にあるレメゲトンだ。多くの騎士はこの3つの内のどこかに属しているんだよ」
「王都の事件が回ってくるって事は、あっちはもっと人手不足なのか?」
「察しがいいね、ライア君。実際その通りさ。そもそも事件の首謀者が押さえられたのも魔導院アルマンダルの中だったからね。当然あちらで事件に関与して逮捕された魔導騎士はこちらの比じゃない。確か、アルマンダル所属の騎士は今、400人ちょっとしかいないんじゃないかな。 元が1000人近くいた事を考えると如何に事態が深刻か分かるだろう?」
「騎士が皆大変なのはよく分かったよ。でも、実際600人もの魔導士をどうやって逮捕したんだ? その人数が相手なら最悪クーデターでも起こされていたと思うんだけどな」
「それは有り得ない話よ、ライア。従騎士が束になっても正騎士には勝てないんだから」
獣車から降りてきたリリィが口を挟む。
「正騎士ってのはそんなに強いのか?」
「ええ、そうね。人にもよるけど、正騎士1人抑えるには従騎士10人が必要なこともあるくらいよ。コイツだって一応正騎士なんだから実力は確かでしょうね」
「リリアンネ君に褒められるなんて嬉しいね。確かにあの作戦時に集められた正騎士は100人程、それに対して逮捕された600人の内の正騎士は50人だ。僕はそれに参加した訳じゃないけど、力の差は歴然だったそうだよ」
「別に褒めてないわよ。着いたんだしそろそろ案内してくれないかしら? 私達を
「もちろんさ。すぐに案内しよう。ただ、一つ言い忘れていたことがあってね。君達を保護するといっても、何もしないでここでのんびりすることを許可したわけじゃない。それは分かってくれるね?」
「どういう意味かしら?」
「ああ、簡単に言うと君達には魔導院で新しく発足する、魔導士を集めた部隊に参加して欲しいんだ」
「さっきも言ったと思うけど俺は殆ど魔法は使えないぜ? それでも良いのか?」
「それは問題ない。君は魔人戦の勝利に尽力したじゃないか。それに君は記憶を無くしているんだろう? もともと魔法を使えていたのに、記憶喪失が切っ掛けでそれが使えなくなっているだけかもしれないとは思わないか? 魔導院は様々な知識が集まる場所だ。ここにいれば、君の記憶を取り戻す手掛かりが得られるかもしれないぞ?」
ライアが記憶を失う前の出来事は今でも思い出せなかった。
だが、ここで過ごせば記憶の手掛かりを得られるかもしれない。
「ま、そっちが良いって言うなら構わないよ。て言うか、部隊への参加が目的なら本当に必要なのは俺じゃなくてリリィの方だろ?」
リリィの魔法は屋敷での生活の中で数回目にする機会があったが、それらはどれもライアの想像を上回るようなものばかりだった。
魔人襲撃の時は不意打ちされる形で力を発揮出来なかったが、おそらく彼女はライアの思っている以上に優れた魔導士なのだと思われる。
だが、リリィの方へ振り向くと、彼女は肩を小刻みに震わせて黙り込んでいた。
「リリィ? どうかしたのか?」
「......には、......も分からないのよ......」
蚊の鳴くような小さな声にライアは思わず首を傾げた。
先程から感じていたことだが、リリィの様子がここに来てからどうもおかしいのだ。
「リリィ? 大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
「......私の事、何も知らない癖に......」
「えっ?」
「ライアはっ!! 私の事なんか何も知らない癖にっ!! 勝手なこと言わないでよっ!!」
大声をあげてリリィが叫ぶ。
唐突な出来事にライアは言葉も出なかった。
だが、アルヴィンはその反応を予想していたかのように冷静に切り返す。
「気持ちは分かるが、今回ばかりは我々に協力して欲しい。君の力も必要なんだ」
「やっぱり、私を利用するつもりだったのね!! 2年前の事を忘れたとでも言うの!? やっぱりこんなところ、来るんじゃなかった!!」
リリィはそのまま踵を返して魔導院から立ち去ろうとする。
だがーーー。
「ここから立ち去るのは君の勝手だ。だがな、
「......え?」
立ち去ろうとしていたリリィはその言葉に反応し動きを止めた。
「どういう......こと? 手掛かりって......?」
「だがら、言葉通りの意味さ。事件の犯人の目星が付いたんだよ。だが、これは過去の事件の犯人だ。それに簡単な事件じゃないから今の人手不足の状態じゃ放置せざるを得なかった。でも、これから編成する特殊部隊の任務の中にこの犯人の確保は含まれるだろうね」
そこまで言って、アルヴィンは全てが計算通りとでも言いたげな笑みを浮かべた。
「もし君が、この部隊に参加してくれるなら、この事件の担当となれるように取り計らってもいい。どうだい、友の敵をその手で討ってみたくはないか?」
リリィの身体は、なおも小刻みに震えていた。
「分かった......わよ。約束は、守ってくれるのね?」
「ああ、もちろんだ。騎士の名にかけて、約束しよう」
その黒き双眸は、常闇の一端を確かに物語っていた。
***
《魔導院-第3棟》
魔導院に着いてから早2日、ライアは特殊部隊の候補生が集まる宿舎で過ごしていた。
あの日から、リリィとは一言も言葉を交わしていなかった。
最後に言われた言葉が胸の中で反芻される。
「ライア、よく聞いて。私はね、貴方にずっと嘘を付いてきたの」
「それに、私は多分、貴方が思っているような人じゃないわ」
「貴方に命を救われたことは感謝してる」
「でもね、何も知らない貴方の優しさは私にとってただ辛いだけ」
「こんな身勝手で我が儘な私を許してとは言わないわ」
「だから......」
ーーーもう、私と関わるのはこれきりにして欲しいの。
ーーーここにいれば、貴方もすぐに知るでしょうけど。
それは、突然すぎる絶交宣告だった。
あの時の、別れ際のリリィの顔は今でも思い出せる。
涙を堪えながらも、これ以上ないほどの冷たい眼光。
「何か嫌われる事でもしたかなぁ......?」
ライアは1人ベッドの上で考えていたが、答えが出るはずも無かった。
「どうした、兄ちゃん? 彼女にでも振られたか?」
部屋のドアから野太い声が聞こえてくる。
「ああ、チェスターか。早かったな」
入ってきたのは2メートル程の巨躯を誇る大男だ。
特徴的なのは、上半身全体が体毛に覆われ、まるで狼のような姿をしていることである。
彼の名前はチェスター・オルブライト。
ライアと同じく部隊に所属する予定の魔導士の1人であり、何を隠そう彼は狼の獣人なのだ。
この世界に来てからリリィの屋敷で文字の勉強をしていたライアは、幾つかの書物にも目を通していた。
文字は読めなくても言葉が通じていたことが幸いし、案外本の内容を理解することが出来た。
その本によれば、この世界には人間以外にも亜人種と言う種族が存在するらしい。
そうして実際に初めて目にした亜人がチェスターだったのである。
あの本を読んでいなかったら腰を抜かすほど驚いていたかもしれない。
「情報を聞いてきたぜ。そろそろ候補生も集まってきたから明日には全員集めて結成式を行うってよ。班分けはまだ決まってないらしいが」
「おう、ありがとな。そう言えば、もうそれなりの数の魔導士がここに集まってるんだな」
「そうらしいな。全員が推薦を受けた魔導士で、どうやら30人はいるみたいだ。それも、かなりの実力者が揃ってるみたいだぜ」
「ったく、緊張するな。俺は魔法は得意じゃないんだぜ?」
「ガハハッ! 気にするな兄ちゃん、ワシも魔法は苦手だからな。そもそも家の家系は代々商売人なんでな、騎士なんて柄じゃねぇよ。それに兄ちゃん、あのアルヴィン・カーライルの直々のお墨付きって話じゃねぇか。期待させてもらうぜ?」
「勘弁してくれよ......」
そう言って2人で笑い合った。
リリィとの確執が出来てしまった事は残念で仕方が無いが、幸いにも彼とは気が合いそうだった。
宿舎での夜は、そうして更けていく。
***
《魔導院-第2棟》
ここは第2棟の一室。
ライア達がいる第3棟が男子用ならここは女子用だ。
部屋の中には、明かりも付けずに少女が1人うずくまっている。
本来この部屋は4人部屋なのだが、ここには少女1人しかいない。
「これで、良かったんだよね」
少女は1人呟く。
自分に言い聞かせるように。
「結局、こうなるのは分かってたんだから」
その声を聞く者は誰もいない。
「どうせ見放されるんだから、これで良いのよ......」
少女の声に力はない。
「でも......でもっ......」
ーーー私、ライアに酷いこと言っちゃった。
そう言葉にした瞬間に涙が溢れ出す。
最後に口にした言葉は、誰より少女自身の心を蝕んでいた。
「ずっと......あのままでいたかった」
「でも、こうするしか無かったのよ......」
放たれる言葉は呪詛のように反芻する。
「ごめんね......ライア」
前にも同じ言葉を口にした気がする。
だが、今回はもう取り返しが付かないだろう。
今までの嘘が、暴かれるのだから。
それでも、リリィはライアに謝りたかった。
ーーー何も話していなかったことに。
ーーー自分のせいで事件に巻き込んでしまったことに。
ーーー酷いことを言って傷つけてしまったことに。
そしてーーー
ーーー自分が、
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