第一章-5 『騎士の思惑』

 突然現れて、美味しい所を持って行った騎士はニヤリと微笑んでいた。


「今更何しにきたのかしら。もう決着はついてたわよ。手柄の横取りなんて趣味が悪いと思わない?」


「いやぁ、相変わらず厳しいねぇ、リリアンネ君は。まあ僕は人の手柄を横取りするようなハイエナじゃあないから安心してくれたまえよ」


「ふん、貴方は相変わらず馴れ馴れしいのね。それとも、また勧誘にでもきたのかしら? 何度来ても丁重にお断りさせて頂くけど」


「まあそうだね、勧誘したいのは山々なんだが。今日はちゃんとした騎士としての仕事で来たって訳さ。僕以外の騎士も動いてるよ。何といっても禁術使いが暴れていたんだからね」


「そう、ならもう終わったんだからアレを連れてお引き取り願えるかしら。どうせ他の騎士も来るんでしょうから私はもう帰らせて貰うわ」


「それは困るな。僕の任務は2つ。禁術使いの捕縛または処分、それと君の保護が僕の仕事なんでね」


「私を連れて行ってどうするつもり? 勧誘なら断るって言ったでしょう?」


「詳しいことは後で話すから今は僕に着いてきて欲しい。これはリリアンネ君と、そこの君の為でもある」


「ライアも......?」


「そうか、ライア君というのか。悪いが君も一緒に来て貰いたい。もうすぐ僕の部下が獣車に乗ってここに来るはずだ。理由は後で全て話すよ」


 直後、暗闇の中から大きなトカゲのような生き物が引く車が現れた。


「おお、早かったね。2人とも、今は僕に協力してほしい。緊急を要するんだ。もし怪しいと思うなら、リリアンネ君、君は獣車を破壊するなり何なりして逃げてくれて構わない」


「はあ、そこまで言うなら着いていってあげる。それにこれは、ライアの為でもあるのでしょう?」


「ああ、理解してくれて助かるよ」


 そうして、リリィとライアは獣車に乗って森を後にした。


 ***

《カペラーヌ街道》


「これが獣車っていうのか。初めて見たな」


「ライアは獣車に乗るのは初めてだもんね。まあ、霊獣が引いてる車だから獣車っていう安易なネーミングなんだけど」


「あのトカゲみたいなのが霊獣なのか?」


「トカゲ......? よく分からないけど、あれは霊獣の一種でエリザード種って言うんだよ?」


 どうやら、この世界にはトカゲという生き物は存在しないらしい。

 まあ、ライアの知るトカゲがあれほど大きかったわけでもないが。

 

 今は、リリィがライアの傷を回復魔法『エルフィオラ』で治している最中だ。

 リリィの首に付けられたMJRはアルヴィンの持ってきた鍵で外されたが、彼女の手にはかなりの傷跡が残っている。

 ライアはその傷を先に治すことを提案したが、リリィは頑としてそれを聞かなかった。

 

「しかし、驚いたな。リリアンネ君とこんなに仲が良いなんて、一体何があったんだい?」


「貴方には関係ないでしょう? それより用件って何かしら?」


「おっと失礼、だが、その話の前にまずはライア君、君の事について教えてほしい。今回の事件に関する情報を全部知ってから話がしたいんでね」


「いえ、こちらこそ自己紹介が遅れて申し訳ありません」


「いやいや、敬語はやめてくれよ。僕もそんな大層な身分じゃないし、君と歳も同じくらいだと思うんだが?」


「そうか......コホン、えっと、俺はライア・グレーサー、歳は18だ。悪いけど覚えているのはそこまでしかない。気がついたらリリィの屋敷の傍に倒れてたんだ。その前の事は思い出せない」


「なるほど、記憶喪失という訳か。それだけ聞ければ十分だよ。じゃあ僕の話を始めるとしようか」


 アルヴィンは息を吸って、ゆっくりと話し始める。


「まず、今回僕が君達を連れてきた理由はさっきも言ったとおり、君達を“保護”するためだ」


「別に保護される義理なんてないわよ?」


「それはどうかな、現にサイラスはリリアンネ君を力尽くで連れていこうとしたじゃないか。はっきり言って君の身柄は狙われているんだよ」


「どういうこと? 私を連れ去って何の意味があるのよ?」


「君が1年以上も隠居しているうちに王国と騎士の情勢は大きく変わったんだ。半年前、国王陛下が逝去なされた。失礼な言い方だが、寿命だったのだろうな」


「それと何の関係が?」


「まあ聞いてくれ、陛下が逝去なされた後に、かねてから噂されていた大臣や陛下のお抱えだった魔導騎士の汚職疑惑を暴くために僕たちの上官にあたる魔導騎士が王宮に乗り込んで直接真偽を確かめに行ったんだ。その結果、噂の汚職はもちろんのこと、さらにとんでもない情報までもが暴かれたんだよ」


「へえ、如何にも悪人面してた連中だし納得ね」


「まあ、その通りさ。彼等は秘密裏に非人道的な魔導実験を行っていたんだ。それも、禁術に関わるような代物も含めて。当然これに関わった容疑者は全員身柄を拘束されて今でも尋問中だ」


「それならもう解決してるじゃない」


「いや、そう簡単には行かなかった。問題が2つ出てきたんだ。まず1つは、この実験に参加した被験者が、国内のどこかで民衆に紛れて潜伏していることだ。君達のよく知るサイラスもその1人だよ。何より恐ろしいのが、禁術使いが権力者の手駒として使われている場合だ。禁術を使った者は皆、超人的な能力を誇るから暗殺やテロなどの凶行も簡単にやってのける。その上、事が済んだ後は代償で精神が崩壊しているから何の情報も引き出せないんだよ。これがどれだけ危険なことかは分かるだろう?」


「確かに大変ね。でも、それと私に何の関係が? 私を禁術使いだって疑ってるの?」


「そんなことは言っていないよ。君が直接関係するのは2つ目の問題だ。大臣や魔導騎士が一度に多数逮捕されたのだから、当然欠員の問題が発生する。しかも、魔導騎士の不足は直接治安に影響するからね。すぐにでも人員補充が必要なのだが、不適合者を騎士にするわけにはいかないだろう? そこで、新しく就任した宰相によってあるイベントが企画されたんだ。それが、3ヶ月後に開催される『魔導聖祭アルスノーティア』。簡単に言えば国中の魔導士を集めて実力者を選抜する大会だ。今必要なのはとにかく実力のある魔導士だから、大会の上位者から騎士を選定しようってことだろう」


「それに私が出るつもりはないわよ?」


「まあそう言うだろうと思ったが、問題はそこじゃないんだ。これは単なる魔導士選抜大会なんかじゃない。国の権力の一角を司る魔導騎士を大量に補充するってことは、派閥内の権力図が大きく塗り変わる可能性を秘めているんだよ。つまり、今頃各地の権力者やそれを狙う奴らは能力のある魔導士が喉から手が出る程に欲しいんだ。それを自らの手駒とすれば、権力争いで優位に立てるからね。ここまで言えば、君が狙われる理由も分かるだろう?」


「そういうことね。事情は分かったわ。要するに私が敵勢力に与すると困るから、保護っていう名目で私の身柄を押さえてこいって命令でも受けてるんでしょう?」


「身も蓋もない言い方だが、大筋は正しい。しかし、考えてもみてくれ、どのみち君は狙われているんだ。魔導院に身を置いていれば君に手を出す輩はまずいないと言っていいだろう。悪い話じゃないと思わないか?」


「冗談じゃないわ!! 私はあんな所に二度と行くつもりはないからっ!!」


 突然リリィが大声を出してまくし立てる。

 こんなにも感情を露わにした姿をライアが見るのは初めてだ。

 

「君が行きたくない気持ちは分かるが、事はもう君だけの問題じゃないんだ。ここからはライア君もかなり関係してくる事になる」


「俺も......なのか?」


「その通りだ。僕はサイラスが魔人化した現場を直接見たわけじゃないが、彼が禁術を行使した以上は誰かしらが生贄になっているはずだ。ここからは僕の憶測だが、ライア君、君はサイラス以外の誰かと接触していたんじゃないか?」


「ああ、そうだ。確か、シリルとかいう奴に森の中で突然襲われたよ」


「やはりか......。どうやらこれで確定的だな。ライア君がリリアンネ君の屋敷に住んでいたことはもう知られていたんだよ。だから、ライア君もすでに奴らのターゲットになっているだろうね」

 

「って言われてもな、別に俺は魔導士なんかじゃないぞ。魔法も殆ど使えないしな。俺を連れて行って何の意味があるんだ?」


「確かにそうかもしれないが、それは奴らにとっては関係ないだろう。ここ最近になって王都周辺で無差別な誘拐事件が多発している。だから、リリアンネ君と直接接触していた君が狙われるのは当然と言えば当然だ」


「なるほど、それで俺も狙われてたんだな。でも、よく考えてみればその魔導聖祭を企画した宰相にはこうなることくらい分かっていたんじゃないのか?」


「それを言われると痛いな。ただ、事態はそれほど緊急だったってことさ。こうなるリスクを背負っても魔導騎士の存在は重要なんだよ」


「よく言うわね。自画自賛ならよそでやってくれないかしら?」


「別に自慢したつもりは無いんだが......。ともかく、これで僕の話は全部だ。一緒に来てくれる気にはなったかい?」


「構わないぜ?」

「お断りよ!」


 ライアとリリィが同時に答える。


「ほう? ライア君は協力的で助かるよ。それに比べてリリアンネ君ときたら......。素直じゃない子はモテないよ?」


「余計なお世話よ!! ライア、こいつはね、上品ぶった態度に見えて中身はとーっても腹黒いのよ? また何か企んでるに違いないわ!」


「それは心外だなぁ。僕はただ君達の事を思ってだな......」


「ふん、私は騙されないわよ。ライア、私と一緒に帰ろ? こいつに付いて行ったら碌な目に遭わないんだから!」


「ははっ、2人とも仲が良いんだな」


「ちょっとライア!? 流石にそれは私も怒るよ? なんでこいつと仲良くしなくちゃいけないのよ?」


「まあまあ、落ち着いてくれたまえ。ライア君もそう言ってるんだし、ここは僕と君の仲に免じてだな......」


「何か言ったかしら?」


 リリィはもの凄く冷たい目をアルヴィンに向けて詠唱を始める。


「ストップストップ!! 流石にそれは洒落にならないだろ?」


「洒落にならない事を言ったのはどこの誰かしらね?」


「リリィも少し落ち着けって」


「うう、ライアがそう言うなら......」


 リリィは詠唱を止めて座り直した。


「本当に仲が良いようで妬けてくるね。君達はどういう関係なんだい?」


「えっ!? 私とライアはその、えっと、あの......そう! 私はライアの保護者よ!」


「保護者、ねぇ......」


 アルヴィンは意地悪そうな顔をリリィに向ける。


「ちょっと、何よその顔は?」


「いや、そうだね。君が倒れていたライア君を拾って家で世話していたことに関しては保護者と言ってもいいかもしれない。ただ......」


「ただ、何よ?」


「君が本当に保護者ならばなぜライア君はそんな怪我をしているんだ? 見た感じでは君より怪我の程度は酷いように見えるんだが」


「それは......」


 リリィは言葉に詰まった。


「これが現実だ。実際に君は外敵からライア君を守りきれなかったじゃないか。だからこそ、僕たちの所で保護すると言ったんだよ」


 リリィには返す言葉もなかった。

 実際問題、リリィの力不足がライアに怪我をさせた原因であるのは確かなのだ。


「おい、アルヴィン。流石にそれは言い過ぎじゃないか?」


「言い過ぎ、か。まあ、ライア君がそう言うならこれ以上はやめておこう。それで、リリアンネ君。一緒に来てくれる気にはなったかい?」


 リリィはそれに、俯いたまま返事をしなかった。


「無言は肯定だと取らせてもらうよ。現時刻をもって、君達を正魔導騎士アルヴィン・ヘイワースの名を以て魔導院ラ・メイソンの客人として迎えよう。後の事は僕に任せてくれたまえ。もうすぐ魔導院が見えてくるはずだ」


 結局、魔導院に着くまでリリィは俯いたまま一言も喋らなかった。

 


 ******

《魔法図鑑-5》

『エルフィオラ』

 無属性/RANK4

 分類/回復

 コスト指数/150

 ディレイ/中

 対象/1人

 回復速度/やや早い

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