第21話 新しい担任 その2

 更に彼女の美しい長い髪がその雰囲気を強調させていた。どうやらクラスの男子共はその魅力に圧倒されているみたいだった。


「え~、では入院中の佐藤友美先生に変わって今日からこのクラスを担当してもらう玉井さとこ先生だ。みんな、よろしく頼むよ」


「はじめまして、先ほど紹介に預かりました玉井さとこです。皆さん、今日からどうかよろしくね」


 目の前のどこかミステリアスな女性はよく通る美しい声でみんなに自己紹介をした。どっちかと言うとダミ声の学年主任の声とは大違いだった。

 轟先生は新しい担任の先生を少しでも知ってもらおうと、彼女の経歴をみんなの前で説明し始める。


「玉井先生は元占い師と言うユニークな経歴を持っているが、だからと言ってあまり先生を困らせないようにな」


「先生、それは言わないようにって……」


 学年主任は受けを狙おうとするあまりNGワードを口走ってしまったらしい。実はこの先生、こんなポカをよくするので学校でも有名なのだ。

 そんな性格でよく学年主任を任されたとも思うんだけど、何か私達には分からない何かしらの能力が評価されたんだろう、きっと。

 いきなり隠しておきたかった過去をバラされて困った玉井先生は轟先生に困惑気味に指摘する。その言葉を受けて彼は慌ててこの事について弁明した。


「あれ?そうだったかな?悪い、つい口が滑ってしまった」


「もういいですよ!言ってしまったんですから」


 学年主任からのあまり誠意がこもっていない弁解を聞いた玉井先生はちょっと逆ギレしていた。その様子を見てクラス内はちょっとざわついた。

 轟先生のへっぽこ具合は学校中に知れ渡っているから今更どうってことはないんだけど、仮にも学年主任に対して生徒の目の前で感情を露わにするこの新担任について、みんな今後この先生の下でうまくやっていけるのか不安に感じたのだ。


「それじゃあ、みんな玉井先生と仲良くな!」


 クラスの雰囲気を敏感に感じ取った轟先生は元気良くそう言うと逃げるように教室から出て行った。それはまさに熟練のテクニックと言えるものだった。その場にいる誰も彼の退出に対して何の感情も抱かせない見事なその技は今回も見事に発揮されていた。

 ――とは言え、退出は見事でも結局やらかした事はチャラにはならないんだけどね。


「あれは……逃げたね」


「あれでよく学年主任やっていけてるよね」


 ざわつく教室内でいつき達2人も学年主任の態度をさかなに会話を楽しんでいた。この教室のざわつきはしばらくの時間続いた。


「えー、では話を切り替えて、早速授業を始めましょう。後、占いの話は聞かなかった事にしてね」


 クラスのざわつきが一向に終わらないので、玉井先生がそのよく通る声で授業を始めようとみんなに話しかけた。

 けれどそのその最後の言葉に教室内は更にヒートアップ!先生の占いについて様々な意見が飛び交う事態になってしまう。


「もう覚えちゃいましたー」

「占いってよく当たるんですかー?」

「今日のおうし座の運勢を教えてくださーい!」

「大地震はいつ来ますかー?」


 飛び交う生徒たちの意見もみんなバラバラで、中にはそれ占いの範囲じゃないだろって言うようなものも混じっていた。最初の内こそ玉井先生は耐えていたみたいだけど、一向にこの混乱が終わらないので先生のストレスはどんどん溜まっていくように見えた。きっとこうなる展開が見えていたから先生は占い師だった事を秘密にして欲しいとお願いしたんだろう。

 そして先生の堪忍袋の尾は意外に脆かった。ざわめきが始まって1分もしない内に先生の顔は豹変し、溜まったストレスを一気に吐き出したのだ。


「もう、みんな調子に乗らない!前の仕事は辞めたんだから!もう思い出したくないの!分かった?」


 この玉井先生の強い言葉に一気にクラスはシーンと静まった。声がよく通るものだから怒号の効果も一際だ。この瞬間、この先生は怒らせてはダメだと言う認識がクラス中に広まっていった。これでもう先生を舐める生徒は少なくともこのクラスからは出ない事だろう。

 怒った時の先生の声はどこか尋常じゃない闇のようなものを感じさせるのに十分なものがあった。


「何かトラウマがあったっぽいね」


「NGワードみたいだから話題に出さにようにしなくちゃだね」


 玉井先生のキレた様子を見ていつき達も密かにビビっていた。怒るにしても沸点があまりにも短過ぎたからだった。もしかしたら先生のNGワードは他にも何かあるのかも知れない。

 怒らせたらどうなるか分からないと言うのは単純に怖い。先生と話す時は慎重にしようと2人は密かに心に誓い合うのだった。


 一旦キレた玉井先生は、しかしその後はとても穏やかになって授業は滞りなく進んでいった。占い師をしていたからか、その言葉の説得力は確かで今まで受けたどの授業よりも分かりやすかった。やがて先生のクラス内での評判は怒らせない限りはいい先生だと言う評価に落ち着いていった。


「うん、普通に優しい先生みたいだね」


「持ち物検査もなかったし一安心だよ」


 先生の授業を終えて2人は安堵していた。心配していた怖い事もなかったし――キレた瞬間はおっかなかったけど――。雪乃はいつきをなだめるように彼女に言葉をかけた。


「いつきちゃん、授業中には読まないから大丈夫でしょ」


「クラスのバカ男子がたまに授業中も読んでるから、いつとばっちり食うか分かんないんだよね」


 そう、このクラスで漫画を持参してくるのは彼女ひとりではない。クラスの男子の実に5人にひとりは何かしらの漫画を持って来ていたのだ。大抵は怒られないように休み時間に読む生徒がほとんどなものの、やんちゃな数人は授業中にもこっそりと漫画を読む事がある。

 もしそんな光景をあのちょっとキレやすい玉井先生が見つけてしまったらどうなる事だろう?このいつきの言葉に雪乃も同調する。


「玉井先生も流石に授業中に漫画を読まれたら、あの逆切れの勢いで突然持ち物検査を始めてもおかしくないもんね」


「そうだよ、いい迷惑だよ」


 今日の2人はこの新しい先生の話題で会話のネタが尽きる事はなかった。それは他のクラスメイトでも同じみたいで、教室内で聞こえてくる話題はどれもこれからあの新しい先生にどう付き合っていけばいいのかと言うものばかりだった。


 次の日の午後、玉井先生の授業は5時間目だった。まだ緊張感の残る授業風景ではあったものの、いつきは襲い来る睡魔に負けそうになっていた。

 昼食を食べた後の最初の授業に襲い来る睡魔は中々に手強い。彼女はあらゆる手段を使って眠らないように頑張っていた。


「ふんみゃ~。午後の授業は眠い~」


「いつきちゃん、ダメだよ、眠っちゃあ」


「分かってるよ、寝ないよ……」


 こう言う時、親友が近くの席にいるのは心強い。いつきの心が負けそうになる度に雪乃が彼女に声をかけてくれた。授業が終わりに近付いたある瞬間、いつきの状況に気付いた先生が彼女に声をかけた。


「安西……いつきさん?船を漕いでるみたいだけど授業は後10分です。どうにか耐えて私の授業を最後まで聞いてくださいね」


「は、ふぁい!」


 先生に名指しされていつきの睡魔はどこかに飛び散ってしまった。

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