新しい担任

第20話 新しい担任 その1

「どうしよう」


 この日、いつきは悩んでいた。自分の部屋の椅子に座ってずーっと悩んでいた。ひとりごとのように何かつぶやいていたので、ヴェルノはヒョイッと机に乗って悩んでいる彼女の顔を覗き込みながらその悩みの原因を聞いてみた。


「ん?どうしたの?」


 彼に質問されたいつきはハァとひとつため息をついて、腕を組みながらその質問に答える。


「明日持っていく漫画が決められないんだよね……」


 そう、机の上の彼女の視線の先にあったのは漫画の単行本だった。アクションモノ、恋愛モノ、スポ根モノ、ギャグマンガ……etc.どれも彼女が好きな作品ばかりが並んでいる。この事実を知ったヴェルノは一言ポツリと呟いた。


「ま、漫画?授業で使うの?」


「や、休み時間とかに読むんだけど」


 どれだけ真剣に悩んでいても、いつきにとってはこのレベルが関の山。悩んでいる姿を見てちょっと心配になっていたヴェルノは真相を知って呆れてしまった。

 この世界にそんなに詳しくない彼でも学校がどんな所なのかは知っている。魔界にだって学校はあるし。授業に関係ないものを持っていくのがルール違反なのはどちらの世界の学校も同じだった。

 ここで自分が関わるべき問題ではないと判断した彼はいつきに適当にアドバイスをする。


「あ、そ。決められないなら適当に選べば?目をつぶって適当に触ったのにするとか」


「あー、そう言うのもいいかもね」


 ヴェルノの投げやりアドバイスを聞いたいつきはパァァと顔が明るくなった。今の彼女には皮肉が全く通じないようだ。

 早速彼女は目をつぶって人差し指を空中でくるくると回し始めた。それから1冊の本を押さえると目を開いて首を傾げる。どうやら結果がお気に召さなかったらしい。

 それでまた本を並べ直して1から選択作業をやり直す。そんな事を何度も繰り返していた。


 つまり悩む振りをしながらも本当は持っていく本を最初から決めていたと言う事のようだ。ただ、何となくすぐに決めてしまうのは違う気がして心を迷わせていただけだった。


 からくりが分かったヴェルノは最後までは付き合いきれないと、机から飛び降りてベッドの上に飛び乗りひとあくびをするとそのまま丸くなる。


「じゃあ僕は寝るよ。おやすみ」


「あ、もー。どれがいいかべるのにも意見が聞きたかったのに」


 どうせ意見を言ったって、納得出来なければその言葉は無視されると今までの彼女とのやり取りを経て学んだヴェルノは、しっかりと目を閉じ耳だけをピクピク動かして聞こえてくるいつきの言葉を右から左へと受け流していた。

 ヴェルノからの反応がなくなったのを感じて、いつきは椅子をくるりと回してベッドの方へと振り返る。そこにはぐっすりと眠る魔法生物の姿があった。その幸せそうな姿を見ていつきは口を開く。


「しかし寝付きがいいなぁ……」


 いつきはそう言いながらしばらくヴェルノの寝顔を眺めていた。それから彼女は椅子から降りて寝ている彼の背中を優しく撫でる。この行為もまたいつきの好きな行為のひとつだった。

 撫でられたヴェルノは熟睡しているのか全く何の反応も示さない。

 一通り彼の体を撫でて満足したいつきはまた椅子に座り直して机の上の単行本と対峙する。


「じゃあもーいいや。この漫画にしよっと」


 話し相手がいなくなって自分の行為を虚しく感じ始めたいつきはさくっと一番読みたいマンガを選んで他の本を本棚に戻した。

 やっぱり持っていく本は最初から決めていたみたいだった。


 それから彼女は明日の授業に必要な物をかばんに詰め込んで寝る準備をする。彼女が部屋の灯りを消した時、時計はいつもの就寝時間から30分ほど遅い時間を示していた。



「おはよう、ゆきのん」


「あ、いつきちゃんおはよう」


 学校に着いたいつきは雪乃と朝の挨拶をする。魔女事件以降はいつきにつきまとう者も出なくなって、彼女の世界は平和になっていた。雪乃と話しながらいつきは今日の休み時間に読む予定の漫画について話し始める。


「今日はねーこの間雑誌で連載が終わったあの漫――」


「あ、それなんだけど」


「?」


 いつきの言葉を遮るように雪乃が彼女の言葉に被せて来た。普段ならそんな事はしないので、いつきはその行為に疑問を感じる。

 きっと言葉を遮ってでも強く伝えたい事があるんだろうと判断した彼女は、雪乃の次の言葉を黙って待つ事にした。


「今日から前の先生の代わりの新しい先生が来るでしょ」


「あ、確か事故って入院したんだったよね。しばらくは他の先生が代わりにやってたけど……そっか、後任決まったんだ」


 そう、今いつきのクラスの担任は不幸な事故のせいで不在だった。事故の詳細までは伝わっておらず、先生が車を運転中にオカマを掘られたと言う噂がクラス中にまことしやかに流れている。


 急に担任がいなくなってすぐに新しい担任が決まる訳もなく、そう言う流れで新しい担任が決まるまで色んな先生が代わる代わる担任の代理をしてくれていた。

 それはそれで日替わり弁当みたいで楽しかったんだけど、雪乃の話によるとどうやら新しい担当が今日から来るらしかった。

 しかし、この話題に対して彼女の顔は暗かった。そうしてその理由をいつきにぽつりとつぶやいた。


「厳しい先生だったらどうしよう」


「あっ……持ち物検査を抜き打ちでするような先生だと困るよね」


 新しい先生と言う事はその人の情報が全くないと言う事でもある訳で、それは期待と同じくらい不安も大きい事になる。明るい人程期待の方を強く感じ、慎重な人ほど不安の方を強く意識する。雪乃は後者の思考の持ち主だった。

 そしてすぐに彼女の心を読んだいつきもどちらかと言うとネガティブな思考の持ち主だ。自分の考えに共感してくれた事で安心した雪乃は彼女の言葉を受けて話を続ける。


「そうだよー。こんな物持ってきちゃいけません!とか」


「そう言うの、今時流行んないよねー」


 2人はそう言い合うとクスクスと笑った。抜き打ち持ち物検査なんて今まで2人は受けた事はない。だからそう言うのはフィクションの世界の出来事だと思っている。

 例えば授業中に叱られて廊下にバケツを持って立たされるとか。そう言うのは今時古典マンガでしか見られない。

 それでも相手は全く知らない人、一応警戒はしないよりした方がいい訳で。雪乃はいつきに対し、一言忠告をする。


「いつきちゃん今日漫画持って来てるんでしょ?気をつけないと」


「そうだね、うまく誤魔化さないとだね。でも単行本は小さいから何とかなるでしょ」


 いつきは心配症な方ではあったけれど、楽天的でもあった。いつも最後には困った気持ちに耐え切れなくなって結局投げ出してしまうのだ。

 それに事前に新担任の話を聞いていたならともかく、当日の朝の教室で知ってしまった以上、今更いつきにはどうする事も出来ない訳で――最後は天に祈る他なかった。


「本当、優しい先生が来ますようにだよ~」


 それからしばらくして学年主任の轟先生が新しい担任の先生を連れて教室に入って来た。この瞬間、教室は謎の緊張感に満たされていた。

 教室に入って来た見慣れないその先生は若い女性の先生で、身長は160cmくらいでスラリとした体型で更にどこかミステリアスな雰囲気を漂わせている。

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