ながいお別れ

ながいお別れ


「ロゼッタ、きみはうつくしい」

 腰掛けた少女は、男を見下ろす。グレーのスーツは皺一つない。革靴は磨きこまれ、これも皺一つ見つからなかった。だのに、男は惜しげもなく跪く。少女の素足に、そっと口づけて、くるぶしを撫でまわす。

 わずかに、少女は背中に一対そろった翼を広げる。羽が頰に当たっても、男は微笑むばかりだ。

 少女の姿が、男の真っ黒い瞳孔にうつりこむ。真っ白な肌、真っ白な翼、金色の髪、果ての空の色をした目。こわばった顔で、男を見下ろしている。

「あぁロゼッタ」

「お客様、お時間です」

 ちりん、と鈴を鳴らして、給仕がサービスの終了を合図した。

 男が部屋を出て行く。たぶん、次はまた違うスーツと靴を履いているのだろう。一度跪くと、皺は取れない。


「ロゼッタ、終わった?」

 チョコレート色の肌の娘が扉を開けた。

「うん。ジルエッタも?」

 ロゼッタが頷くと、甘やかな茶色の目を細めて、ジルエッタが部屋に入ってくる。

「まぁひどい顔」

「だって、きもちわるい」

「まぁ、まぁ。ゆるしてさしあげなさい。かわいそうな方なのよ」

 ね、と、ジルエッタは甘く笑う。ロゼッタは、額にかかった髪をかきあげられて、それを振り払わなかった。

 ジルエッタは、ハイタカの翼を大きく広げる。

 受胎告知に描かれたような、猛禽の翼。

 白百合のようだと言われ、天使と呼ばれて愛しがられるロゼッタだが、ジルエッタの翼のほうがうつくしいと思っている。くるぶしを見せて踊るその姿も。

「ジルエッタ」

 扉の隙間から、ジルエッタにそっくりな顔がのぞいた。

 ジルエッタの双子の弟。

 真珠色の歯が、唇のすきまから垣間見える。

「もう、就寝時間だよ」

「そうだった」

 二人は、同じ部屋で眠る。ロゼッタは一人きりだ。

 いつも、いつもそうだった。

 ロゼッタは声をあげた。

「来週、ね。私、さっきの人にもらわれていくの」

「あら」

 ほんの少しだけ、ジルエッタが振り返った。

「おめでとう、ロゼッタ」

 そうしてジルエッタはロゼッタに向かい、お辞儀をする。受胎告知する天使みたいに。

「よい子をうむのですよ」

 柔らかく、ジルエッタは言う。

 ロゼッタは、唇を震わせる。肺の中が空っぽだった。言葉が死に絶えた世界みたいに、何も思いつかなかった。

「ロゼッタ」

 弟の方が、ジルエッタを振り払って戻ってくる。

「ロゼッタ、ぼくにも言葉がないけれど」

 細い、チョコレート色の腕が、遠慮がちにロゼッタの背に回される。

「……よき道がありますように」

「うん……」

 ジルエッタが氷みたいな目をしていたけれど、今だけは、やさしいこのひとは、ロゼッタのものだった。


#ヘキライ 参加作品の再録http://ncode.syosetu.com/n9497dr/7/です。第12回のお題は「くるぶし」

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