第11話

 わたしは歩いたり走ったりしながら、とぼとぼと前へ進む。ランニングフォームは気が付いたらガタガタに崩れているようだ。


じわじわと変な汗がにじんでくる。


マラソンコースにしては珍しい、田んぼの中の道を直角に曲がったところ。前方が賑わっている。


あ、また!有里林さんだ!


先回りしていてくれたようだ。おそらくは、ランナーが一番苦しい場所で待っていてくれたのだろう。両手を広げ、ランナーを迎えてハイタッチしてくれている。


わたしがハイタッチするとき、有里林さんは大声を出した。


「あと9kmだー!」


うわっ。アバウトではなく、正確に9kmと言ってくださるところがやはりプロだ。


「goー!行けー!」


人間の体って本当に不思議だ。有里林さんの手に触れ、9kmっていう言葉を聴いたとたんに、足が動き始めた。もちろんこのままスムーズに行けるなんて思っていない。やはりまた足がこわばってくるだろう。


けれども、まだもうちょっといけるという暗示が見事にかかったような気がする。


頑張って腕をまっすぐ後ろに引きながら走る。歩く時も腕をしっかり後ろに引きながら歩く。


正直、ゴール手前の200mほどまではどうやってたどり着いたのか、わからない。近所の高校の応援団がものすごいエールを送ってくれていたけれども、BGMのように聞こえるくらい、疲労していた。


ラスト、200m。まっすぐ前方にゴールのゲートが見えてきた。非常にゆっくりだけれどもわたしは走る。


ゴール!


ちょっと照れたので、心の中でだけガッツポーズをしてゴールラインを越えた。


「やった、5時間半だぞ!30km地点で一旦歩こう、って判断したのがよかったんだよ、やったな!」


わたしとほぼ同じにゴールした視覚障害のあるランナーに、伴走した人が興奮気味に話している。え、ということはわたしも5時間半くらい?


「完走、おめでとうございます」


ナンバーカードのチップを回収してもらい、完走証明書を受け取る。


5時間29分38秒。


わ、うれしい。


すごく、うれしい!


にこにこにやにやしながら、スタッフの人にタオルをかけてもらい、完走のメダルもかけてもらう。スポーツドリンクとバナナをもらい、そのバナナをすぐさまむいて、もぐもぐと食べる。ああ、幸せだ。


「あっ!さっきのお嬢さん!」


わたしを呼んでるのだろうか。振り向くとさっきお守りを拾ってあげたおじいさんが、TVのインタビューを受けている。こっちこっち、とおじいさんに呼ばれ、つい反射で近づいていってしまった。


「このお嬢さんがお守りを拾ってくれたお陰で完走できましたよ」


おじいさんがそういうと、女子アナがリポートする。


「あなたが最高齢のランナーで81歳。貴女はお若く見えますが、失礼ですがお年は?」


うっ、とわたしは答えに窮する。


「いえ・・・あの・・・」


おじいさんがその様子を見て、すかさず察してくれたようだ。老練なフォローをしてごまかしてくれる。


「いやー、歳なんて関係ないということですな」





わたしの初マラソンは終わり、明日からまた日常が始まるのかな。受験もあるけれども、今日こうして走れたことは本当に幸せ。体の細胞も心も、すっきりと洗い清められたような感じ。


やっぱり、とても、うれしい。わたしは、ほんとうに、うれしい。





ジョギングする少女 おしまい

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ジョギングする少女 naka-motoo @naka-motoo

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