第77話

「だから、いい加減諦めろ、って。」

私の呟いた言葉に返ってきたのは、この場に存在しないはずの男の声だった。

「え、ちょっ…。イズミ!話が違うわ!」

「まあ、そう言うなって、つぐ。」

顔を伏せていたから私は気づかなかったが、イズミは気づいていたはずだ。聞かれてしまったかと動揺を止められない私をあざ笑うかのように、拓真の手は、私に伸びてくる。

「お前は諦めが悪すぎる。大丈夫、俺がそんな恐怖覚えなくていいほどちゃんと愛してやるよ。」

やっぱり聞かれてたと、慌てるのもごまかす余裕もない。

「もしかして、あんた酔ってる…?」

「そりゃ愛しい恋人が俺を置いて、別の男とこんなとこにいたらねえ…。酔わずにやってられますかっての。覚悟しろよ、つぐ。」

「なんで、平日の放課後に酔ってんのよ!キャラ変わり過ぎよ!」

完全に目が座っている。どこからか取り出したショコラを問答無用とばかりに私の口に押し込む。

「にが…。ってかなにこれ?ウイスキーきつすぎ…。」

「あゆに渡されたんだよ。」

「あゆちゃん…。ちなみにあんたいくつ食べたの?」

「3つか4つくらいかな。」

「イズミ、助けて。」

拓真がこんなに酒に弱いとは知らなかった。あゆちゃんも何を考えているのだろう。

酔った男の本気は、私にはかなわない。拓真はマッチョではないが、それなり鍛えていてガタイも悪くないのだ。

上から見下ろしながらへらへら笑う男をにらみつける。

「助けを求めるやつの言い分じゃねえな。」

「ああ、コータ。これ返す。」

上を見上げた拓真は、何やら小さな小瓶のようなものを投げ上げる。コータは難なくキャッチして、私たちと反対側に着地する。

「まさか、これで本当にここまで来るとはね。」

イズミは、さっき拓真が投げ上げた小瓶を眺めながら呟く。その小瓶から漏れ出る香りに、まさか、という想いを拭いきれない。

「それ、郁の香水だろ?どこで手に入れたんだ?」

何事もなかったように、拓真がイズミに尋ねる。ほんの少しさっきより冷静になったようだ。

「んー、たまたま?それで、ここに来れる君も君だよ。」

例のごとく、イズミはあの店のマスターと同じ、つかみきれない微笑みを浮かべる。

「今は時期はずれだしな…。それにつぐがいるなら、その匂いも悪くない。」

「その香り、千葉さんの薫りだったんだ…。」

「つーぐー。」

思わず口から零れた本音は、今更口をふさいでも戻りはしない。案の定、拓真に聞きとがめられる。

「安心しろ、俺はこんな姿、郁には晒してない。」

そう言って私の頭をわしゃわしゃする。いつの間にか拓真に膝枕をしているような態勢になっていたことに気づいたけれど、振りほどくことは出来なかった。

「とりあえず、拓真。重い。逃げないからどいて。」

「はいよ。」

ダメもとで言ってみると意外と素直に拓真は私からどいた。

と、思ったが、私の拘束を解く気はないらしい。

「拓真。」

「これもダメ?」

こいつ、酔ってる上に確信犯だ。

「あんた、どこから聞いてたの?」

諦めて、拓真に尋ねると、拓真は唇の前に一本指を立ててウインクする。それは何だ。これだから酔っ払いは嫌だ。

「お前を迎えに行ったら机に小瓶が置いてあって。検討付けてここに来たら木の上のコータが見えたんだ。」

「置いてあったのは私の机なのね…。イズミ。誰に頼んだわけ?」

再びにらみつけるが、犯人はどこ吹く風だ。

「柚紀に。」

「そうだったわね!あいつあんたらと同じ中学出身だった!」

私はやけくそのように小さく叫ぶ。この人タラシは手に負えない。

「じゃ、俺そろそろ帰るわ。あてられそう。」

「は!?」

「じゃあな、たっくん。あとは自分で何とかしろよ~。」

「たっくん呼ぶな。さっさと帰れ。でも、ありがとよ。」

悪戯っ子のような笑みを浮かべた男二人は、微妙に私を蚊帳の外に置く癖に、私を逃がす気はないとばかりに、拓真はぎっちりと私を拘束している。

「じゃ、話をしようか、つぐ。」

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