第28話
「つぐ大丈夫?やっぱやめる?」
拓真の服を握る私の手は小さく震えていた。
「行くよ。あんたと綾乃サンが行けと言うのだから。私が見るべきものなんだよ。…でも試合始まってから入る。どさくさに紛れたい。」
試合開始の笛が鳴る。
試合の音は耳に慣れて心地よくて、脈拍が急に跳ね上がるような感じがする。
「入ろう、拓真。上に行きたい。」
私は懐かしくて、ついつい笑顔で拓真を中に誘う。拓真はすごく驚いた顔をする。私が試合を見て、顔を輝かせるのは予想外だったのだろう。
「つぐ…?」
「試合が始まれば、ベンチとコートと、観客席は切り離されるのよ。私だって覚悟を決める。あの子たちを見届けてやろうじゃない。…こんなこと言いたくないけれど、あの子たちもくじ運が悪い。相手は県内トップ。うちみたいに平凡な公立校が勝てる相手じゃない。どこまでくらいついていけるのかってだけの試合よ。あの子たちもわかってると思う。…口には出せないけれどね。」
こそこそステージ脇の階段を昇る。
そこからはコートがわかりやすく一望できる、現役時代からの私の試合見物の特等席だった。
試合の結果は想像通りだった。それでも彼女たちは折れずに戦った。私を踏みにじったことを、過去を思い出すと心がざわついたけれど、それでもただ純粋に彼女たちの試合は称賛に値するものだった。まあ、応援する気もなかったから、ただ見つめていただけだけど。
圧倒的な戦力の差を見せつけられながらも、いい試合をしたと言えるだろう。下で先輩方や、保護者先生方に挨拶しているのを見ながら私は拓真に話しかける。
「ねえ、拓真…。」
「なに?」
「私さ。もっと苦しいと思ってたの。試合を見るのも、彼女たちを見ることも。」
拓真は黙って聞いている。
「でもね…。思ってたほどつらくないんだ。冷めてるの。心の芯が。泣けないんだよ。私はこの場にいても。やっぱり私にはあの事がなくても、あの子たちと一緒に戦う資格はなかったんだ。それをごまかし続けるくらいなら、あそこで去ったことは間違いじゃなかった。多分私がいたら、あんな試合はできなかったよ。私は哀しいほど自分本位だから。」
思わずうつむいた私の頭に、拓真の手が慰めるように置かれる。
「お前は自分で思ってるほど、冷めてねえよ。…確かにお前がいたら、あの試合はできなかったかもしれない。でも、お前がいたらまた違うラストを迎える、ただそれだけだ。それが間違いだったなんて誰にも言えないし、俺が言わせない。」
「言葉遊びは止してくれる。」
「そうだな。」
私はやっと心を決められた。
「拓真。届けてくるよ。最後の喧嘩をしてくる。5分もかからずに終わるかもしれないし、時間がかかるかもしれない…。拓真、待っててくれる?」
「もちろん。何分でも、何時間でも。」
そういって拓真は笑ってクーラーボックスを手渡してくれた。
「ありがとう。」
「中身は前につぐがいいって言ってくれたやつ。一応工夫はしてあるから。」
「何から何までありがとうね。私拓真がそんなに優しいなんて知らなかった。そんなに優しいならこんなこと頼まなかったのに。」
「俺は最初から優しかったけどな。」
そう嘯いて拓真は笑った。
「待ってるから。行って来い。」
「うん!」
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