第15話 幕間

「いつもごめんね、拓真。いろいろ世話焼いてくれるし。あんたがいなきゃとっくに壊れてた。本当に感謝してる。でもね、私あんたの邪魔はしないわ。いつだってあんたがこれをやめたいと言ったら私はいつだってまた一人になる。一人でだって戦ってみせる。だから無理して私のわがまま聞いてくれなくたっていいんだからね。」

珍しく彼女がセンチメンタルだったのはいつだっただろう。

「…つぐ。俺は”してあげる”って気持ちでお前に接したことはない。いつだって俺は俺の意思でつぐの恋人役をしてるんだ。」

小さくつぐは首をかしげる。俺はごまかすように、

「気を遣うな、ってことだよ。俺の性格を誰よりも知ってるだろ?だから俺に謝罪も感謝もいらない。」

つぐは小さく笑った。

「ん。ありがと。…またね。」

「またな。」

つぐを見送ったあと、後ろから視線を感じる。

「相変わらずお熱いね、拓真。素直に言えばいいじゃん、お前が心配だからそばにいるんだって。」

「コータ。」

「お前んとこに姉貴の使いで買い物に向かったら、二人が見えたもんでな。…お前、本気になってねえ?焼きいも食べる?」

なぜか焼き芋を進めてくるコータに毒気が抜かれる。

「なんでこの時期に、洋菓子店にくる途中で、焼き芋買うんだよ。バカじゃねーの。」

自分で聞いておいて、さっさと話を流す。

こいつのこういうところが本当に嫌いだ。微妙な気持ちを鋭く突いてくる。だから、俺はこいつを昔から知っていても、こいつを友達とは言わない。それだけど、話さずにはいられなかった。こいつは都合のいい古井戸ではあったから。王様の耳はロバの耳だ。

「ほい。」

半分とは言えない大きさに割った焼き芋をよこしてくる。俺はついそれを見つめてしまう。

「何?焼き芋そんなに珍しい?」

「いや、つぐを思い出しただけだ…。あいつもお前も、こういうの割って、躊躇なくでかいほうを自分で食うんだな。まあ、俺もそうだけど。」

弟妹といるときはわからないが。

「重症かよ。それだけで思い出すって。」

コータはくくくっと笑う。

「吊り橋効果的な奴なのかね…。俺は最初は漫画的憧れと、つぐを妹のように思ってたから引き受けた。」

「妹?」

「…俺はあいつみたいな女に初めて会ったから、特別は特別だった。どうしてかはわからないが…。そもそもこんなことを持ち掛けてきた時点で、俺にとって面白い女だった。その感情を唯一の妹のあゆと重ねた。」

「まあ、普通は思いついてもやらないし、やれない。それほどにまでつぐなはなりふり構えないって感じだからな。」

そういう行動をアホほど取るやつにつぐも言われたくはないだろう。

「つぐの行動は何度もハラハラさせられる。何度も自分を傷つけることをいとわず、部の仲間に興味ないふりで、傷つけるふりで守ろうとしたり…。絶対にあいつらの前では絶対に泣きたくないのに、俺の前で泣いてみたり…。俺も健全な高校生だからそりゃ、ドキドキしましたよ。あいつは数少ない友人だったけど、女としてのくくりには入れてなかったのに、あいつは美人じゃないし、スタイル抜群でもないけれど、やっぱ俺と比べたら華奢な体とか、つやつやな髪とか…なんつーか、やっぱ。」

「それつぐなが聞いたら泣くぞ。」

呆れたようにコータは笑う。

「だから言わねえし。…でもトクベツなんだよ。情が移ったかな。守ってやりたいとは思うけど、あいつは守られることを望まないから。自分で剣をもって戦ってしまうから。だから、俺も自分がつぐに抱いた感情も、つぐが俺に抱いている感情もさっぱりわからないんだ。」

「…お前もつぐなも頭が固い。思ったまま動けばいいのに。お前らは二人とも他人なんて興味ない、自分が大切ってツラしてるくせに、懐に入れたものへの情が深すぎる。…ほんとお似合いだよ。」

「うっせ。」

コータの頭を軽くはたく。

「二人とも素直に生きなよ。」

「つぐのことは俺に言われてもな。」

「お前はどうする気なんだ?つぐなの問題は遠からず解決を迎えなくても、終わりを迎える。少なくとも5月、バスケ部の引退の時期には。そうしたらこの約束は意味を失う。その時お前らはどうする?何事もなかったように演技を続けるのか?それとも円満に別れたふりをするのか?それとも…。」

コータの発言は予言のようだ。

「わからねえよ。その時にならなきゃ。それに俺じゃなくてつぐが決めることだ。」

「…ヘタレ。」

「聞こえてるぞ、コータ。ケーキ買ってくんだろ?」

俺は無理に話を逸らす。まだ先のことなんて考えたくはなかった。まだ、俺とつぐの関係に名前は付けられない。

つぐも俺も、恋人のふりをしてはいるが、一度もお互いのことをまわりに彼氏や彼女だと言ったことはない。周りが誤解するのに任せているのだ。どこぞの芸能人のように、”よいお友達です”と乗り切ることもできる。

二人で決めたわけではない。ただお互い自然とそうしていた。

それがどういう意味をもつのか俺にはまだわからない。

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