第62話 揺籠
「――
ティオのその囁く様な言葉を合図に、ティオとゼノス、2人を囲うような形で炎の壁が燃え上がる。それは直径数十メートルもの炎陣だ。全方位、逃げ場はない。
「油断なんて、一切してねぇよ」
自身の体力が限界に近い事など、
ゼノス相手に生半可な攻撃は体力の浪費だ。そんな余裕などない今、決めるならば、一撃に全てを注ぐ必要がある。
そう、残された体力をフルに使い、1つの魔術を極限まで強化する。ガルドとの戦いで、雷槍を昇華させた時と同じことだ。
しかし、ゼノスの感知能力は異常に高い。無策で魔術を行使すれば、発動する前に察知されて魔術範囲から逃げ出されていただろう。ガルドの時のように、挑発して乗ってくる相手だとも思えない。
「これほどの魔術……そうか、先ほどの近接戦闘は囮か」
そう、だから敢えて近接戦を挑み、ゼノスの視野を狭めた。そしてそうしながら周囲に魔素を浸透させていき、広範囲魔術の準備を整えたのだ。
かくして企みは成功し、ゼノスから逃げ場を奪い取った。そして同時に、決着の場を整えた。
「ふふ……やられたよ。君にとっては近接戦で僕を上回ろうが、どっちでも良かった訳だ。さて、ここからどうするんだい? このまま炎に包まれて一緒に心中でも?」
ゼノスは笑みを作りながらふざけたことをのたまうが、対照的にその眼は鋭く光る。魔術は術者を殺せば自然と治まる。ならば、ゼノスのやることは何一つ変わらない。
当然、ティオとて炎で逃げ道を断っただけでは終わらない。決着の為、最期の魔素と覚悟をその身に満たす。
「悪いが、俺は死ねない。約束があるからな」
「安心するといい。直ぐにあの娘達も送ってあげる……さっ!」
ゼノスが地面を抉り、駆ける。ここに来て、その速度はこれまでで最高を具現する。
迫るゼノスに、ティオはただ右手を翳した。
「――っ!!」
突如、周囲を取り囲む炎璧から炎が飛び出し、ゼノスに迫る。それはまるで巨大な手の様に見えた。
「小賢しい! ストライクバースト!」
呪文を省略して撃ちだしたゼノスの風弾は、炎手に命中すると同時に炸裂した。それにより炎の手は消し飛ばされ、ゼノスは再びティオを狙う。
しかし、別の炎手が再びゼノスの行く手を阻む。
「ちっ! ストライクバースト!」
炸裂風弾で再び消し散らす。だがその背後から、
堪らずゼノスは攻撃を中断し、炎手を回避しながら一旦後退する。そして、そこから見えた景色に目を見開いた。
「……これ、は……!」
ティオの背後にある炎璧からいくつも伸びる炎の手。それらはティオを守るように佇む。その数に、威容に、ゼノスをして逡巡させた。
そして、それらがティオの周囲だけの現象とは思えない。つまり……
「気付いたか。あんたにはもう、逃げる場所も、隠れる場所も無い」
言いながら、ティオは右手を高く掲げる。それは合図だ。
ゆらり、と全方位の炎璧から数えきれない数の炎手が形を成し、鎌首をもたげる。
「――ッ!」
次の展開を想像し、ゼノスの頬を汗が伝う。
そして、ティオは容赦なく、掲げた手を振り下ろした。
それを合図に全方位からゼノスに向けて炎手が迫る。回避する隙間はなく、たとえ回避しても、この炎の揺籠の中であればどこでも炎手は生まれ、どこまでもゼノスを追い続ける。
この時点で、ゼノスの取れる手は1つだけだった。
「くっ……!! 吹き荒べ、ストームランブル!」
ゼノスは自分の周囲に嵐の結界を生み出す。それは確かに迫る炎手を防いでみせた。だが、炎手は嵐に弾かれながらもゼノスを狙い続け、むしろその数を増やしてゆく。
数多の炎手が嵐の中を掻い潜り、少しずつゼノスに近づいてゆく。
「ぐ……! ストライク……バーストッ!」
無意味と察しながらも結界の中から迎え撃つ。それは命中した炎手を確かに消し飛ばしたが、その直後には元の形まで再生した。
その事実に、ゼノスは歯を軋ませる。
「無駄だ。
炎手は周囲を取り囲む炎璧から派生したティオの魔術であり、
そして、その炎璧は随時ティオが魔素を供給しており、それが途絶えない限りは燃え続けるだろう。
「最期の最期で泥臭くて悪いがな。ここからは体力勝負だ……!」
そう、これは単純な体力勝負。
ティオがいつまでこの炎の揺籠を維持するか。或いはゼノスがいつまでその結界を維持するか。
どちらの体力が最後まで持つか。これはそういう勝負だ。
「…………」
ゼノスが珍しくも焦りの表情を浮かべながら結界を維持する。
周囲は常に幾多の炎手が責め立てており、気を抜くといつでも結界を食い破られそうだ。それは単純な体力以上に、ゼノスの精神力を大きく削っていた。
(――勝てる!)
ティオは勝ちを確信する。
ただの身体的な体力勝負ならいざ知らず、これは魔術を維持する勝負。それならば、より精密な魔素の扱いに長けたティオに分があると。
加えて、魔術同士の衝突ではティオの魔術が若干優勢なのか、少しずつゼノスの結界を圧し込んでいる。
このまま行けば体力の限界を待たずしての決着も有り得るだろう。最悪、炎璧の炎を全て攻撃に注ぎ込めば結界を越えられる可能性は高い。
だがそれは最期の手段だ。炎璧を失えば炎手の維持も出来なくなる。逆を言えば、炎璧が
(ゼノスがあれ以上の防御魔術を持っているのなら、それすらも防がれる可能性も無い訳じゃない。やっぱり、ここはこのまま……!)
この包囲を解く訳にはいかない。そう判断し、ティオは揺籠に魔素を供給し続ける。
それに応える様に、炎璧はその熱量を維持したまま、新たな炎手を生み出してゼノスを襲う。更に圧力を増した炎手の攻勢に、ゼノスは確実に追い詰められていく。
「…………――」
「……?」
それは偶然だったかもしれない。
ゼノスは炎手に囲まれ、もはやその姿も見えない。炎手と嵐が鬩ぎ合う音に遮られ、声さえ聞こえない。
けれどもティオは、確かに
「…………」
緊張を孕み、予感を抱きながらティオはゼノスを囲む豪炎の奥に意識を集中させる。そして、微かだが、それは確かに耳に届いた。
「…………を帯びて……
(――呪文……!)
そう、それは間違いなく呪文だ。それもこれ以上なく魔素の乗った。おそらく
ティオは選択を迫られる。この包囲は破られないと高を括って現状を維持するか、或いは破られる可能性を考慮して一気に勝負を決めにいくか。
一瞬の逡巡の末、ティオは現状の維持を選択する。それはゼノスを甘く見たからで無く、自分の魔術を信じたが為。
それは結果として間違えてはいたが、
ゼノスを囲む炎が揺らぐ。そして炎と嵐の隙間から、ゼノスは、ティオは、確かに視線を交わした。
「――――」
瞬間、ティオは自分の周囲に風を纏う。ゼノスが使っていたような風の結界と同様、自身を守る魔術だ。
それは最後の攻撃の為に残しておいた体力を使い潰す行為であり、勝ちの目を消し去る行動だ。それでもティオは、ティオの
その次の瞬間、炎と嵐に包まれたそこから、
「――ラーステンペスト」
そして、空間が震えた。
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