第17話 紅い瞳


「――んんっ……さて、まずは整理しようか」


 少し時間を置き、状況の整理を始める。わざわざ口に出したのは平常心を取り戻すためである。


「まずはこの光。これは魔素で間違いなさそうだな」


 言いながらそこらで浮遊する光に目をやる。その気配も、魔術を唱えた時の反応も、魔素以外ではありえないものだった。


「なんで急に見えるようになったのか。この森の特性ってことは……ないだろうな」


 魔素が視認出来る場所があるなんて話は聞いたことがなかった。この場所だけ特別なのかと考えるが、見えること以外は普段感じる魔素と量も質も変わらない……気がする。まあ可能性は低いだろう。


「あとは、やっぱあれかな」


 魔素が見えるようになった前後での出来事。一番インパクトがあるのはやはり、魔物を食したことと、そしてそれに伴った激痛だろう。


 そこまで考えて、ティオはあの噂話を思い出していた。


「魔物の肉を食べると化け物になる、だったか? ……ていうか、姿変わってたりしないよな?」


 ティオは急に不安になり、自分の体を確認する。見える範囲で変化はない。念のため、魔術で水を出して即席の水鏡を地面に作り、確認することにした。


 魔術で水を出した際、さっきの魔術と同じ現象が発生し、周囲が水浸しになったことはとりあえずおいておくことにする。


「――眼が、紅い」


 一応覚悟はしていたので平静を保つ。それ以外に大きな変化はなさそうなのも幸いした。だが、その眼には見覚えがあった。


「魔物……?」


 そう、それはつい昨日にトロールが見せた赤い瞳と同じ色をしていた。さらに言えば、魔物の多くは、瞳の色は赤だ。


「魔物の肉を食べると魔物になる、か。だとすると、あの痛みはそれに伴うものか?」


 僅かに震える体を抑え、努めて冷静に、情報を整理していく。


 魔物になる、というのも荒唐無稽な話だが、状況を鑑みるとそれが一番納得できるのも事実である。


 動揺や混乱が無い訳ではない。むしろ、今は感情を抑えつけるので精一杯だ。


 だが、それにより生き残れたことも事実であり、生き抜くために何でもするという決意もまた、揺らいではいない。


 故に、その現実を、納得は出来ないまでも、受け止めることは……出来た。


「あとは、さっきの魔術……」


 アライトや水を生み出した時、自分の中から現れた魔素。それは今まで何百、何千と魔術を行使してきた中で初めての経験だった。


 さらにその結果、魔術の威力が圧倒的に上がったこと。これらは今ある情報では答えを出せそうもない。


「この体が魔物のものだとすれば、魔物ってのは魔素を生み出すことができるのか、あるいは俺みたいな特殊な例だけか……」


 そこまで考えるが、どうせ魔物に対しての知識も大して無いので推論の域を出ない、とそれについて考えることを止めようとした。そこでひとつ、考えが浮かぶ。


「なら、確認してみるか」


 そう呟き、ティオは歩き出す。自分が何者になったのか確かめるために。






 しばらく森を歩くと、3頭のブラックウルフが視界に映る。


「さて、色々試させてもらうぞ」


 そう言って平然とブラックウルフの前に姿を現す。当然、ティオに気づいたブラックウルフは戦闘態勢をとった。


「ガウァッ!」


 先頭のブラックウルフが飛びかかるが、ティオはそれをあっさりと避けてみせる。さらに2頭目、3頭目と連続して飛びかかってくるが、こともなげに避け続ける。


 体が変化したからか、身体能力に変化はないものの、感覚機能が向上している。ルミナ・ロードも魔術の一種であり、それに影響が出ているのかもしれない。もはや、ブラックウルフ程度の動きは手に取るように分かった。


 しばらくブラックウルフの攻撃を避け続けるが、ティオからが攻撃することはなく、その動向を注視していた。


(んー、これだけやってもこいつらから魔素は生まれない。これは、はずれだったかな)


 ティオはブラックウルフを相手に魔素の動きを観察していたのだ。


 魔物が魔素を生み出すというのならば、今の自分にならそれが見えるはずだと。しかし一向にその兆候は表れず、ティオは魔素の観察を諦めて次の行動に移った。


「仕方ないな、ストーンバレット」


 ティオの放ったストーンバレットはティオの予想通り、ティオの体から生まれた魔素も取り込み、今までとは桁が違う速度でブラックウルフ達へ殺到する。


「ギャウンッ!」


 あまりの速度にブラックウルフはほぼ反応できずに断末魔の叫びをあげた。


 数多の弾丸はブラックウルフ達の体の一部を吹き飛ばしながら貫通していく。


 ティオがその威力に頬を引き攣らせながら観察していた時、背後で魔素が動く気配を察知した。


 察知した方へ振り向くと、丸っこくふくれた軍鶏の様な出で立ちをした魔物がいた。息を吸い込み、反り返る態勢になっている。


「ドードーッ!」


 ティオが叫ぶと同時に、その鳥、ドードーは溜めた息を吐き出す。だが、実際に出てきたのは息ではなく、炎だった。


「くっ! フェザーウィンド!」


 ティオは咄嗟に魔術を放つ。手を薙ぐ仕草をすると、暴風が吹き荒れ、ドードーが吐いた炎をそのまま跳ね返した。


「グエッ!?」


 自分の炎をそのまま返されるという、ドードーとしてはあまりに予想外の展開に反応できず、炎にまかれてしまう。


 炎を吐き出すという特性を持つ割には炎に弱かったのか、そのままあっさりと焼き鳥となってしまった。


「……なんとまぁ」


 ティオもそんな言葉しか出なかった。


 ドードーはランク2の魔物である。見た通り、炎を吐き出すという技能を持っているがゆえの評価だが、それさえ注意すれば相手にしやすい部類である。とはいえ、まさかこうもあっさり仕留めてしまうとは思わなかった。


 炎を跳ね返したフェザーウィンドは、せいぜい突風を起こす程度のものだ。炎を逸らすために使ったのだが、例の如く威力が数段上昇している。


「まぁそれは元々予想ついてたことだけど。それより……」


 ティオは先ほどのことを思い出す。


 ドードーが火を噴く直前、確かに魔素の動きを感じたのだ。振り返ったときも、一瞬見えた。ドードーのくちばしに魔素、あの光が集まっていたところを。


 一部を除き、ほとんどの魔物は魔術を使えない。ただし、魔物によっては特殊な技能を持っている奴がいる、と話には聞いていた。


 さっきのような火を噴くだとか、風を操るだとかいった力だ。それらは魔物の固有技能として、魔術とは別物と考えられていた。


 ティオは今見た光景を鑑みて、考えを改める。


 実際別物ではあるのだろうが、魔素を扱って行使する、彼らにとっての魔術、という訳だ。つまり、彼らも魔素を感知できるし、――あるいは見ることも出来る、ということになる。


「魔物化、か。どこか信じられなかったけど、認めるしかないか……な」


 自嘲気味に笑みを浮かべるが、大して気にした様子も無くさっさとその場を後にする。まだ色々試したいことがあったからだ。


 生きて帰るために、立ち止まってなどいられなかった。


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