第16話 新たな光


 膝を抱えていたティオは目を開く。


 どれぐらいの間、そうしていただろうか。激痛で永遠のようにも感じられたそれは、若干の頭痛を残して落ち着いた。


 だるい体に鞭打ち、立ち上がる。気分は最悪だが、体調は随分ましだ。どうやら乗り越えたらしい。


 魔物の毒が致死性ではなかったのか、治癒魔術が功を奏したのかは分からない。生きていることだけで、ティオには十分だった。


 洞窟の外へ出ると、陽の光ではなく、月の明かりが辺りを照らしていた。どうやら結構な時間が経ったらしい。そして、もうひとつ、大きな変化があった。


「光……?」


 そう、周囲は光で満ちていた。辺りを照らす月の明かりではなく、小さな光の玉のようなものがそこらかしこに浮いているのだ。


 光の玉は宙空に浮かび、木々や地面はそれ自体が淡く光っているようにも見える。陳腐な物言いかも知れないが、その景色は、正しく幻想的だった。


「昨日はこんなの無かったはず……。森の奥だけの現象か?」


 おそるおそる触れてみる。が、光は一切の抵抗なく手をすり抜けてしまった。


「――考えても、仕方ないか。それより、周囲を調べてみないと……」


 不思議な現象だが、今はまず周囲の状況把握からだ、と考えを改める。ティオは数時間前と比べ、しっかりした足取りで歩き出した。


 昨日と同じく、基本的に魔物から隠れて、食料を探しながらの探索である。しかし、少量の野草程度しか採れないのも昨日と変わらない。唯一違うといえば……。


「グルル」


「……焼いて食えばまだましかな」


 一度食べてしまってもう吹っ切れたのか、ブラックウルフはもう完全に食料扱いだった。


 あっさりとブラックウルフの群れを駆逐したティオは、1頭だけ洞窟へ持ち帰り、他は燃やしてしまうことにした。今更だが、あまり死臭を撒き散らすと他の魔物が寄ってきそうだったからだ。


「しかし、随分と体が軽かったな。魔術もなんだか……」


 レヴィテーションの魔術で浮かせたブラックウルフを運びながらひとりごちる。体力が戻ったせいか、体が軽く感じられた。洞窟へ戻る足も自然と軽くなる。


 洞窟に到着し、早速食事にすることにする。


 血抜きをしてブラックウルフの皮を剥ぎ、内臓を取り出したあと、丈夫そうな木の枝を刺して焼く。豚の丸焼きならぬ、狼の丸焼きスタイルである。


 頼まれてもいないのにサバイバル技術を教えてくれたラステナ師匠には感謝すべきだろう。師匠と呼ぶと本人は怒るが。


 ちなみに、ラステナは本拠地のトーライトで別口の仕事をしていた。滅多にないマグナー家以外の仕事をこのタイミングで受けたのはタイミングが良いのか、悪いのか。


「いただきます」


 食前の礼を丁寧に行う。今までもやらなかった訳では無いが、昨日だけで捕食者と被食者両方の立場を味わったせいか、色々と思うところがあったのだ。


 十分火が通ったところで、齧り付く。まだ若干の抵抗はあるものの、もう迷いは無い。


 スジっぽくて正直食えたものではないが、生と比べれば食べやすさは言わずもがなである。


 食べ終えると、洞窟の奥まで移動する。おそらくまたあの激痛に襲われると判断したからだ。生きるためには仕方ないと思いつつも、若干辟易しながら眠りについた。










 目が覚める。痛みからではない。陽の光が洞窟内に差し込み、まぶたの裏を刺激する。


「朝……? なにも、なかったのか?」


 訝しがりながら体を動かしてみる。特に痛みはなく、むしろ好調と言ってもいい。


「耐性、でもついたのか? それとも偶然か……。いずれにせよわからないことが多いな」


 とりあえず耐性がついたということで結論付ける。


 たった一回で毒の耐性がつくのか、そもそもほんとに毒なのか、色々と疑問が湧くが、わからないことが多すぎて結局推論でしか判断できないのだ。考えても大した意味はない。


「とりあえず、食糧は何とかなる。あとは、どうやって脱出するか、だな」


 目先の問題がとりあえず解決し、思考に余裕が生まれる。ある意味では開き直りともいうが。


 脱出法を考えながら洞窟の外へ向かって歩く。


 洞窟を抜けてもう一度昨日の場所へ戻るということも考えたが、あのトロールがそう簡単にあきらめるとも思えない。少なくとももうしばらくは戻ることはしない方がいいだろう。


 そう結論づけ、外に出たところで異変に気付いた。


「……増えてる?」


 謎の光が増えていた。昨日見たものより小さな光が増えているような印象だ。


 ティオは近くの光に手をかざすが、昨日と同じようにそれは手をすり抜ける。それは昨日までと変わらない。


 そこで、ティオはその光に慣れ親しんだ気配を感じることに気付いた。今まで幾度となく自分を助けてくれた、その気配に。


「まさか――魔素、か?」


 そう、それは魔素の気配と同一だった。魔術を行使するときにいつも感じていた、あの気配だ。


 試しにティオは正面に手をかざし、適当な魔術を唱えてみた。


「アライト」


 魔術としては基礎の基礎、小さな火を灯すだけの呪文だ。ティオがそれを唱えると同時に周囲の光かティオの正面に集まってくる。だがそれだけではなかった。


(――!?)


 ティオの手が淡く光っていた。さらに、そこからあの光が漏れだす。そして、集めた魔素と交わり……。


「――っ!? やばっ!」


 ティオは異変を察知して咄嗟に飛びのく。その直後、小さな火などでなく、燃え盛るほどの勢いで炎が発生する。


 小さな火を生み出すだけの魔術は、ティオから生まれた魔素を交えて明らかにその威力を増していた。その事実にティオの思考が停止する。


「…………これ以上状況をややこしくするなよ……」


 どうにか絞り出せたのは、自身に向けたそんな言葉だけだった。


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