第8話 オープニング6:気まぐれの忠告

アトラス:【ヘスティアの炉】の所在は大体つかめたかしら?


 ぴろんと可愛らしい通知音が鳴り、グループチャットアプリにメッセージが表示される。

 レベッカ・ヴァローネという少女はあくびを一つして返信を入力する。


プロメテウス:まだでーす。

アトラス:一ヶ月もなにをしているの??


 相手の不機嫌が伝わる文章が即座に返ってきた。

 仕方ないのだ。日本語は簡単な会話こそできるが日本語の読解は完璧ではない。異国に慣れるには時間がほしい。

 学校も退屈だし。もう一度あくびをして「アトラス」にこれ以上怒られないような言い訳の内容を考えていると、背後から声がした。

 「あ、レベッカさんもそのアプリやってるんですね」

 振り返るとこの学校で一番コミュニケーションを取っている同級生、緋山舞彩が自分のスマートフォンを覗き込んでいた。

 「あちらのお友達とですか?」

 「…いや、ゲームの仲間とさ。レアアイテムがなかなか入手できないねってそういう話をしていただけだよ」

 「へぇ、だからハンドルネームの表記なんですね」

 緋山舞彩はへぇと感嘆するだけでそれ以上の質問はしてこない。背後から覗き込んだ一瞬でチャットのネームなんて細かいところに目がいくあたり、鋭い女だとレベッカは出会ったときから思っていた。


 再びぴろんと通知が鳴る。舞彩に見せるように傾けたスマートフォンの画面をもとに戻して確認する。


メノイティオス:【銀色の義手】がそちらに届けられたらしい。エピメテウスと一緒にそちらに合流する。今後の方針について相談しましょう。


 「おっと…。今日はこれで帰るな」

 「ゲームのイベント戦の時間とかですか?」

 「まぁそんなところだ、気をつけて帰れよ」

  机の脇にかけた軽い鞄を担ぎ、緋山舞彩に別れを告げる。視界の端に見える少年がタイミングを合わせたように立ち上がる。あれは確か長谷部という名前の生徒だっただろうか。

 「ええ。今日はちょっと生徒会のお使いをした後家族と外食なんですよ」

 「そうか、楽しんで……あぁ。地下鉄はなるべく避けろよ」

 「?」

 「じゃぁな」

 教室を出る。緋山舞彩はレベッカの言葉の意味を理解できず、なにか別れの言葉を誤訳したのかなというように処理し、教室の窓際の席で寝ている黒山の元に向かっていく。


 プロメテウス:【ヘスティアの炉】とは関係あるかわからないが、春日恭二が現地のセルと協力してなにかしているらしい。ちょっと様子を見てくるから先に合流しててくれ。


 ゲームの話、と緋山舞彩に説明していたチャットには、FHエージェント春日恭二の名前が入力されていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダブルクロス リプレイ:if 植月和機 @uetuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ