第29話

『次のニュースをお送りします。1週間前、新有明市の沿岸にあるコンテナ置き場が大きく荒らされ、一部火災などが発生した事件についてですが、警視庁はこれをコンテナの中に積まれた石油燃料が漏れ出し、タバコの吸い殻等から火が着火、大規模な爆発を起こしたものと発表。運送業者や管理者を厳しく注意すると共に、より一層の管理体制の強化を――――』


 TVに映るニュースキャスターが、険しい表情で原稿を読み上げる。

 その後にはそれはもう滅茶苦茶に破壊されたコンテナ置き場の映像が流され、ここで行われた戦いが如何に激しかったかを物語る。

 しかし、ニュースでは淡々と〝事故〟という説明がなされ、俺達とベティーナの戦いがあったことなど微塵も話題に出さない。


「……これも、『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』の手回しってワケか?」


「失礼ですね。善良な市民に混乱が起きぬよう、節度ある情報規制を敷いてもらっただけです」


 壁にもたれ掛かりながら言う俺の言葉に対し、パイプ椅子に腰かけたシエラがふふんと得意気に答えて見せる。

 それを聞いた正樹が、


「あーあ、世界平和の為に命懸けで戦った俺達の活躍は、結局誰にも知られないってか。虚しいねぇ」


 頭の後ろで指を組み、ボヤくように言った。

 正樹はベッドの上に患者衣姿で寝そべり、身体中に包帯を巻いている。

 特に深手を負った右足は重点的にぐるぐる巻きにされているのが、どことなくシュールだ。


「しょうがないでしょ。それとも何? 世界を救ったヒーローにでもなれば、女の子にモテるとでも思ってるの?」


 そんな正樹に対して、春が果物ナイフでシャリシャリとリンゴの皮を器用に剥きながら答える。


 ――――シエラ、正樹、春、そして俺の4人は今、『新有明大学附属病院』の個室病棟にいる。


 俺達がベティーナとコンテナ置き場で死闘を繰り広げてから、今日で1週間。

 ベティーナが倒されてからというものテロ事件も起こらず、俺達の生活は一旦平穏を取り戻していた。


 現在は大怪我を負った正樹が入院を余儀なくされてしまった為、こうして3人でお見舞いに訪れているのである。


 本来なら俺もシエラも正樹と同じ様に入院しなければならないほどの大怪我を負ったはずなのだろうが、シエラは赤竜の力ですっかり元気になり、俺は死に掛けたのが嘘のように身体のどこにも異常がない。

 結局怪我らしい怪我を引きずったのは正樹だけという、なんとも皮肉な結果になってしまった。

 まあ、本人は「美人のエミリア先生に看護してもらえるから、結果オーライ!」といって喜んでいるので無問題か。


 まだ昼間の外は快晴で空が青く、小鳥が元気そうに鳴いて飛び回っている。

 そんな景色を見た俺はふと、


「……なあシエラ。結局あれから、ベティーナの奴はどうなったんだ?」


 シエラに尋ねた。

 紗希姉さんに説得され、ベティーナが俺達に味方してくれることになったのが4日前。

 あの後すぐにやって来た『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』の魔術師達によって彼女は連行されてしまったが、『神の子ロゴス』である俺と、その俺を守り、事の顛末を話したシエラ、そして現在でも魔術界隈に顔が利く紗季姉さんの説得によって、だけは免れた。

 後からシエラに送られて来た情報によると、監禁状態ではあるものの無事に療養中らしい。

 一応〝保護〟ということで、何処に行ったのかは俺にも知らされていない


「……『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』の粛正官パージャーによって、今は安全な場所で尋問が行われているそうです。彼女は、『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』の情報を知り得る限り供述したと。聞いた話では、問い詰めるまでもなく自ら供述したらしいですよ」


 シエラも窓の向こうの空を見上げながら、落ち着いた口調で言った。

 特に抵抗もせず自ら情報を提示したということは、ベティーナにも思う所があったのだと思う。


「そういや驚いたよなぁ。あの女、あんな化物に身体を乗っ取られて、挙句マグナムで撃たれても生きてたなんてよ」


 正樹が言った。


「ああ、しかもベティーナは自分の命を代償にして、あの魔神を呼び出したんだよな。それなのに生きてたってのは、一体どういうことなんだ?」


 俺が続けて疑問を提示すると、


「魔物や魔神は、契約に沿った平等な対価しか求めません。あの時ベティーナは、あの場にいた七御斗先輩以外全員の死を望みました。しかし召喚されたアスト・ヴィダーツはそれを叶えられず消滅してしまった為、彼女の魂を奪わなかったのでしょう」


「ふーん。それじゃあ、撃たれて死ななかったのはどうしてなワケ?」


 春が続けて尋ねる。


「それは……たぶん先輩の〝想い〟が関係してるんだと思います」


 確証はありませんが、とシエラは続ける。

 その言葉に、俺は小首をかしげた。


「想い?」


「はい、最後に銃を撃つ瞬間、先輩は心のどこかで思ったんじゃないですか? 「彼女を、殺したくない」って」


「……」


「魔術という物は、発動させる際の施行者の想いが強く影響します。どんな簡単な魔術でも成功させる自信がなければ失敗し、どんな難しい魔術でも必ず成功すると信じれば発動させることが出来る。……封印が解けて再び『神の子ロゴス』に目覚めた先輩がそう想ったからこそ、アスト・ヴィダーツだけを消滅させることが出来たんだと思います」


「……『神の子ロゴス』に目覚める……か……」


 腕を組み、顔を俯き気味に俺は呟く。


 ――――そう、あの戦いで、俺は封印されていた『神の子ロゴス』の力を解放させてしまった。


 俺に掛けられていた封印は死ぬまで解けない物のはずだったのだが、シエラ曰く「おそらく、先輩は」らしい。


 シエラの説明によれば――――アレは、紗希姉さんによって巧妙に仕組まれていた封印魔術だったそうだ。

 俺が心肺停止の状態に陥った事により、〝死亡〟扱いとなって封印が解除。

 そして封印の解除に連動するように『神の子ロゴス』の魔力によって身体が完全回復させるように術式を仕込み、同時に『神の子ロゴス』の魔力を使用可能な状態にする――――。


 姉さんがいざという時の為に俺に掛けてくれた、非常に高度な封印魔術。


 なるほど、まさに〝1度死ななきゃ解けない封印〟ってワケだ。

 俺はポリポリと頭をかき、


「……なんていうか、実感があるようなないような、変な感じだ」


 それを聞いたシエラはクスリと笑った後、


「なにはともあれ、先輩は『神の子ロゴス』として覚醒。再び世界中の魔術結社から保護という名目で監視されることになるでしょう。情報によれば『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』の最高指導者と幹部の席も決まったそうですし、捜査が本格的になれば『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』も安易にテロ活動を行えなくなるはずです。とりあえずは一安心、ですね」


 落ち着いた声で語った。


 一安心ねえ……とため息と共に繰り返すように呟いた俺は、


「で、シエラ。お前はこれからどうすんだ?」


 壁から背中を離し、シエラに聞く。


「どうする、とは?」


「お前の言い方からするに、俺が襲われる心配は少なくなったんだろ? 護衛なんて必要なくなるし、そもそもドイツに帰って来いって言われないのかよ?」


 そう、シエラは姉さんとの約束を守る為、俺を守ってくれていた。

 言ってしまえば、その約束は〝守られた〟のだ。

 もう俺の傍にいる理由はない。


「それは……」


 俺の言葉に、シエラは可愛らしい眉をひそませる。

 やはり、そういう事なのだろう。


 雰囲気からそれを察したのか、


「……そっかぁ、そうだよな……シエラちゃん、向こうに帰っちゃうのか……」


 正樹が悲しそうに言い、


「あ、アタシは別に気にしないわよ! ナオくんの傍から消えてくれて、むしろ清々するわ!」


 フンっ、と春もシエラにそっぽを向けるが、素直な春らしく悲しさを隠し切れていない。


 そりゃそうだ。短い時間とはいえ、俺達は背中を預け合い、命を掛けて戦った。情が移るどころか、仲間意識が芽生えないはずがない。

 仲間が離れ離れになって――――悲しくないワケがない。


「……私は……」


 沈んだ雰囲気の中、シエラは――――



「これからも、七御斗先輩のお傍にいますよ?」



 首を傾げ、不思議そうな顔でケロリと言った。


「「「……へ?」」」


「だから、『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』から指令が出たんです。これからは私が『神の子ロゴス』を監視するようにと。しっかり指令書や生活費まで送ってもらって――――」


「まっ、待て待て待て! 監視って……これからは、お前が俺を監視するのか!?」


 あまりの急展開に驚きを隠せない俺に対し、



「はい。〝ふつつかもの〟ですが、これからも宜しくお願いしますね。七御斗先輩♪」



 シエラは最高に可愛らしくにっこりと笑った。


「ストォ――――――――――ップッッ!!!」


 春が叫ぶ。


「な、何よそれ!? アンタ、まだナオくんとベタベタするつもり!?」


「い、いや、別にベタベタはしませんけど…………あ、いえ、いっかいだけ、した……かも」


 何故か頬を赤らめ、恥ずかしそうにするシエラ。

 おい、なんだそのリアクションは。


「ふ、ふ、ふぎぎぎぎぎぎぎぎっ! み、認めないわよ!? アタシはぜっっっっっったいに認めない! アンタがナオくんを監視するくらいなら、アタシがナオくんを監視するわ!!」


「だから春先輩は何を言ってるんですか!?」


「お、おい、2人共……」


 またも2人が険悪なムードになっていく中――――――



「あら、女の子2人がを取り合うなんて、これは姉として見過ごせないわね」



 そんな女性の声が個室病棟に響いた。

 皆一様に入り口の方を見る。

 すると――――


「さ……紗希姉さん!」


「おはよう七御斗。随分モテてるみたいね?」


 そこには患者衣姿で車椅子に座り、エミリア医師に押してもらっている紗希姉さんの姿があった。

 姉さんが「もう大丈夫です」と言うとエミリア医師は病室を後にする。


 姉さんは今までいがみ合っていたシエラと春に視線を向けると、


「悪いけれど、七御斗は私の大事な弟よ? 私の許可なしに、貴方達にあげるワケにはいかないわね」


 くすっと悪戯っぽく笑い、そう言った。

 その瞬間――――


「マスター! 先輩は私に任せてもらえませんか!?」


「紗希さん! 弟さんをぜひアタシに下さい!」


 2人の大ボリュームの声が重なった。


「あらあら、2人共情熱的なのね。本当はもうしばらく弟を手元に置いておくつもりだったのだけれど……どうしようかしら?」


 ワザとらしく姉さんが悩む素振りを見せる。


「あの……当人である俺の選択権は……」


「そんなモノありません!」


「そんなモンない!」


 またもハモる2人の声。


「……はい」


 2人の気迫に、いつぞやのようにしゅんとしてしまう俺。


「マスターの教え子である私こそ、先輩の傍に相応しいと思います! ぜひ私に一任を!」


「ナオくんをアタシに頂ければ、いずれ大きなロボットとかに乗せて御覧に入れますよ! いや、もうロケットに乗って宇宙とかに行けちゃいますよ!」


「うーん、そうねえ……」


「お、おい七御斗! お前のねーちゃんがこんな美人だなんて聞いてねーぞ!? チクショオオオ! どうしてお前ばっかりいつも良い思いするんだよ! 納得いかねえええええッ!!」


 飛び交う言葉の嵐。

 あーもう……滅茶苦茶だよ……。


 しかしそんな皆の様子を見ている内に――――俺は、くすっと笑ってしまった。


「ああ……うん。たぶんだな……俺の〝理想〟は」


 俺は皆を見つめながら、心の中で呟く。




 ……見つけたよ、父さん。


 俺は……今の世界が好きだよ。

 正直、世界の反対側で何が起きてるかなんて分からない。

 だけど姉さんがいて、シエラがいて、春や正樹がいて、皆で馬鹿やって笑いあって……そんな世界が戦争やテロに脅かされるのは、違うと思う……。


 世界は冷戦なんて起こさなくても、きっと平和になるはずだ。

 だから俺が生きる事で『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』の野望を阻止出来るなら……冷戦を止められるなら……俺は奴等と戦う。


 俺自身が、抑止力カウンターマジックテロリズムになる。



 コレが、皆がこうしていられるこの世界こそが、俺の〝理想の世界〟だから。




END

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カウンター☢マジックテロリズム 諏戸名 友人 @noveske

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