2-5. 書を守る者(3)
屋根裏部屋に戻ると、部屋の隅でユウキが両膝を抱えて暗い顔をしていた。
「ただい…ま……?」
「――ショウ」
ただならぬ様子のユウキに、ショウは近づいてすぐ目の前で片膝をつく。
ユウキの目には
「ショウ、戦争が再開されるって、本当……?」
ショウはびくりとした。驚きに息が詰まる。
ショウでさえ今日初めて知った情報だった。一歩も家から出ていないはずのユウキはまだ知らないはずで、知るすべもないはずだった。
「どうしてそれを?」
「外を見てたら、何か浮足立ってる感じがして。立ち話してる人もいつもより多く感じて……どうしても気になったから、おばあちゃんに話を聞いてきてもらったの」
「ユウキ――」
「なんですぐ責めようとするの……?」
ショウの言葉を
「ユウキはそれがまずい行動だとは思わないのか」
「思わない。現状は把握しておくべきだと思う」
「だとしても、何で俺を待たない。ばあさんがいつもいる部屋は通りから見える。誰に目撃されるかわからないんだぞ」
「それだけ?」
その言葉にショウはかっとなった。ここまで努めて冷静に話していたのだが、我慢の限界だった。
「それだけって、ふざけるなよ。それが重要だってことくらいわかるだろっ」
「なら問題ないよね! いつも裏手にある台所とダイニングしか借りてないもの。そこなら通りから見えないよ。もちろん今日だって」
それでも文句ある? と言わんばかりにユウキがショウを
ショウは言葉を失った。
言ってくれればよかったのにと思う。けれど、そうできなかった理由もわかった。先ほどの「なんですぐ責めるの?」という言葉はこのことを指していたのだろう。ユウキに、ユウキの考えを言わせなかったのは他ならぬショウだ。
ショウはユウキを買いかぶり過ぎていたんだと思っていた。けれど違った。むしろショウはユウキを甘く見過ぎていたのだ。
「姿を見られちゃまずいってことくらいわかるよ。これまでだって――マカベがあきらめてたとしても、おばあちゃんといるとこを見られて関係を追及されたくないし、いくらおばあちゃんの許可を得てるといっても、
「そう、だな。すまん……」
ショウは落ち込んだ。ショウがもっとちゃんの聞く姿勢を持っていれば、先日の喧嘩も長く引きずることはなかっただろう。
「それで、実際どうなの?」
「え?」
「戦争」
「あ、あぁ。確かに町はその噂で持ちきりだった。トーツとの国境沿いの砦で準備が進められてるらしい。信憑性は高いと思う」
「……そう」
その声音は暗かった。思わずユウキの顔を覗き込むと、瞳が揺れていた。視線が合うと、ユウキは慌てて顔を背ける。
「あの、ね。関係ないかもしれないけど……マカベは戦争を再開させたがってたの」
ショウは目を見開いた。さまざまな可能性を考慮していたショウだが、さすがにこの戦争までもをマカベ家と結びつけようとは思わなかった。
「これ、私のせいかな……?」
「どうしてそうなる」
「あの時は雑談だと思ってたから、ショウにはちゃんと話してなかったけど……マカベとの話って、大半が大戦絡みの話だったの」
ちらっとは小耳に挟んでいる。だが、その話が大半だったというのは初耳だ。ショウが促すと、ユウキはその時の話を始めた。
未開の国フォルとの取引を望んでいたマカベは、その間にあるトーツを邪魔だと思っていたらしい。再び戦争になってトーツに勝てれば、新たな交易ルートが開けると考えていたようだ。だからだろう、遠回しにではあるが、シュセンの「非人道的国家」という烙印を撤回させるため、という名目で戦争再開を主張していたのだという。
トーツとの国交はかれこれ三十年以上途絶えているため、マカベがトーツを邪魔だと感じた理由は理解できる。それだけを見れば商人としては当然の主張と言えなくもなかった。
「そんなに都合よく勝てるわけない、って私言ったの。けど、目的がフォルだとわかれば、前の大戦の時、介入してきたロージアも黙っているだろうから勝てるって」
そういう答えがとんとんと返ってくるあたり、マカベの本気具合が窺える。ユウキが不安になるのも
「それで、そこから繋がっているの。自分ならその能力をもっと生かせる、ってマカベが言ったって話。マカベは風の実を作れとしか言わなかったけど……戦争再開のために生かせるって意味だったんじゃないかな。
だって、タイミングが良すぎるし……それに、あの時、マカベと話してからショウが助けに来てくれるまでの間、一度もマカベにせっつかれることもなくて……もう裏で何か動いてるんじゃないかって感じてた。もし私の存在だけで戦争再開を
「まさか。違うに決まってる」
それしか言えなかった。無責任な言葉だと百も承知で、そう口にするしかできなかった。
ユウキの考えはところどころ飛躍している。根拠はないに等しい。それなのに――それなのに、ショウはその話を完全には否定できなかった。
背筋を悪寒が
これは「国」の問題だ、たった一人の「個人」が左右できるものではない――と断言出来たらどれほどよかっただろうか。
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