2-4. 屋根裏暮らし(4)

          *

「――とまぁ、そんな感じでマカベはチハルから出なかったみたいだ。馬もまっすぐツヅナミに向かったっていうから心配ないだろうし」

 翌朝、久々にまともな場所で眠ったからか、ユウキの表情はすっきりとしていた。食事をしながら明かり屋とのやり取りを教えると、ユウキはほっとした様子でうなずく。

 ただ、手紙のことは伝えなかった。明かり屋が気にしているというだけでも不穏なのに、送り先がどこかもわかっていない状態では話しても不安にさせるだけだろう。

「そっか、よかった。じゃあ、ショウの人探しに専念できるね」

 明かり屋と話して、ユウキがマカベ家で恐れを抱いた気持ちがよくわかった。風捕りの話題を振った時の明かり屋の態度は明らかにおかしく、得体えたいの知れなさを窺わせた。

 風捕りにはどこか他の特殊能力とは違うところがある。だが、それを誰が知っていて、誰なら教えてくれるだろうか――。

「ショウ?」

 呼ばれて顔を向けると、ユウキが首を傾げてショウを見ていた。いつの間にか会話を忘れて思索にふけってしまっていたらしい。

「あ、ごめん。いや、な……ジャンは、じいさんは何か知ってたのかなって」

「え、おじいちゃん?」

 ユウキは突然出てきた名前に面食らったような顔をした。

 その顔の向こうに、旅の間ユウキがよく話題にしていた祖父、ジャンの姿を夢想する。ショウは会わずじまいになってしまったが、厳格で強い猟師の姿が自然と思い浮かぶくらいにはよく聞き知っていた。

「ほら、やっぱり、子どもを拾った人間としては、生みの親が誰かとか調べようとすると思うだろ?」

「あー、そっか、そういうこと。そしたら里の場所も調べてたかもしれないもんね。でも私たちが住んでたところって、本当に何もないところだったから無理だったんじゃないかな?」

 ユウキが少しずれた答えを返す。ショウは咄嗟とっさの判断でその思い違いを訂正するのをやめた。

「えっと、チハルより北だったんだっけ?」

「うん。チハルの北にセーウ山脈ってあるでしょ? その向こう側。この辺だとチハルより北に人は住んでないことになってるんだっけ?」

「そう。俺もユウキに聞くまで知らなかった」

「だよね。だから、そんな辺鄙へんぴな場所だったから、調べようにも調べられなかったと思うんだ」

「確かに。あ、でもチハルに来てからとか、さ」

「あー、うん。おじいちゃん、病気だったからね……」

 ユウキはちらりとショウを見て、それから何でもないことのように告げた。

「すまん……」

 ショウは自分の迂闊うかつさを呪う。病気のことを思い出させてしまったのはもちろんだが、それ以前にジャンの話題を出してしまったことを申し訳なく思った。

 色々なことがあり過ぎたせいでつい忘れがちになってしまうが、ジャンが亡くなってからまだ二週間もたっていないのだ。ユウキにとってはまさに昨日のことのように感じているだろう。

 ショウも子どもの頃に母親を亡くしている。あの時は悲しみを受け止めきれずに色々な人に当たり散らしてしまった。母親の部屋から離れられず、夜、自分のベッドに入ったあとも何度も母親の部屋へと戻ってしまった。そして静かに泣いて、後悔して、そしてまた八つ当たりをして……。家の者たちは相当手を焼いたことだろう。

 結局、ショウは実家を出るまで、その事実を受け止められなかった。そのかん、およそ三年半。まだ二週間しかたっていないユウキとなど比ぶべくもない。

 一見、ユウキは大丈夫そうに見える。だが、身近な人を一人失くして平静でいられるがはずなかった。いくら周りがそれを許さない状況であったとしても、悲しみを忘れてなどいないだろう。

「あー、もう! 図書館の本にでも里の場所とか書いてねぇかなっ」

 ショウは気まずさをごまかすようにことさら明るく、投げやりに口を開いた。

「そんな本ある――ってショウ! ショウって文字読めるの!?」

 ユウキが珍しく、身を乗り出して聞いてくる。ショウが戸惑い気味に頷くと信じられないといった表情でショウを見た。

 確かに、教育なんてものは金銭的にも時間的にも余裕のある中流階級以上でなくては受けられない。小さい頃から働いている庶民は、親が文字を知る人でもなければ読み書きできないものだ。

「まぁ、な。たまたま機会があって。――ユウキは?」

「まさか。名前だけは村の人に教えてもらったけど、それだけだよ」

「……じいさんも?」

「うん。おじいちゃんも。読み書きは全く駄目だった」

 ショウはてっきりジャンは読み書きができると思っていた。これまでの話からも、ユウキはジャンに様々な知識を教えられていて、ジャンが博識であることがわかっている。であるから当然、読み書きができて、書物などから学んだのだろうと思っていたのだが――と考えて、またやってしまった、と気づく。つい話をジャンへと振ってしまった。

 だが、ユウキはあまり気にしていないようだった。思い返してみれば、これまでの道中だってジャンの話ばかりしていたのだから、突然避けるほうがむしろおかしいか。

「私、何か変なこと言った?」

「いや。……じいさん、本当に読み書きできなかったのかなって。聞いてる限りだとかなり物知りみたいだし」

「んー、そう言われちゃうとね……」

 口ごもるユウキを横目にジャンのことを考える。博識であることもそうだが、住んでいた場所からしてもただ者ではない。単なる人嫌いと言われてしまえばそれまでだが、ユウキを育てた人物と考えると、そう信じることもできなかった。それはユウキを知る者ならば皆そうだろう。ユウキからはとても大切に、愛されて育ったという印象を受ける。

 そんなユウキと、ショウはジャンが亡くなるタイミングで知り合った。そのためショウはジャンからユウキを託されたかのように感じていた。

 だからなおさらユウキを守ってやりたいと思っている。マカベやまだ見ぬ誰かの思惑に利用されないように、できる限りのことをしてやりたいと思うのだ。

「――読み書き、ね」

 ユウキがつぶやき、深くため息をついた。

「今さらだけど……ショウって何者? 大工って言ってなかったっけ?」

「あ……」

 そういえば自分のことはあまり話していなかったと思い出す。

 今ここで大工見習いだ、と訂正したところで意味はないだろう。ユウキの言いたいことはそういうことではない。

「私を助けにきたときも、やたらと忍び込むのは上手いし、追手をかわすときも、慣れた感じでナイフ使ってたよね。普通に話をしてるときだって、よくショウ、一般人はそんなこと知らない、って言うけど、それを知ってるショウだって一般人じゃないってことだよね? なんて思うんだけど、そこの所どうなの?」

 後ろめたい思いでユウキを見れば、ユウキの瞳には疑念の色がないどころか、逆にどこか面白そうな色がたたえられていた。

 ショウはほっとすると同時に、頭をいてなんと答えようかと思案する。

 自分が貴族であったことは家を出てから八年間、これまでずっと隠し通してきた。もはや貴族に戻るつもりもないが、貴族だったというだけで拒否感を示す者も少なくない。

 そしてもう一つ。泥棒をやっていたことは果たしてわざわざ言うことなのか。本来であればおおやけにできることではないが――。

「うーん……家出貴族の泥棒育ち、足洗って大工見習いやって……今は無職ってところか?」

 正直に明かすとユウキが目を瞬かせる。けれどそれは純粋に驚いただけの含みもない反応で、ショウは胸をなでおろした。

 貴族と言えば眉を顰めて距離を置かれ、泥棒と言えば嫌悪感と恐れを抱かれる。それが普通の反応だ。だからユウキの態度は本当にありがたいものだった。

「えっと……貴族だったのに泥棒育ちって、何やらかしたの?」

「なんでやらかしたって思うんだよ。家出だって言ってるだろ」

「あ、そっか。にしても……すごい経歴だね」

 しみじみと言われ、なんだかくすぐったくなる。決してきれいとは言えない経歴も自分の歩んできた人生であることは確かで、否定されれば悲しいし辛い。だからユウキの言葉は、自分の人生を認めてもらえたようで嬉しかった。

「ユウキにゃ、敵わんけどな」

 お返しとばかりに軽い口調で言う。

 風捕りの生まれで、風で飛ばされてジャンに拾われて、人が住んでいないと言われている極北の地で育ち、しまいには商人に追われる。これこそすごい経歴だろう。

「改めて言われると……そうかも」

 そんなユウキと二人で笑えば緊張がほぐれた。

 追手がチハルを出なかったというのなら、マカベがあきらめてなかったとしても多少の時間はあるということだ。焦ることはない、とようやく肩の力を抜くことができた。

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