7 紅白戦色とりどり
プロ野球選手には一人一人個性がある。それを引き出すのが、監督の仕事であり、コーチの仕事である。だが、マリンズのコーチ陣はほとんどが若くて経験がないままコーチになってしまった。はっきり言って未熟なのである。だから自分の経験だけを頼りにして指導しようとする。仕方がないことだが、風花はそれを許さなかった。今日も監督、コーチ会議で風花のカミナリが落ちる。
「大池さん、潜水に一本足打法を教えようとしたね。何考えてるんだ! 潜水はどんなボールでもバットに当てる柔軟性が持ち味なんだ。それを一本足にしたら視点がぶれて空振りしてしまう。なんで、そんなことした?」
「もっと長打を打たそうと思いまして……」
「潜水には長打はいらない。単打を重ねて塁に出ることが大事なんだ。至急、修正しなさい」
「はい」
「それから鵠沼さん」
「なんでしょう?」
「氷柱にインサイドワークを教えようとしたでしょ?」
「いけませんか」
「君の教えるインサイドワークじゃ外角一辺倒になっちまう。このチキンめ。素人時代、テレビで君のインサイドワークを見て何度歯嚙みしたことか。言っただろ、配球のサインは僕と宗谷さんでやるって。それより君の得意なキャッチングを教えなさい。それに第二キャッチャーの見極めは済んだのか?」
「いえ、まだ……」
「今日から紅白戦だぞ。紅組のキャッチャー誰がやるんだ。それだったら打撃捕手の沢蟹さんを紅組に入れるぞ。今日の午前中までに決めろよ!」
こんな風に風花はコーチ陣に厳しく当たった。特に鵠沼コーチには厳しく当たった。これは愛のムチだ。いや、そういう趣味があるんじゃなくて、良いコーチになってもらいたい一心からの言動だった。良いコーチなしに良い選手は生まれない。去年の豪華コーチ陣は空中崩壊してしまったけれど、良い選手はたくさん育ててくれた。今季の格安コーチ陣に大きな期待をするのは酷ではあるが、彼らだってこれから長きにわたってコーチ業をやっていくためにはコーチとしての技術が必要になってくる。彼らはルーキー選手と同じだ。鉄は熱いうちに打て。それをマリンズファン歴三十年の実績を誇る(?)風花が熱血指導するのだ。これは全て、マリンズを強くさせるためである。
それはさておき第四クールの今日からは午後の紅白戦がメインの練習になる。選手はみんな張り切っていた。キツい練習よりもやっぱり試合の方が楽しい。
昨年は右打者チーム対左打者チーム戦など、いろいろなバリエーションを組んで遊んでいた風花だったが、今季は違う。
「白組はレギュラー候補、紅組は控え選手ね」
と宣言した。そのラインナップは以下の通りだ。
先攻、紅組ラインナップ。
一番
二番
三番
四番
五番
六番
七番
八番
九番
後攻、白組ラインナップ。
一番
二番
三番 アンカー、背番号4。サード。
四番 トラファルガー、背番号44。センター。
五番
六番
七番
八番
九番
主力の白組は、内野は宗谷の抜けた一塁にゴールデンルーキー門脇を据えた。彼はサードもできるから守備に心配がない。二遊間と三塁は不動のメンバーだ。攻守、細かい野球のできる内野の司令塔、富士に、サーカスプレー、球団一の人気者、元町が華麗な連携プレーでダブルプレーを次々捕っていく。三塁アンカーの守備のうまさは折り紙付きだ。もともとセカンドをやっていたので細かい守備ができる。
外野は甲板が引退、錨が福岡ドンタックに移籍したためメンバーが少し変わった。レフトは昨年、水門元コーチの猛特訓が実った、台場。今年はホームラン三十本を狙う。センターはマリンズの至宝、トラファルガー。昨年のホームラン王だ。ライトは投手から野手に転向して六年目の潜水、去年から頭角を現し、今季ついにレギュラーの座を勝ち取った。鋭い選球眼でどんなボールでも打てるのが良い。風花は将来の三番バッターとして期待していた。
一方、紅組は若手とベテランがひしめき合っている。白瀬は守備だけなら一流プレーヤーだ。だが打撃で自分の実力を発揮できていない。ボール球に手を出してしまうのだ。それさえ克服すれば、ホームラン二十本はいけると、風花は見ている。屋形は守備と小技の人である。こういう選手もチームには必要だ。丹霞は宗谷並みの体格を持っているがクラッチヒッターである。守備が下手くそなのと鈍足なのが響いて代打に甘んじている。大和はホームランか三振かという典型的な選手である。風花の期待は大きく、台場、潜水とともに強化指定選手に選ばれたが、サードにはアンカーがいる。この大きな壁を乗り越えられるかが課題だ。鳴門は超ベテラン選手で、もともとはキャッチャーだった。捕手二人制をとることに決めた風花は、彼を緊急時のキャッチャーにすると決めている。バッティングは大物狙いで精度は低い。金剛は筋骨隆々のスラッガーだ。だがホームランを狙いすぎて、スランプに陥ることが多い。
試合開始十分前にかりゆしウェアを着た上島竜一オーナーが球場入りした。冬休みも兼ねてのキャンプ視察である。
「やあ、風花はんお久しぶりですなあ。ようも私を避けてくれましたな」
上島が嫌味を言う。
「そうですね。僕が倒れた時に、お忙しくて見舞いの一つもなかったからですねえ」
風花は嫌味で返した。
「ところで、今年の戦力はどうや?」
「若手の底上げと、大物ルーキーが揃いましたから、去年の今頃とは雲泥の違いですよ。去年、大物コーチを招聘した成果が今になって出ています。それを今年の格安コーチ陣がどう生かせるかがカギですね」
風花はチクリチクリと嫌味の針を上島に刺す。
「ところで、二人の喧嘩屋はおとなしくしてまっか?」
「住友は喧嘩屋じゃありません。正義感が強すぎるだけです。日向は今はおとなしくしていますが、シーズンに入ったら何をするか分かりません。奴は野獣です。敵を噛み殺さなくてはならない宿命にあります。でも僕には宗谷ヘッドコーチがいますから安心です」
「宗谷君は君の用心棒かいな?」
「まあ、それは否定できません」
「全く、やくざかいな。物騒なことは困りまっせ。本社の売り上げに響く」
「さあ、時間です。野球を楽しみましょう」
この試合、紅組の監督は氷川内野・守備コーチ。白組は宗谷ヘッドコーチが務める。風花はバックネット裏で、上島オーナー、舵取球団社長、吊橋専務と観戦していた。
一回の表、マウンドに立つのは野獣、日向五右衛門だ。
「いきなり野獣か。ビーンボールでも投げなきゃいいけどな」
上島オーナーが不吉なことを言う。
バッターは一番、白瀬。その第一球、ストレートが来た。強振する白瀬。
『カキーン』
なんと快音を残してレフトスタンドにホームラン。予想外の展開だ。日向は二番、屋形は三振に抑えたが、三番、丹霞にレフト前に運ばれた後、四番、大和にもバックスクリーン直撃の一発を浴びた。0−3。
慌てて、マウンドに駆け上る宗谷。しかし、日向と何事か話すと両者笑顔になった。
「風花はん。打たれて笑ってまっせ。気が違ったんじゃないか?」
上島オーナーが言う。
「さあね」
と風花は呟いた。
試合再開。五番、鳴門からだ。鳴門は1−2からのカーブを力んで打ち損ないショートゴロ。2アウトになった。
「あれが噂の、釜茹でカーブでっか?」
「ただのしょんべんカーブですよ」
風花は頬杖をついて答えた。その目が厳しい。
続く六番、金剛はレフト線二塁打。思わず、塁上でガッツポーズを見せる金剛。次は七番、陸奥。3−2と粘って、六球目を打ちそこなったが、内野のいいところに飛んで内野安打。ランナー一、三塁。ここで登場は去年打率.143の黒舟。その初球、
『キーン』
鋭い音を残して打球はライトスタンドへ。日向五右衛門一イニング、三ホーマーを浴びて撃沈。続くピッチャーの大漁丸を三振にとってイニングを終えた。被安打6、被ホームラン3、三振1、失点、自責点6。打者一巡。散々の成績だ。
「なんだ、日向君、腹でも壊しているのでっか? 悩みでもあるんやないでっか?」
上島が風花に尋ねる。
「わざとですよ」
風花がつまらなそうに話す。
「わざと?」
「相手は自分のチームメイトです。それが大投手、日向五右衛門の球を打った、ホームランを打ったとなれば、自信がつきます。いわば、日向からのプレゼントですよ。あいつがこんな小細工使えるとは思わなかった」
「クレバーってことか?」
「そうですね。恐ろしい野獣だ」
一回の裏。大漁丸五郎は、元町、富士、アンカーを簡単に打ち取った。
二回の表。紅組の攻撃。
「さて、野獣はまだプレゼントを配るのかな?」
風花は呟いた。
だが、日向もそんなに甘くはなかった。白瀬、屋形、丹霞を全員、150キロのストレートだけで三者連続三球三振に斬って取った。そして、予定の五回まで、一人のランナーも出さなかった。別人のようなピッチングであった。
「これが日向五右衛門か!」
上島オーナーはひっくり返った。
「これでこそ、野獣だ」
風花は安心した。
一方ルーキー、大漁丸は三回までパーフェクトのピッチングを披露し、鼻高々だったが、打者一巡した四回に捕まった。
一番、元町は初球をセーフティバント。大漁丸、取りに行くが足がもつれて転倒。一塁セーフ。白組初安打。続く二番、富士は粘って四球。大漁丸の顔に汗が滴り落ちる。次は強打者アンカーだ。大漁丸は腕がすくんで、狙ったところに球がいかず、ど真ん中な投げてしまったボールを右中間に持って行かれた。タイムリー二塁打。元町に続いて一塁から富士ホームイン。2−6となった。
ここで氷川コーチがマウンドに激励に行く。青くなっていた大漁丸の顔色が少し戻る。しかし、レギュラーメンバーの攻撃は容赦なかった。四番、トラファルガーは3−0から置きに来た直球を軽々とホームラン。4−6。五番、台場は2−1から内角に来た球を引っ張ってライト線2ベースヒット。ここで六番、門脇とルーキー対決となる。最初の打席は三振で、大漁丸が勝っている。
「同じルーキーだ負けてたまるか!」
大漁丸は独り言を言って、渾身の直球を投げた。本日最速147キロ。
『ドカーン』
轟音を残してボールはレフトスタンドに突き刺さった。同点ホームラン。マウンドにうずくまる、大漁丸。マウンドに歩み寄る氷川コーチ。この瞬間、大漁丸の降板と小田原行きが決まった。
変わった二番手、
「なんで大漁丸くんは急に打たれたんや?」
上島オーナーが風花に尋ねる。
「プロを舐めたからですよ。一打席目は様子見して凡打したのを、自分の実力と勘違いした。そこを二巡目に襲われたんです。まあ、いい勉強になったでしょう」
「なるほどね。しかし、大漁丸くん、立ち直れるかね?」
「さあね。それは彼次第でしょ」
「慰めてやらないんか?」
「それは二軍で追浜さんがしてくれますよ。あの人優しいから」
「風花はん、案外厳しいね」
「僕は他人に厳しく、自分に甘いんです」
「わてと一緒や」
「気が合いますね」
「ほんまや」
六回表から白組は住友純一郎が登板した。住友は最高157キロの速球で、飛ばす飛ばす。結局は三回をパーフェクトで抑えた。
一方紅組もルーキー、塩見師直が登板。こちらはヒット五本打たれたが要所を締めて、こちらも三回、零封した。
九回の表はもちろん、クローザー大陸の登場だ。大陸は面白くないほどあっけなく紅組を三人で切って取った。今年も九回は安心だ。まあ、そこまでに持っていくのが大変なのだが。それにしても6−6の引き分け。去年のオープン戦から引き分けばっかりだ。引き分けの神様と呼ばれそうだと風花は思った。
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