3 淮北の失陥
03-01 長江のほとりにて
「おぅおゥ、手前ェ! ずいぶんとまァ豪勢じゃねえか!」
――にしても野盗ってな、己みてェなボロ着た奴も襲うんだな。まァあいつらの身なりも己と大して変わんなかったし、どいつも食うや食わずやで大変だったんだろう。
「お前ェみてえなガキにゃ勿体ねェ、その得物、俺らによこせや」
頭目らしき男の後ろで、子分どもがケヒヒ、って笑う。
お目当ては、己が腰に提げてた短刀だったみてェだ。
全部で六人。物腰を見るにチンピラ以外のなにモンでもねェ。蹴散らすな訳ねェが、変に殺しでもすりゃどんな面倒に巻き込まれるかも分かったもんじゃねェ。
「ンなこと言われてもな。じゃあ、代わりになるモンなんかくれよ」
己がそう返すと、頭目はきょとん、としたツラで子分どもを見た。
「親分、コイツ誰に絡まれてんのか分かってねえみてえですぜ」
いや知るわけねェだろ初対面だよ、そうツッコミかけたが、ぐっとこらえる。
野盗どもが持ってんのは欠けた剣だとか、途中で柄が折れてずいぶんとちんまりとなった矛だとか、そんなんばっかだった。戦場漁って盗んできたんだろう。素手よかちっとマシ、くれェだな。
そんな感じで、どう頭目を料理してやろうか。
己がそんなこと考えてた時だった。
――先生、アンタが馬に乗ってふらふらと近付いてきたのァよ。
「何だい、寄ってたかってひとりに絡んで。情けないね」
いきなり頭の上から声かけられたもんだから、何のことかって思ったぜ。
いまでも思い出すぜ、ぶかぶかでボロボロな朝服でも、その丸っけェ腹ァ全然隠し切れねェでよ。団子っ鼻から何からが真っ赤に染まった先生を初めて見たときゃ、正直別のアホに絡まれたとしか思わなかったぜ。
あいつらも、カモがもう一匹増えた、くれェにしか考えなかったんだろうな。はじめあっけに取られかけたが、結局奴らのニヤつきは消えやしなかった。まァ先生が悪りィよなありゃ、
「ンだ手前ェ、ッラ、すっこ」
頭目が言えたな、そこまでだったな。
あん時ゃ己もワケわかんなかったぜ。いきなし頭目が、こてん、って倒れんだ。しかも先生の手にゃ、いつの間にやら己の背丈っくれェの棒が握られてる。
武術なんてモンにゃからっきしだったあん時の己ァ、何の妖術だ、くれェにビビってた。伸びてる頭目の顎先よーく見りゃ、ちっと擦った跡でも見っかったんだろうけどな。
「不粋だ、っつってんだよ。大のおとながいちいちつるんでんのだって見苦しいのに」
「――え、あぇ?」
実に間抜けな子分の呻き。足元の、なんだかいきなり目ェ白黒させて転がった頭目と、気付きゃもう棒を
「しかも親分置いてくのかい」
いまだったら笑うとこなんだが、あん時ゃもう、先生の早業に固まっちまってた。
それにしても、先生。アンタあん時「何だい反応なしかい、詰まんないねぇ」とか言いやがったよな。こちとら反応しすぎてたんだよ。ビビりすぎて身動きひとつできねェでいた奴捕まえて、よくも言ってくれたもんだ。
ただ、いきさつはどうあれ、先生が己を救ってくれたな間違いねェ。だからこそ全力で気を取り直して、己ァ先生に「すんません、助かりました!」って頭を下げたんだ。
や、本当に助かったんだぜ。面倒ごとが己のほうにあんま降ってこねェ形で、先生が野盗ども蹴散らしてくれたわけだし。
そしたら、先生、こう言ったよな。
「礼には及ばないよ。面白そうな奴のツラ仰ぐのがアタシの趣味だからね」ってよ。
あん時ゃもう、だいたい己のこと分かってたんだろ? ちっと白髪になったってだけの京口のチンピラがそんなに顔売れてるなんざ、全然知らなかったしよ。
そっから南郡までのおかしな野郎のふたり旅、まァ楽しくなかった、って言や嘘になる。己にしたって、まさか先生が
だから南郡に着いて、先生の取りなしであっさり西府に入れちまった時にゃ、正直血の気が引いたぜ。その頃にゃ、もうとっくに広陵で寄奴が
覚えてるだろ、先生。西府の中庭にこれでもかって積み上げられてた、
あん時、戦地で寄奴が聞いてたんだよ。謝玄将軍が、いきなり亡くなった、ってな。
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