第56話 清水のはヤマ勘じゃなくて計略に違いない
その後、何度も渋滞に巻き込まれながら、どういうわけか、清水のヤマ勘?に従って近くのフェリー乗り場に行ってみようという提案にしたがい、僕たちはそこに向かった。半信半疑でしばらく白石を待っていたが......
なんと、30分後に白石の姿が波止場のフェリー乗り場に見えた。
できるだけ逃げられないように気づかれないように、でも息を切らせながら、僕とはなさん、玲奈、そして清水は白石に近づいた。
「白石さん!」
僕が呼びかけると、白石は一瞬だけ振り向いたその顔には一切の感情がないように見えたけれど――。
今の、ほんの一瞬鼻の近くが左右に歪みながら動いた……これは…嫌悪の感情だ…もしかして自分への嫌悪?とすると…そうか…
目の端に浮かびかけた涙、噛み締めた唇の揺れ。目を逸らすまでのわずか0.5秒の間に、後悔と怒りと、どうしようもない自嘲が同居していた。
それが全部、読み取れてしまった。
「――何からはわからないけど......もう逃げるのは、やめたほうが良いと思うよ白石さん、逃げても何も解決しない」
僕が一歩、白石の前に出て言った。
白石は立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。
「……逃げるのやめて?――はあ、言っておくけど、私彼氏に浮気されたの。3回も。それで喧嘩になってめちゃくちゃぶん殴られて……逃げるしかないじゃない!逃げる以外になんの解決方法があるの!」
声を震わせながら、でもその瞳には強がりの色が濃くにじんでいた。
「だから……彼氏から謝ってほしいとか、ごめんとか、悪かったとかじゃないんだ。ただ、もう誰にも会いたくなかっただけ」
いや、それだけじゃない、あの一瞬みせた表情には別の感情、後悔も深く出ていた、何の後悔?
「いや、それだけじゃないね、違うね、白石さん、ひょっとして…自分も同じようにして彼氏に復讐してしまった事を後悔して逃げてきたんじゃないかな?」
僕の言葉に、白石の目がピクリと揺れた。
「顔は変わっても、口元の歪み方は同じだったよ。……ビデオに写っていたパーティーでの白石さんの表情も、今と同じように、笑ってるようで、まったく笑えてなかった、ずっと後悔している表情」
白石の表情が凍りつく。
「そっそんな、そんな……こと、ない…よ」
「ずっと、仕返ししたくて。だから彼氏に一番近い人を傷つけて最大限にダメージを与えて復讐しようとした、でも、したあとで……後悔してるんだよね?」
「うるさい!」
白石が叫ぶ。
「私がどんな気持ちでここに来たか、あんたなんかみたいな、ぶさいくな男に何がわかるのよ!」
その時だった。
「全然わっかんなーい!白石さん、あなたの言っている復讐で浮気するって、結局そいつと同じ穴のムジナだったって事じゃないの〜?案外結構楽しんでたりしててえ〜あんたも最低な人間にはかわりないと思うよ、気持ち悪い」
そう言ったのは、梶本だった。
「は?なによ急に説教?新興企業の家系のくせに、伝統ある白石製薬の私に説教する資格なんか――」
「はあ!?家柄とか関係ないでしょ!」
梶本が一気に白石に詰め寄った。白石も一歩も引かず、取っ組み合いになりそうな空気が走る。
「梶本さん、それ以上しても誰も得にならない」
清水が間に入り、梶本を引き離す。
「白石さん、落ち着いてください!」
田中もすかさず白石の肩を押さえた。
「あなた達には私の気持ちはわからない!誰も、私の気持ちなんかわかってくれないのよ!」
白石が叫びながらフェリー乗り場に向かおうとする瞬間、梶本が言い返そうと一歩踏み出す。
「ちょっとまだ、話は終わってない!」
「うるさいっ!」
白石は振り返りざまに怒鳴る。
「あなたの父親だって同じようなもんじゃない!週刊誌でずいぶん派手に騒がせてたじゃない? “梶本製作所のCEO、アイドルと密会”って、何日か前に見たわよ?」
「……パパはもう後悔して、絶対にやらないって謝ったんだから!」
「どーだか~? 私の彼氏も2回目の浮気の時にまったく同じこと言ってたよ~」
「それに、あなたも同じ家系の血が流れてるんでしょ? だったら、人の家のことに首突っ込まないで!」
「なにを……!」
梶本が詰め寄ろうとしたその時――。
「私、もう戻るから!」
白石が叫ぶように言い、踵を返す。
「もう追ってこないで!」
「まて! 話はまだ終わってない!」
しかし、白石は振り向かず、桟橋を駆け上がってフェリーに乗り込んだ。
ドアが閉まり、エンジン音が波止場に響く。
「清水くん、止めなくていいの?」
僕が尋ねると、清水は静かに首を横に振った。
「今、彼女を無理に引き留めて帰国させても、また逃げるだけだよ。……今は、諦めよう」
沈黙の中、フェリーがゆっくりと離れていく。
白石の姿は、すぐに遠くの船影に紛れて見えなくなった――。
フェリーが見えなくなってからしばらく、誰も何も言えなかった。沈黙のまま、4人は波止場を後にした。
そして、ホテルに戻ったのは日も傾きかけた頃だった。
夜になり、僕は清水くんの部屋のドアをノックした。
「ちょっと、話せる?」
「もちろん。入って」
ベッドに腰掛けると、僕は溜めていた疑問を口にした。
「白石さん、"私は戻るから"って言ってたけど……どこに戻るって言ったんだと思う?まさか日本じゃないよね...」
「……まあ、普通シンガポールに働いている人が戻るっていうのだから、自分が普段住んでいるマンションとかホテルに戻るって意味だろうね....」
清水が眉をひそめた。
「そうだよね...彼女、今メイド喫茶で働いてるって言ってたでしょ?でも、あれって彼女のキャラじゃない。ああいう店で働くのって、本当は嫌々やってると思うんだ」
「まあ、好き好んでやっていたら、あそこまで自暴自棄的な精神状態にはならないだろうね」
「たぶん――親にクレジットカードを止められたんじゃないかな。生活費を自分で稼がないといけなくなって、それで家賃が安い、シンガポールと国境沿いのマレーシアの安宿に住んでるんじゃないかって」
「……なるほどね。あの『私は戻るから』って、日本に帰るって意味じゃなくて、また安宿に戻るって意味か」
僕は頷いた。
「彼女のこと、まだ放っておけない。今度は、本当にちゃんと向き合って話をしたい。でも……梶本さんを連れて行ったら、また喧嘩になるかもしれない。今回は、2人で行かない?」
清水は少し黙ってから、真剣な目で僕を見た。
「わかった。僕も、彼女に言わなきゃいけないことがある気がする。梶本さんの事は田中に任せて……2人で行こう」
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