第154回『かわき、ざわめき、まがまがし』→落選

 ある夏のこと。日照り続きで塩里村の井戸が全部枯れてしまったという。

「おらんちも枯れた」

「うちもじゃ」

「どうすんだ? 川まで半里もあんぞ」

「しかたねえべ。川があるだけましじゃ」

 すると作兵衛が神妙な面持ちで切り出す。

「おら噂に聞いたんだけんどよ」

「おお、なんだ?」

 皆がざわざわと集まってきた。

「太郎んちの井戸は枯れてねえって話だ」

 太郎というのは村外れに住んでいる若者のことだ。

 その時。

「駄目じゃ、あの井戸は!」

 力強い声が広場に響く。振り向くと一人の老婆が立っていた。

「なんでじゃ? 婆婆様」

「あの井戸は呪われとる。近寄ってはならぬ」

「化け物でも出るんか?」

「そうじゃ。昨晩、こっそり太郎んちの井戸を覗いたんじゃが……」

 皆はゴクリと唾を飲んだ。

「ぶつぶつと中から不吉な音がしての、わしは気を失った」

 すると太郎がひっこりと広場に顔を出した。

「どうしたんッスか? 皆、青い顔して」

「た、太郎。お前んちの井戸には化け物が住んどるって本当か?」

「バカなこと言わんで下さい。あれは冷泉ッス」

「冷泉?」

「だから枯れないんッスよ。炭酸しゅわしゅわで美味いッス。でも気をつけて下さいね。井戸に首突っ込むとマジ死にますから」

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