第77話



「お、オルくんは、若いのに大変なんだねえ。あんな邸宅にいるのに、馬房に住んでいるひとなんて初めて見たよ」

「……リズ。あなたも、これから大変なのよ……」


 気絶しているルーシーを背負って他人事のような発言を繰り返すリザルに、疲れた顔のアマリアが釘を刺す。

 彼らにオルレイウスを加えた四人は、現在、陽が落ちかけた第四区をクァルカスの邸宅へと徒歩で向かっていた。


 デモニアクス家の家政婦長、ロジーナ・ゲイナモルトの手によってオルが果たすべき依頼の難度は大きく上がったと言っていい。

 てっきりパーティーを組むことを断られるのではないか、とオルは考えたが、当人のリザルと彼の保護者であるアマリアにその気はないようだった。


「……問題は、脚です。オルレイウス、あなたの主家からの馬車の貸与は断ってしまいましたが、ほかに当てはありますか……?」


 オルは力なく首を振った。

 そもそも、オル個人に人脈といえるほどのものなど、まるで無く、貸し馬車は高価すぎる。


 ちなみに、ロジーナに提案された馬車の貸与料金は日にディース黄銅貨二枚という、オルの日当の二倍だが、相場からすれば非常に良心的な価格だった。

 だが、言語道断とばかりにアマリアが断った。


――これ以上、この子からなにを取り上げるというのです――


 そう言った、アマリアはオルの手を引いてロジーナの執務室を飛び出した。

 オルとしては、陽も暮れかかっていたので、とりあえず解散にしたかったのだが、アマリアがそれを許さなかった。


 オルの寝床――馬房を見たアマリアが、またも卒倒しかけてオルを強引に連れ出したのだ。

 そして、とりあえずこれまでの経緯をクァルカスに報告し、相談することにしたのだった。


「……最悪、私のパーティーメンバーが所有している馬車を用立てようとは思いますが。……もちろん、無償で」

「いいのですか?」


 オルが驚いてアマリアを振り返ると、彼女は慈母のような微笑とともに頷いた。


「当然の責務です。あなたのパーティーは私の徒弟たちのパーティーでもあるのです」

「でも、お師匠? それじゃあ、《マイナス》のひとたちが依頼を受けられないじゃないですか?」

「遠方の依頼を受けられなくても、ほかの依頼はなくはないわ。私たちは《上位冒険者》ですよ」


 《マイナス》――それが、アマリアの所属するパーティーの名前らしかった。

 女性だけの《上位冒険者》パーティー、《マイナス》が受ける依頼は、女性しか入れない場に関するものも少なくないとアマリアは語った。


 基本的に男尊女卑の風が強い《グリア地域》とは違い、《共和国》では女の権力は男と同等とされていた。

 実際に、《ルエルヴァ共和国》の現在の属領提督は女のほうが多いということだったし、《元老院》の終身議員とやらには二名の女性議員がいるそうだ。

 ただし、兵役による身分制度が基本である《共和国》において、腕力のある男のほうが政治的に有力な地位を得やすいというのは間違いのないことだった。


 しかし、女たちが実際に相応の権力を持っていることは事実で、そういう権力を持った女のみの社交会サロンなども多い。

 そういう社交会への潜入なども、女性の《冒険者》には回ってきやすい。


 女のみの《冒険者》パーティーというのはそれほど数が多いわけではない。

 食うに困った頭の足りない男ができることは少ないが、食うに困った頭の足りない女には比較的に選択肢が多い。

 《冒険者》になる変わり種は多くないし、手練れとなれば一層少ない。


 《マイナス》は引っ張りだこなのだ、とアマリアは説明した。


「……とにかく、《優良者》に直談判しましょう。オルレイウス、あなたの境遇も含めて、ね?」


 そこから先、クァルカスの邸宅に到着するまでアマリアはずっと憤っていた。

 いくら奴隷とはいえ、徒弟にしたならば自分で引き取って然るべきだ、とか。

 そうでなくとも、徒弟の状況を判断し、不自由なく暮らせるだけの金銭を主家に渡しておくべきだ、とか。


「第一、《最上位冒険者トップ・アルゴノーツ》ともあろう者が」

「アマリアさん、師の邸宅の前に誰かいるようです」


 オルの言葉に、アマリアとリザルが薄暗くなり始めた街の冥暗に目を凝らす。

 クァルカスの邸宅の扉の前に、背筋をぴんと伸ばしたまま不動を貫いている人物を、オルは見たことがあった。


「マイヤーズさん」


 そこにいたのは、ヘンリー・マイヤーズ。

 クァルカス・カイト・レインフォートの唯一の側用人にして、オルが密かに人間離れしていると目している人物だった。

 こじんまりとした邸宅とはいえ、レインフォート邸のすべての雑務をひとりでこなしている人物であり、《冒険者》以外の人間に対して非常に評価が低いハギル、なにに対しても口うるさいロスが文句をつけない、唯一の一般人。


 なにより、オルがレインフォート邸を訪れるときには常に扉の前で待ち構えていて、クァルカスの留守を告げるという実に意味不明な対応をする人物でもある。

 なぜ、オルが来ることがわかるのかがわからないし、扉の前で待ち構えている理由もないだろうとオルが常々考えていた。


「オルレイウス様。主命により、お待ち申し上げておりました」

「師は留守ですか?」

「左様です」


 マイヤーズの姿を見たときから、予測していた通りの、そしていつも通りの返答。

 だが、このときのマイヤーズはオルの予想外の言葉も用意していた。


「主、クァルカス・カイト・レインフォートより、ひとつ伝言を言付かっております」

「伝言、ですか?」

「『我が馬車のうち、どれでも好きな物を使用するが良い』とのことです」


 驚いたのはオルだけではなかった。

 リザルは興奮していたし、アマリアは気勢を挫かれて黙然としていた。


「もっとも速度の出る《ユニコーン》の馬車の用意もできております」

「《一角獣ユニコーン》? クァルカス・カイト・レインフォートは、そんなものまで所有しているの?!」

「左様です」


 アマリアがそんな声を上げたのも無理はない。


――《ユニコーン》とは、《妖獣種レムレース》だ。

 一本角を額に持つ、馬よりも一回り大きい、純白の優美な生き物だった。


 確かに、故国で穴が開くほどに眺めた図鑑には、人族が捕らえることが叶うものの中でもっとも脚が速い生物の一種だと記載されていたが。

 まさか、クァルカスがそれを所有していて馬車まで仕立てているとは知らなかった。

 そんなことをオルは考え、新たな疑問を口にする。


「どこにあるのですか? そんな馬車?」

「郊外にあるレインフォート家の私有地にございます。お望みとあらば、下僕がいつでもお連れ致しましょう」

「師は、僕が馬車を使用したいと願い出ることを知っていたのですか?」

「下僕にはわかりかねます」

「師は今、どこにいるのですか? いつ帰るのでしょうか?」

「下僕にはわかりかねます」


 いつも通りだ、とオルは納得した。

 こうなると数日は師には会えない。


「……わかりました、マイヤーズさん。三日後、昼過ぎにこちらに参りますので、《一角獣》の馬車までご案内していただけますか?」

「承知致しました」


 腰を折って停止するマイヤーズに背を向けオルは、アマリアとリザルを誘って踵を返した。

 この側用人は、オルが一度背を向けるまで、決して顔を上げないのだ。


 ふと、振り返ると、いつまにか顔を上げたマイヤーズが彼らを見送るように、いつまでも扉の前に立ち続けていた。



 その小さな救貧院は、第六区にあり、孤児院のような様相を呈していた。

 オルを先導したアマリアが扉を開けると、初老の女性が彼らを出迎え、四、五人の子どもたちがあっという間に群がり、アマリアを取り囲んだ。

 ルーシーを背負ったリザルにも彼らは群がり、進もうとするリザルの腰にまとわりついた。


「遅かったわね、アマリア? それにその子は? 新しくうちに入る子? あら、ルクレシアはどうしたのよ?」

「……とりあえず、ルーシーの治療をしてから、夕餉にしましょう。お母さん」


 出迎えた女性――子どもたちから「グランマ」と呼ばれる女性は、アマリアの母、カサリナ・ラングバルだった。

 アマリアは子どもたちから「ママ」と呼ばれていた。

 ちなみに、リザルは「リズ」で、ルクレシアは「ルーシーねえ」と呼ばれているようだ。


 オルを馬房に寝かせないと決めたアマリアが選んだ、オルの宿泊先がこの救貧院だった。

 喧しくも、元気な子どもたちの声にオルまでも元気づけられるようだった。


 ただ、アマリアがルーシーを治療して起こしてからは、酷かった。

 ルーシーは子どもたちに教育上不適切だと思われる言葉で語り、オルを相変わらず「陰毛ヤロウ」と呼んだ。


「おい、おまえ、なんでいんだよ。陰毛ヤロウ」


 起き抜けの一言からしてそれだった。

 ルーシーはカサリナに叱られながらも執拗にオルに絡み、食事中ですら口中の咀嚼物を吐き散らしながら、オルを罵倒した。


「おめえの×××は、どうせ×××なんだろ? え、どうなんだよ、陰毛ヤロウ?」

「やめなさい! この不良娘っ!」

「ンだよ、ケイトかあちゃん。オレは、人間として至極真っ当なことを」

「婚期逃すわよ! この娘みたいに!」


 カサリナはそう言ってアマリアを指さし、アマリアはごんっと机に額を押し付けた。


「姐さんはいいンだよ、もう、ガキがたんといるじゃねえか? わざわざ××××してこさえる必要もねえ」

「お馬鹿! それはそれ! これはこれ!」


 怒鳴るカサリナがルーシーの頭を引っぱたく。


……オルレイウスは、やっと学習した。

 ルーシーの言葉のうちオルが聴き慣れない単語のほとんどが、どうもシモの言葉のようであるということ。

 そして、起きているときの彼女は、怒っていたから粗暴だったのではなくて、元から粗野だったのだ、と。


 まさしく、彼女はやりたい放題だった。

 アマリアやカサリナ、そしてリザルが甲冑姿で器用に子どもたちに食事を摂らせたり、後片付けに精を出したり、子どもたちを寝かしつけている間に、彼女は思うさまに食べ、体も拭かずにそのまま寝床に転がり込んでいびきをかきはじめた。


「さ、最近は、いつものことだよ?」


 そう平然と語るリザルと、絶望した、というような顔でルーシーを見つめるアマリアと、憤怒の形相とともに寝ているルーシーの頭を引っぱたくカサリナ。


「……やはり、私のせいなのでしょうか」


 アマリアの呟きは非常にか細かった。


 いつまでも甲冑を脱がないリザルが出した、麦を砕いて薄く溶かしたお茶のようなものを啜りながら、オルはカサリナからアマリアの経歴とも彼女の愚痴とも知れない話を聞くことになった。

 話好きのカサリナは、アマリアが誰かを連れて来るたびに、こうして一から十まで話して聞かせようとするのだ、とリザルがどもりながらも説明した。


 ふだんは、母親の話を止めようとするアマリアも、疲れていたのか早々に床に入ってしまっていたので、カサリナの独壇場だった。

 カサリナの語るところによれば、彼女の娘アマリアがこの救貧院を経営している理由は、必ずしも慈善事業というわけではないらしい。


 もともと《ルエルヴァ神官団》に所属していた彼女アマリアは、《冒険者》として活動するうちに信仰する神を変え、《神官団》を追われることとなった。

 彼女が信仰を捧げるようになった神が、《世界を治める七神》ではなかったからだそうだ。

 そのきっかけが、貧民区と孤児たちの存在だったらしい。



――貧民区スラム。かつては、単に市外と呼ばれ、現在は正式には第八区と呼ばれている、《ルエルヴァ》市北部城壁外の地域を指している。

 一応は、《ルエルヴァ》の市城壁内部が第七区で、城壁外は第八区ということにはなっているが、そこに居住する者たちの区分はかなり曖昧らしい。

 おおまかに、第七区には下層市民および国籍も与えられていない労働者と稼ぎの悪い《冒険者》、第八区にはまともな職もない者が住んでいるということになってはいるが、城壁の破れ目から彼らは互いに行き来しており、城壁内でも貧民たちを見かけることはできる。


 《ルエルヴァ》の第一から第七の行政区は、古くから存在するものらしいが、時代と共にある程度変化している。

 現在の行政区分はおおよそ百年前に、《冒険者》という身分ができてからのものらしい。

 しかしながら、いつの時代にも貧民区と呼ばれるべき区画は存在していたようだ。


 七は神聖な数であり、そこに加えられるべきではない区画。

 簡単に言えば、それが貧民区とそこに住む者たちである。

 そして、アマリアは、彼らが侵入し活動する第七区の南側の《ルエルヴァ市》においてもっとも広大な第五区――平民区で産まれ育った。


 アマリアが幼い頃に、《第三歩兵民会》に所属していた父――カサリナの夫は、東の戦役へと駆り出され、海の上で戦死した。

 遺されたカサリナとアマリアには、完全市民権の基本給金に加えて、遺族給付金が支給されることになった。

 母娘ふたりで生きていくには十分な金銭だ。


 しかしながら、カサリナは娘の将来を不憫に思った。

 完全市民権を持つ平民といえども、もともとの基本給金はそれこそ生きるために必要なぎりぎりのもの。

 彼女たちがこれまで一定以上の生活を営んでこれたのは、父親が季節労働に励んでいたことによるところが大きかった。


 今は遺族給付によって潤ってはいるが、それはアマリアが成人すれば停止する。

 老いたじぶんを抱え、非常に少ない基本給金を頼らねばならなくなるアマリアの将来は明るくはないだろう。



「それにね、ちょうど、第五区で貧民の子どもが強盗をして、処刑されたばかりだったの」



 二十年ほど前、その事件がきっかけで治安の悪化が叫ばれていたころだった。

 母娘ふたり暮らしではいかにも心許なく、カサリナにアマリアを守り切れるかと言われて、できると即答できるほどの《技能スキル》はなかった。


 そこで、カサリナはアマリアを第七区にもほど近い第五区の小さな《神殿》に預けることにした。

 カサリナから見たアマリアは、母親としての愛情を無理に取り除けば、心優しいが、少し臆病で、どこか頑固な面のある平凡な子どもだった。


 ただ、カサリナ自身はさほどでもなかったが、彼女の夫は敬虔な《アルヴァナ教徒》であり、父を慕っていたアマリアも子どもながらに自主的な食前と食後の感謝を欠かしたことがなかった。


――なにかが噛みあえば、成人までに《助祭》ぐらいにはしてもらえるのではないかしら。


 カサリナは《神官》についての知識をほとんど持っていなかったが《助祭》や《司祭》という位階があることは知っていたし、彼らが食べるのに困っているという話は聞いたことがなかった。

 それだけのことで、カサリナは娘を《神殿》に預けてみたわけだ。


 ひとり暮らしになり、娘の世話も出来なくなったカサリナは、娘の様子を見に《神殿》に日参していた。

 預けた《助祭》の言葉によれば、アマリアは日々、熱心に《祈り》を捧げているが奇蹟の片鱗は表れない。

 《祈り》のなんたるかを理解していないこのぐらいの齢の子どもならば、ふつうと言えばふつうではあるが、これだけ熱心なのになにも起きないのは才能が乏しいのかもしれない、とその《助祭》は語った。


 娘を《神官》にすることは諦めたほうがよいのだろうか?

 そんな思いを抱き始めたある日、いつも通りに《神殿》に向かったカサリナは、その入口で見たことの無い仰々しい真っ白な服をまとった老人に呼び止められた。


――なぜ、貴女は神の恵みをまとっているのか? ――


 彼女には意味がわからなかったが、老人の背後には《神官》が幾人もいたので、この老人も《神殿》の関係者なのだろうと悟った。

 ここに預けた娘の様子を見に来た、という彼女の言葉に、老人は白鬚を撫でて、後ろの《神官》にご婦人の娘御を連れてきなさいと言った。


 そこでようやくカサリナも理解した。

 その老人がどうも位階の高い《神官》なのだということを。


 あとでカサリナが娘から聞いた話では、その老人は《監督司祭》という位階にある《高位神官》で、《ルエルヴァ共和国》に十四人しかいないうちの一人だった。

 連れて来られて怯えたり、カサリナの顔を見て安堵したりするアマリアに、《監督司祭》は優しく語りかけた。


――なにについて、祈っていたのだい? ――


 アマリアは、「……お母さんが、ぶじなように」と呟いた。


 そこで、カサリナは娘が日々、熱心にひとり暮らしのカサリナの安全を願っていたことを知った。

 あとで《助祭》から聞かされた話では、アマリアは姿が見えないときのカサリナの安全を祈願していたために、《神殿》に足を運んだときにはその効力は消えていたのではないか、ということだった。


 カサリナにはよく理解できなかったが、アマリアは《神官》としての資質に大いに恵まれていたようで、その《監督司祭》の直弟子として迎えられた。

 母と離れることを嫌がったアマリアのために、《監督司祭》の老人が、わざわざ数日おきにこの小さな《神殿》へ足を運ぶという方法を選ぶほどに、彼女には才能があるらしかった。

 カサリナは娘の心根に感動し、《監督司祭》の厚意に感謝し、その娘を《神殿》に預けた自分の判断の正しさを褒めた。


 アマリアは順調に育ち、順調に位階を上がり、十四の頃には貴族の子弟の家庭教師という副職まで得た。



「……それで、あの娘はリズと出会ったのよね?」

「へ?」


 どこにリザルが出て来る要素があっただろうか。

 オルの疑問に応じるように、カサリナは語った。


「クローラル家という家名に聞き覚えはないかしら? リズはそこの子なのよ?」

「やめてよ、ケイトママ」


 ただ古いだけの家で、自分は勘当されているようなものだから。

 リザルはどもりながらも、そんなふうにオルに説明する。


「リズにはうちの娘のせいで、ずいぶん迷惑をかけてるのよ……」



 カサリナによれば、アマリアがリザルの家庭教師を務めるようになってから、一年もしないうちに彼女と生徒リザルはルクレシアを拾って来たのだという。


 ルクレシアは貧民区にいる多くの孤児のうちのひとりで、国籍が無いどころか両親の名前さえ知らなかった。

 彼ら孤児には出生地や年齢さえ不明の者が多い。

 貧民の両親に先立たれてしまったり、経済力が乏しい家庭に産まれて第八区に捨てられたり、と孤児が生まれる原因はさまざまだった。


 他方、第五区に産まれ、第七区にもほど近い《神殿》で育ったアマリアは、貧民区の存在に疑問を覚え、孤児たちの境遇に心を痛めていた。

 確かに《ルエルヴァ神官団》は定期的に施しを行っていたが、それで癒されるのは一時の空腹だけで、問題の根元には届かないと、アマリアは考えるようになったらしい。


 そして、第五区と第七区の狭間、道端で倒れているルクレシアを見つけた。


 第七区では孤児が路傍で倒れている姿は時折、見られる光景だそうだ。

 大概はそのまま死ぬ。


 だが、アマリアとリザルが見つけたとき、ルクレシアは生きていた。

 確かに目が合ったのだと、アマリアはカサリナに語った。


 そこから先、アマリアは急に《冒険者》になると言いだし、そして実際に《冒険者》になった。

 彼女が母に語ったことによれば、孤児たちには《技能スキル》を育てる環境がないことが一番の問題である。

 ならば、引き取って育てればいい。


 同時に、《技能スキル》があっても奴隷ですら無い孤児たちが得られる職はほとんどないということもアマリアは承知していた。

 だからこその《冒険者》だった。


 《上級冒険者》になることができれば、異国人であろうと奴隷でもない限り無条件に国籍が与えられる。

 それは孤児たちでも変わらないのではないか、とアマリアは考えた。

 そして、《上位冒険者》になれば、異国人であろうとも奴隷でなければ、完全市民権獲得申請ができる。


 《世界を治める七神》が取りこぼさした命を、アマリアが救うのだ。

 彼女の生徒リザルも、彼女を慕うあまりに《冒険者》へと身を投じた。



「……しばらくして、あの娘は《ルエルヴァ神官団》を破門になったわ」

「へ?」


 どうして、そうなるのかオルには理解できなかった。


「お、お師匠は、《世界を治める七神》の慈悲が届かない者を救うためには、ほかの神々にも祈らないとダメだと思ったみたい。それが大師匠に知られたんだ」


 リザルはちょっと切なそうに説明した。


「べ、別に、お師匠の《七神》への信仰心が揺らいだ、とかそういうわけじゃなかったんだけど。お師匠が新しく《祈り》を捧げるようになった神々のうちの一柱が、いけなかったみたい」


 あまり大きな声では言えないけれど。

 そう、リザルは付け加えた。


 カサリナが頬杖を突いて、ため息をひとつ。


「とにかく、あの娘はルクレシアを拾って以来、たびたびほかの子たちを連れて来るようになったわ。もともと第五区にあった家は手狭だし治安も悪いし、あの辺りには子どもたちの悪い仲間も多いから引き払ったのよ。それで、ここに救貧院を建てたってわけ。ただ、《神官》ではなくなったあの娘は、《冒険者》としての登録に不具合が出たらしいのよ。なんでも、紹介者だっけ? それが《監督司祭》様の御友人だったらしくて。その人に縁を切られちゃったの」


 つまり、アマリアには身元保証人がいなくなってしまったというわけだ。

 大多数の《冒険者》の場合、死亡などで紹介者や師を喪うことはそれほど珍しくない。

 彼女の場合は、存命であるにも関わらずに紹介者が降りてしまったということが問題だったようだ。


 というか、紹介者って途中で降りることができるのか……とオルは考えていた。

 カサリナは続ける。


「滅多にないことらしいのよ? 縁切りするほうも、手間がかかるみたいだし。……とりあえず救貧院を経営するってことでリズのお爺様に動いて貰って、《僧侶》として《冒険者》の登録を変更したのだけど。救貧院には助成金が出るし、蓄えも多少あったけど……まったく、ハギルさんって方が出資者を集めてくださらなかったら」

「ハギル? 《テオ・フラーテル》のハギルが出資者を募ったのですか?」


 オルの質問に、カサリナは小首を傾げた。


「ええ、お会いしたことはないけれど。……登録変更のときにも、ルドニスさんと一緒に相談に乗ってくれたって。恩人よね? リズ?」

「……コワい人だったよ……ケイトママ……」

「そんなはずないでしょう? リズは十九になるっていうのに、怖がりなんだから」


 そうか、リザルは十九歳だったのか、とオルは思った。

 ハギルよりも小柄に見えるし声も高いからオルと同じ齢ぐらいだと思っていたのだが、とも。


……それにしても、ハギルが孤児たちのために出資者を募るというのは、どうも似合わない。

 そんなことを考えながらオルは、お茶を啜った。


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