第73話



「ぶばっ!!!」


 ロス・レギウス・サルドーラムが口に含んでいた黄色い飲み物を盛大に噴き出した。


 うぐっ、げへ、ごはぁ。


 どうやら気管に入ったらしい水分を追い出すために、両手を床についてそんな音を吐き出しているロスの姿を、オルレイウスは訝しく思いながら凝視していた。

 そのロスに慌てたように長身痩躯のルドニス・アーナが駆け寄り、背中をさする。


「ぎゃははははっ! きったねえっ!!」


 クァルカス・カイト・レインフォートを指さしながら大爆笑している小柄の男の名はハギル。

 一方、ロスの口から吐き出されたものを頭から浴びたクァルカスは、ロスを不機嫌そうに一瞥したあとで、大爆笑するハギルを睨む。


「はは……は~ぁ。……おいっ! なにやってんだよっ! ロっさん! 齢か?」

「やかましっ! 無礼者が……げふっ。……ルドニス、すまん、もう大丈夫じゃ」


 オルは、ハギルとロスのやり取りを見ながら、困惑していた。



 《ルエルヴァ共和国》の首都――《ルエルヴァ》の中心部から南に位置する第四区。

 おもに下級貴族から中級貴族の屋敷が建ち並ぶ高級住宅街を含む区画である。


 そこにオルレイウスの師、クァルカス・カイト・レインフォートの比較的こじんまりとした邸宅はあった。



 《ルエルヴァ》の中心部には、七つの小高い丘とそれぞれの頂上には、《世界を治める七神》の《大神殿》がある。

 《ルエルヴァ》とはその七つの《大神殿》の周縁から丘の下の低地に形成された都市である。


 その豊かな水流によって生活排水をことごとく下流へと運ぶディアエナ河は、人工的に残された支流によって《ルエルヴァ》の街に張り巡らされている。

 また、東西から伸びて《ルエルヴァ》に到る七本の都市水道は、標高差と内外圧の差によって都市中心部を隈なく網羅しており、それはディアエナ支流のさらに地下を通っている。


 都市水道によってとめどなく運ばれてくる膨大な量の上水と、ディアエナ河の水流により、《ルエルヴァ》は水の豊かな水運都市として古くから名を馳せている。

 反面、増水には非常に弱く、ときに大惨事に見舞われることもあった。


 ゆえに七つの丘を初めとした高所で、かつ安定した地盤を持つ一区から四区は、非常に人気が高い。

 だが、実際にそこに屋敷を構えることを許された者たちはといえば、歴史ある上流・中流貴族、あるいは名士として成り上がった者らだけで、その邸宅と敷地にほとんどを占領されているらしい。

 そして、オルレイウスの師であるクァルカスはと言えば、どちらかと言えば後者らしいようだった。



 そのクァルカスの邸宅の、現在みなが集っている広い一室は、まるで統一感の無い部屋のようにオルには思えた。

 現在、ロスが四つん這いになってぜいぜい言っている側の壁際には、建付けの背の高い陳列棚があって、そこには瓶に無理やり詰め込んだ巨大な眼玉や、乾燥させた雑草の束のような物が雑然と並べられていて、その手前の床には大量の書物が平置きで積まれている。

 ロスはその書物の山に埋もれているような状況だ。


 反対側、ハギルが座っている側はさらにごちゃごちゃとしていた。

 なんの変哲もない小石や木の枝のようなものから宝飾品のたぐいまでが、一緒くたに溢れるほどに大きな箱に詰め込まれていて、そんな箱がいくつも積み重ねられ、収まり切らない物が床には散乱していた。

 ハギルが腰掛けているのは、そんな閉まり切らない箱のひとつだ。

 その背後の壁際には、なぜかいくつもの長さのロープや小物が吊るされていて、それらは比較的に整理してあるようには見受けられる。


 クァルカスのデスクの周囲と、それに対面する出入口のある壁のほうはそれほど野放図ではなかった。

 しかし、クァルカスのデスクに向かい合ったオルの居心地の悪さの原因は確実に出入り口の壁にあった。


 その壁はびっしりと《魔獣モンストゥルム》のものと思われる毛皮に埋め尽くされていて、なんだか毛むくじゃらの動物が大量にへばりついているように思えるからだ。

 極め付けはその毛皮の中央に陣取る、巨大な角の生えた何ものかの頭骨。

 オルの上半身を一口で噛み千切れそうな生物の骨の虚ろな眼窩に、ずっと背中を見つめられていて落ち着かない。


 だが、今のオルの最大の関心はそちらには無かった。

 ロスが飲み物を噴き出した理由が、オルが発した言葉によるように思えたからだ。



 ふと気づくと、オルの師たるクァルカスが彼を見つめていた。


「それで、本気なのか?」


 無口なルドニスから無言で差し出された小さな毛皮で頭を拭いながら、クァルカスはオルに問い質す。


「北方へ行きたい、というのは?」


 オルは明確な意志で以って頷いた――



――オルレイウスが奴隷として働くデモニアクス家をハギルが訪れたのは、三日前。《冒険者》の昇級査定の前日のことだった。

 ハギルによれば、オルは査定免除の上、いきなり《中級冒険者ミディアム》の資格を与えられるという。


 《冒険者アルゴノーツ》の位階は、《見習いアプレンティス》から始まり、《初級ビギナー》、《下級ロウワー》と位階を上げて、初めて《中級》に到るはずだ。

 オルレイウスはひと月ほど前に《冒険者》になったばかりの《見習い》に過ぎない。

 それがいきなり、ふたつも飛び級で《中級》?


 オルがその理由を問うと、


大将チーフが骨を折ったらしい」


 とだけハギルは言った。


 オルの頭への血の巡りはかなりいいほうだ。

 即座に彼は察していた。《妖鳥王》討伐に関して、なんらかの恩恵を賜ったに違いない。

 それは本来、オルの望むところではなかった。


 だが、今は先日までとは大きく事情が異なった。

 彼は知ってしまっていたのだ。彼の友人と両親の消息が知れないという事実を。


 特に彼の友人たちは、オルの両親とは違って、常識的な実力しか有していない。

 オルの矜持と《エンヘン・ディナ》の名誉と、友人たちの生命の安全。

 ふた晩の葛藤の末、オルの心の天秤は友人たちの保護へと、がつんと傾いていた。



――そして、今日。

 ここ《ルエルヴァ》の第四区にある師匠、クァルカス・カイト・レインフォートの邸宅を訪れたオルレイウスを、師の仲間パーティーの面々が待ち受けていた。


 彼が導かれたクァルカスの私室には、クァルカスの師匠であり、《奇才》という《きしょうな技能レア・スキル》保持者でもある《魔法使い》、ロス・レギウス・サルドーラム。

 なぜかかたくなに《盗賊シーフ》と呼ばれることにこだわる腕利きの《工兵パイオニア》、ハギル。

 無口でたまに下手な詩を歌う《弓兵》というよりは《狩人ハンター》のルドニス・アーナ。


 彼らクァルカスのパーティーメンバーが既に揃っていた。


 そこに、この館の主の《優良者》クァルカス・カイト・レインフォートを加えれば、現在の《ルエルヴァ共和国》最高水準の《冒険者》パーティー、《テオ・フラーテル》の完成というわけだ。

 そして、彼らのリーダーであり、オルレイウスの師でもあるクァルカスはデスクに座って沈鬱そうな表情でオルを眺めていた。


「北へ行きたいという理由は?」


 クァルカスの質問。

 この男、クァルカス・カイト・レインフォートにはウソを見抜く眼力があるという。

 ここで下手なことを言っても、信頼に傷をつけるだけだとオルレイウスは考えた。


「……三人の友人の消息が不明なのです。……そういう報せが届きました」


 クァルカスはオルを見つめ、暫し黙考したあとで口を開いた。


「その三人の友人とやらは《グリア人》か?」

「もちろん、そうですけど……?」

「ふむ」


 意図の判然としない質問に戸惑うオルを放って、クァルカスは目を閉じ腕を組んだ。


 放ったらかしになったオルはハギルやルドニスの表情を窺ってみるが、彼らもクァルカスの意図は掴めていないらしく、首を傾げている。

 ロスだけはなにかを知っているようだが、彼にはさきほどから見つめられていてちょっと気持ちが悪い。

 初老の男性ロスと見つめ合う趣味嗜好をオルレイウスは持ち合わせていない。


 ふと、考え込んでいたクァルカスがぼそりと呟く。


「……もう少し《中級冒険者》になったことについて、問い質されるかとも思ったのだが」

「それを不服と言っていられるほど、今の僕には余裕がありませんし。……なによりも、クァルカス師匠の尽力に感謝しているのです」

「ずいぶん、殊勝だな」


 クァルカスは皮肉めかしてそう言ったが、それは偽らざるオルの気持ちでもあった。


 父の手記によれば、オルの友人たちが行方不明になってからすでに一年以上が経過している。

 彼らが生存しているとしても、オルと同じように奴隷に落ちている可能性はなくもないし、もっと不運な目に遭っている可能性もなくはない。

 できるだけ早く行動したほうがいい。


 少ししてクァルカスは目蓋を開いた。


「ハギル、渡りはつけてあるか?」

「ああ、大将チーフ。いつかは、決めてねえけどな」


 ハギルの返答に頷くと、クァルカスは指を躍らせた。


「では、今日、これからだ。ルドニスと共に先方に伝えてくれ」

「あいよ」


 そう言うと、ハギルとルドニスが足音もなく部屋から出て行く。


「なんの話ですか?」

「少し待っていてくれ、オルレイウス。順序立てて行こう……ロス、説明を頼む」


 相変わらず置いてきぼりのオル。

 クァルカスに頼まれたロスは、ばさばさと書物の山を崩して座っていた床から嬉々として立ち上がる。


「それでは、生意気な弟子の頼みを聞き入れ、将来有望な孫弟子のためにひとつ」

「短めに、頼む」


 クァルカスにそう釘を刺されたロスは、もの凄く残念そうな顔をして口を開く。


「……では、《冒険者》と《冒険者ギルド》の仕組みについて簡単に説明するかのう。オル、お前さんがこの《ルエルヴァ》の《冒険者ギルド》で登録をした時のことは憶えておるか?」

「ええ」


 なにか長大な文面が書かれた羊皮紙の最後にクァルカスと自分の名前を書いただけだったけれど。

 そんな、どこか拍子抜けしたひと月ほど前の記憶をオルは思い出していた。


「お前さんもすでに承知しているように、《冒険者》には徒弟制度がある。初期からのものじゃ。そもそも、《初代デモニアクス》が構想していたものは、二十人から四十人程度の、状況によって臨機応変に対応できる小集団を地域ごとに複数ずつ置くというものだったようじゃが、うまくいかなんだ。《初代デモニアクス》の着想がどこに由来したかといえば、間違いなく《ルエルヴァ叙事詩》にある、《王たる魔物オルカの討伐者たち》からじゃろう。しかし、詩は詩に過ぎぬ。過去の説話とはいえ、百年前の状況には合わなんだ。まあ、そもそも決まったところに《魔獣モンストゥルム》が出現するわけでもなし、人手が足りんとこは足りんし、足りたとしても二十人、三十人規模の武装集団が手前勝手に暴れ出したら、手が付けられん。属領にあっては略奪をしたり、属領提督の眼を盗んで搾取したり、癒着したりと、それはまあ」

「ロス」


 気持ちよさそうに喋っていたロスに、クァルカスが水を差す。

 しかめ面になったロスは意気消沈しながらも、言葉を接いだ。


「……とにかく、《冒険者》どもをもっと小規模に、柔軟に動かしながら、管理しやすくすることが課題であり、そのために必要とされたのが、高い練度と固き掟――つまり教育じゃった。そこで《初代デモニアクス》が採用したのが、《北派》由来の徒弟制度と紹介制度を有した《冒険者ギルド》の設立であった」

「なるほど。クァルカスと僕、ロスとクァルカスの師弟のようにですね?」


 オルの応答に少し元気を取り戻したロスは頷いて続ける。


「その通りじゃ。お前さんの師がクァルで、クァルの師がわしとなる。《冒険者ギルド》を各地に置くことによって情報を収集し、効率的に《冒険者》どもを動かした。そして、なによりも重要だったのは、その基盤じゃ。……そもそも《北派》の前身たる《秘密結社》とは、言わば職業組合じゃった。現在も《狩人》や《鍛冶》、《商人》といった者らが、それぞれに作っているもので、かつて作っていたものじゃな。特に《北派》の前身となったその《秘密結社》は、必要と不足に応じ、《義侠神》への誓いと相互互助の精神に則り、様々な職種の者が包括的に参与するようになり、自衛とさらには裁判までやるようになった。折りも折、《魔族戦争》の最中じゃ。一時期は告発の嵐で、一方的に裁くものじゃから、朝には広場に見せしめとして吊るされた幾つもの死体がまるで木立のようになって、さらにはそこに鳥が集って」

「ロス!」

「別に、これぐらい、いいじゃろう?」

「こんなことでは日が暮れてしまう」


 クァルカスの注意を受けて、ロスは灰まだらの長い髪をぼりぼり掻き上げながら、続ける。


「……とにかく、《秘密結社》には徒弟制度と会員紹介の伝統があり、現在の《冒険者ギルド》にもそれが受け継がれているわけじゃ」

「つまり、《冒険者》になるためには、誰かの徒弟にならなければならない、ということですか?」

「ま、そうとは限らん。既に《冒険者》となっている者が、己の一党に加えたい者を紹介するということも、ままある。ハギルやルドニスはそれじゃな。クァルの紹介じゃ。あとは、知人に頼まれて、第三者を紹介するとかな。滅多にやる者はおらんが。それに今は養成所などというものもある」

「養成所、ですか?」


 そこでロスは一呼吸おき、少し深刻そうな面持ちをする。


「……十数年前、立て続けに大きな事件があったのじゃ。わしも、クァルも割りを食った。それによって《冒険者》と《冒険者ギルド》の管理体制が見直されるようになったわけじゃ。……まあ、事件なぞお前さんには関係ないし、体制が変わったということのみが重要じゃ。事件については忘れるがよい」

「はあ、」


 そう言われると余計に気になるのが人情というものではあるが、オルレイウスはあまり頓着しなかった。

 以前、ハギルに詮索家は好かれないと言われたことから学んでいた。


「ということで、本来おぬしは養成所に通って然るべき年齢ではあるが、それを望まんのじゃろう?」

「それが早道だというのなら、それでもいいのですけれど。……ちなみに、養成所にはどの程度通うものなのですか?」

「まあ、一年じゃな」

「さらに一年は待てません。もう少し早い手段はありませんか?」


 オルの問いかけに、ロスはやれやれという顔をした。


「……オル、お前さん、わしらのパーティーメンバーに加わろうと考えているじゃろ?」

「いけませんか?」


 オルレイウスからしてみれば、それが理想的。

 《テオ・フラーテル》は《最上位冒険者》で、彼らを指名する依頼も山ほどあるだろう。

 クァルカスたちが北へ行く依頼を受けてくれれば、それについて行くことも可能なようにオルには思えた。


「無理だな」


 クァルカスは眉間を指で抓むようにしながらそう言った。


「? ……なぜでしょうか?」


 一度はオルも彼らと共に旅をしている。

 ダメだと言われる理由がなにひとつわからなかった。


 それに、今のオルはクァルカスの徒弟だ。

 弟子が師に従うことがなぜダメなのだろうか。


「十数年前の事件以降、《冒険者》の管理体制は強固になっておる。その一環として、独立した《冒険者》同士が新しくパーティーを組む場合、パーティー内の一番上の者と一番下の者の等級差がふたつ以上離れていてはならんのじゃ。あまりに実力差がある者同士を急に組ませると、全体の生存率が著しく低下するからじゃな」

「それは、僕がクァルカスの徒弟であっても変わらないのですか?」

「確かに徒弟は例外となる。しかし、徒弟を連れた探索で許されているのは、脅威の乏しい《ルエルヴァ》以南の地域に限られておる。まあ、確かに昔は徒弟を庇って死んだ、などという話もよくあった」

「前回、リシルやレシルと最初からパーティーを組んでいたのは?」

「それを含めての依頼じゃったからのう。……《オバル街道》を往復するだけのはずじゃったし」

「僕がパーティーに加わった件については?」


 ロスはそこで言いにくそうに後頭部を掻く。


「……ぶっちゃけると、お前さんは、わしらの探索の目的の可能性もあったからのう。探索中の《冒険者》には一定の自由裁量権が与えられておる。ま、その範囲内じゃな」


 《アプィレスス大神殿》の《神託》。

――ルエルヴァに破滅をもたらす恐れのある曲がつ力の持ち主が《ロクトノ平原》に在る。破滅を怖れるならば《デモニアクス》の名を受けた乙女を遣わすがいい――


 その対象は、《エンヘン・ディナ》だったということに落ち着いていた。

 オルも確かに《ロクトノ平原》にいたが、《ルエルヴァ》の破滅になんか興味はない。


……だが、オルレイウスが呼び水になることは考えられた。

 これまで以上に慎重に。オルは自分にそう言い聞かせる。


「ハギルやルドニスは、紹介で《テオ・フラーテル》に加わったのではないのですか?」

「あやつらは確かにクァルの紹介で《冒険者》になった。しかし、初めからクァルのパーティーメンバーだったわけではない。当時から《上位シニア・冒険者アルゴノーツ》に相当すると思われる実力を持っておったあやつらでも、《初級》から、クァルとパーティーを組まずに歩み始めたのじゃ。おぬしが《見習い》から《中級》に上がったのは異例じゃ」


 異例と言われても。


 しかしなるほど、クァルカスらに協力を仰ぐことは《冒険者》としてでは無理なようにオルにも思えた。

 依頼元としてならば可能性はあったが、オルは奴隷だし手持ちなどほぼ無い。



 ハギルがオルに渡した《スノウ・ハーピー》の《魔材》代も、雀の涙のようなデモニアクス家からの給金も、自分の身柄を買い戻すための積立にしてしまっていた。

 オルの値段は《テオ・フラーテル》が受け取っていた契約手付金の半値、アルヴァナ金貨五枚。


 一般的な奴隷の値段よりもだいぶ高額だが、貴族が屋敷仕え用に購入する奴隷の相場よりはずいぶん安いとロスが教えてくれた。

 その値段は、デモニアクス家が購入する奴隷の最低価格だそうだ。

 あまりに安い奴隷を買ったとなると、デモニアクス家の沽券に関わるものらしい。


 レシルは、オルに一刻も早く自分の身柄を買い戻して出て行ってもらいたいが、貴族としての矜持も折ることはできない。

……ということのようだ。


 だが、同時にロスはその値段を聴いたとき、気の毒そうな眼差しをオルに向けた。

 アルヴァナ金貨一枚は、一万ウォル。

 それだけでも貧民ならば、軽く数年生活できるだけの金額だし、五万ウォルもあれば平民の家が建つそうだ。


 オルの自由への道のりはまだまだ先が見えない。



「例えば、ですが。……僕と《テオ・フラーテル》のみんなが、それぞれに依頼を受けて市外で合流するということは可能でしょうか?」


 自分の自由は置いておいても、自分が知り得るもっとも手練れの《冒険者》パーティー、《テオ・フラーテル》と行動を共にしたいと、オルレイウスは考えていた。

 《冒険者》の実力は玉石混交。

 それも、名が売れていないのに追われる身のオルにしてみれば、師のパーティーに隠れて行動できるに越したことは無い。


「できなくはない。が、危険だ」


 クァルカスのその言葉を補足するようにロスが口を開く。


「ま、周囲の眼もあるからのう。なによりも、それはギルド規定に違反するか微妙じゃし、下手すれば死ぬ」

「死ぬ? 罰則ではなくて、ですか?」


 無言のクァルカスの渋面。

 代わるように、ふたたびロス。


「お前さん、登録時に、クァルとおぬしの名を書いたじゃろう? 文面は読まなんだか?」

「? ギルド規定が書いてありましたけれど?」

「末尾じゃよ、オル。『《世界を治める七神》に誓う』と書かれていたじゃろう?」

「そういえば……」



………………………………………………………………………………あ。

 と、オルレイウスは思った。


「さっきも言うたように、十数年前より、《冒険者》の管理体制は見直されておる。そのような文言が付いたのも、ここ十年ほどの間じゃ。加えて、探索に出る際も探索期限付きの誓約書を書くこととなった。そっちもまた、《七神》に誓うものじゃ。加えて、紹介者と被紹介者、師と徒弟は登録時の誓約書によって紐づけられておるのじゃよ、オルレイウス。それ以前に《冒険者》になった、わしのような者は特に問題はないが、ハギルもルドニスも、そしてお前さんも、《七神》に誓いを立てとることとなる」


 神妙な顔をしたクァルカスが口を開いた。


「そうだ、オルレイウス」


 溜息と共に、オルの師匠は言った。


「きみが無茶をすれば、私も命を落とす」


 え、神名に誓うって、文面でも有効なのか?

 混乱しているオルに、ロスは端的に言い放つ。


「ま、徒弟をとるとは、そういうことじゃな」


 と。


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