第21話



「……ということで《ザントクリフ王国》は先頃、《グリア諸王国連合》に加盟いたしました。我が国も含め全グリア地域のおおよそ九割の王国がこれに加盟していることになります」


 ある日の午前。ニックの書斎。ガイウスの教養の授業中。

 最近の穀物類の不作から、《グリア諸王国連合》というものの解説に移った。


 この《ザントクリフ王国》みたいな小国家がたくさん集まって、《グリア諸王国連合》という連帯をつくっているらしい。ここ数十年ほどでつくられた新しい連帯だという。

 軍事協力や《グリア諸国法》の適用、経済協力なんかを盛り込んだものらしいけど、そのうちの加盟国間の通商は基本無制限という条項。

 これによって商人の行き来が盛んになっているようだ。

 穀物供給が安定している南方で安く小麦や大麦なんかを仕入れて、北方のグリア地域で売る商人なんかもいるらしい。


 だから、《ザントクリフ王国》の台所事情に今のところ大きな問題はない。

 ただし、自国の農産物が売れなくなりつつあるらしい。

 今は王宮で積極的に買い取ってバランスをとっているみたいだけど、このまま行くとちょっと危ないんじゃないだろうか?


 その懸念をガイウスにぶつけると、ガイウスは驚きに目を見開いた。


「ほぼ外出したことのない七つの坊ちゃんが、この老僕めから聴いた話だけで、そこまで……」

「前世でも似たようなことがあったように思います」

「なるほど。……やはり人族とは、時代を越えても同じようなことを繰り返すのですな」



 ガイウスには、僕が異世界からの転生者であることは伏せられている。

 この事実を知っているのは、両親と伯父、そしてイェマレン司祭だけだそうだ。


 記憶を持った転生者であるということも、別に大々的に公開しているわけではないけど、この国の多少の貴族階級には知られているらしい。

 それがどの程度の人数かは知らないけれど、ニックと伯父によれば箝口令は出しているとのこと。


 記憶を持った転生者というものは、あんまりイメージが良くないらしい。

 必然なのかもしれないとも思う。


 現在は大きな戦争はないみたいだけど、過去には《魔族戦争デモニマキア》なんて世界戦争も起きている。

 ニックの歌う詩によれば、人族国家の中にも《魔族デモニア》に味方した国家があったらしい。

 たとえば、そんな戦争時代の記憶を持った人間が、辛うじて安定している現代によみがえったらだいぶ浮くだろう。


 もしかするとアナクロニズムとさえ呼ばれそうなイデオロギーを掲げ上げるかもしれない。

 郷に入っては郷に従え。それはあくまで、日本の言葉だ。

 この世界の転生者が同じ理屈で動いてくれるとは限らない。


 その上、僕は《福音持ちギフテッド》だ。

 神々の恩寵を笠に、なにをするとも限らない。……そんなふうに考えられても不思議はない。


 だから、僕が《福音持ち》だということを両親以外に知っているのは、イェマレン司祭とこのガイウスだけ。

 実はマルクス伯父でさえ知らない事実だ。言って倒れられても困るし、イルマが強硬に反対したせいでもある。


 ニックもガイウスにどこまで言うか躊躇ったようだけど、イルマが、ガイウスなら大丈夫! と強く言ったために異世界からの転生者であるということ以外のすべてを打ち明けることにした。

 そのうち、僕の記憶が異世界から持ってこられたものであるということもガイウスには説明する予定だ。

……気づけば、僕は自分の性質によって、秘密でがんじがらめ。



 ガイウスは善良な人だ。加えて口が堅い。


「さて、続きと参りましょう。グリア地域ではグリア古貨が使用されておりましたが、長い《魔族戦争》とその後の泰平を経て、《ルエルヴァ共和国》の通貨が市場でも広く使われるようになっております。そして、《グリア諸王国連合》発行のグリア新通貨がこのたび使用されるようになりました」

「ガイウス」

「なんでございましょうか、坊ちゃん?」


 ガイウスはこの二年間というもの、僕にすごく良くしてくれている。

 僕の秘密を漏らしていないことはもちろん、何十回死にかけても僕たち家族、特にイルマに忠誠を尽くしてくれている。


「坊ちゃん?」


 僕はガイウスのためになにかしたい。

 そして、僕ができることのうちで熱心な《アルヴァナ教徒》のガイウスがもっとも喜ぶことは、きっと。


「……ガイウス。僕、パンツを穿くよ」

「――……坊ちゃんっ!」


 ガイウスの目に涙が浮かんでいた。




「……ちゃん! 坊ちゃん!」

「…………ガイウス?」


 僕の目にガイウスの蒼褪あおざめた顔がぼんやりと映っていた。

 背中に直に触れる床の冷たくて固い感触。

 失敗だった。僕は失敗したんだ。そう悟った。


「よかった! 坊ちゃんの息が止まってしまったときには、この老いぼれの息が止まるかと!」


 僕の体はパンツ一枚で寝かされていた。

 僕が最近身につけている長衣。イルマが狩ってきて、ニックが縫製したというだぼだぼの《魔熊ウールシス》のローブは脱がされていた。


 初めて服を身に着けてから四年も経ったのに、僕は未だに重ね着できない。

 残酷だ。


「すみません、ガイウス。……僕はどうやら自分を過信していたようです」

「いいのです。坊ちゃん。そのお気持ちだけで、この老いぼれの心は満たされております」


 ガイウスが萎びた腕でパン一の僕を抱きしめてくれた。

 老人特有の変に甘ったるい香りがした。


 ガイウスの忠誠には、別の形で応えよう。僕はそう心に決めた。




「オル! 今日からはあたしと打ち合うわよ!」

「はい! イルマ!」


 僕の剣術の修行は次の段階に移行していた。

 僕の持つ剣はおもちゃの短い木剣から、イルマの持っているものと同じ長い糸杉の木剣に。

 最初のうちはそれに振り回されていたけど、最近ではもう一本の腕のように扱えるまでになった。


 ニックが家を出てから、帰宅するまでずっと持ち歩いていた結果だ。

 だけど、木剣を構えた僕にイルマは微笑を浮かべた。


「オルが振るうのはこっちよ!」


 イルマが復職して以来いつも腰に下げていた青銅の剣ブロンズ・ソード

 それが、鞘ごと僕に差し出された。


「……危なくないですか?」

「うん、そうね。でも、この重さに慣れておかなくちゃ」


 イルマの軽い言葉と違って、青銅製の剣は重かった。

 厚みがあって、僕の身長の半分ぐらいの長さがありそう。


「イルマ? 打ち合うのですよね?」

「そうよぉ」

「イルマはまさか木の剣で?」

「当り前じゃない!」


 なにか、いろいろとすっ飛ばしていないだろうか?


「木の剣で、青銅製の剣を受け止められるとは思えませんが?」

「それはやり方次第! さ、行くわよ」


 イルマが木剣を振りかぶった。がら空きの胴。そこに打って来いというのだ。

 僕は躊躇した。

 イルマの腹筋が鉄のようだと言っても鉄のわけがない。

 いくら子供の僕が振った剣とはいえ、イルマの腹筋を斬り裂けないわけがない。


「……無茶です……イルマぁ」

「優しいわねオル。じゃあ、あたしから行くわね」


 そう断ったのと同時。イルマの木剣が僕の真上に落ちてきた。

 落ちてきた? そんな生易しいものじゃない。大気を断ち割って、僕の頭部めがけて振り下ろされるそれは、致死の一撃。


 その動きを認識した僕の体が勝手に動く。力なくぶら下げていた青銅製の剣を持ち上げて斜めに擦りあげる。

 腕が痺れる衝撃。イルマの木剣はなぜか断ち割れない。それでも、そのまま僕の体は幾千も繰り返した動きをトレースした。


 擦りあげから、相手の木剣を逸らし、振りかぶった剣を下ろす。木剣を受けて殺されていた勢いが、弾けるような感覚。僕の体は斬り下ろすという行為に最適化していた。

 止まらない。イルマの頭部に向かって今度は僕が振るう青銅製の剣が走る。ダメだ――


 だが、体勢を崩したはずのイルマの体が沈み、反転する。

 地面に円を描く片足。それが僕の足を払う。そして流れた青銅の刃がイルマの手によって掴まれた。

 僕は空中で一回転すると、イルマの空いた片腕で受け止められた。


「ね? 大丈夫だったでしょ?」


 猫があくびしたような笑顔を見せるイルマ。


 なるほど。僕はいろいろと見くびっていたのだ。

 まだまだ僕とイルマにはこれだけの実力の差がある。

 僕が少し刃物を備えただけではイルマに傷をつけられるわけがないのだ。


「わかりました、イルマ……でも危険と思ったときのために、寸止めの技術も教えてもらえませんか?」

「そうね。あたしはともかく、《上級剣士》、下手すると《剣客》でも今のは危ないわね。鍛錬に留め振りも加えましょう。振り切りの半分だけね」

「僕の実力は、どの程度イルマと離れているのですか?」


 イルマは僕の問いかけにちょっと考える。


「そうね。あたしが十ぐらいのときと同じようなものだと思うわ。……もう少しすれば、きっとこの国にあたしとニック以外に敵はいなくなる。順調だわ!」

「木の剣しか振っていなかったのにですか?」

「オル、木であろうと剣は剣だわ。両刃があれば金属製の剣と使い方はそう変わらないの。……あたしの振った木剣が斬れなかったでしょ?」

「ええ。どうして?」

「刃の入る角度を考えれば、簡単だわ。刃の部分は鋭くて一番脆い。だから相手の刃のひゅるってところに沿わせるようにすると簡単に剣は逸れるし、受けるときもするっと行くわ」

「イルマは今、僕の剣に敢えて流させたということですか?」

「そうよぉ。オルは上手くこっちの剣が受け流せて、型通りの動きになった。そうして、オルの行動を誘ったの」

「へー……」


 やっぱり、イルマは頭がいい。

 あの一瞬で、そこまでの判断ができるのは凄い。


「オルにもそのうちにできるようになるわ。あとはその剣の重量に慣れるだけ。ま、オルもそれなりに振るえるようだけど」


 そんなものなのだろうか?


「イルマ? ところで、そろそろニックに僕たちの目的を告げるべきでは?」


 イルマはまた考えるようにして鼻に小じわを寄せる。


「……まだね! オルの《剣士》としての初陣のときがふさわしいわ! きっとニックはびっくりするわよ!」

「ニックは喜ぶでしょうか?」


 僕は少し不安になる。

 隠し事をしているのも後ろめたいけど、それを続けていると心に秘密がのしかかってくるような気持ちになる。

 だけど、イルマは朗らかに笑った。


「ニックはああ見えて、《剣術系技能》にうるさいわ。なにせ、あたしと闘ったときに求婚してきたぐらいだし」

「そう、なの……ですか?」

「そうなの! 今度ニックにあたしの詩を歌ってもらいましょう!」

「イルマは詩になっているのですか?」

「そうよぉ。……さあ、続けるわよ、オル!」


 イルマがまた振りかぶった。

 僕もちょっとだけ戸惑ってから剣を構える。



 〓〓〓



〈――ルエルヴァ共和新歴百六年、ザントクリフ王国歴千四百六十三年、エルモネラの月、三夜


「ふた月前、北方、《モリーナ王国》が消えたらしい」


 マルクスが深刻な面持ちで私に向かってそう言った。


 北の武辺の国、《モリーナ王国》は《グリア諸王国連合》に加盟していない数少ない国だが、《ギレヌミア諸族》と交戦しても動揺しない国力を有していたはず。

 《ギレヌミア海》――《以遠海ビヨンド・オーシャン》に接する《モリーナ王国》は物産豊かな土地柄だった。


 わざわざ《グリア諸王国連合》に加盟せずとも、物産とそこから生まれる財力によって安定していた国。

 財力は強力な軍備を可能とする。ふたつやみっつの《ギレヌミア諸族》との戦線は常に維持できていたと思ったが?

 《エルフ》あたりと戦端を開いてしまったのか?

 それにしても、開戦したなどという情報も入っていないのに、滅亡?


「どうやら、《ギレヌミア》が複数の氏族で合同して動いたらしい。《モリーナ王国》は一息に呑み込まれたようだ」


 いくら《ギレヌミア人》が機動力に優れているとは言え。複数の氏族が合同で動いていたとは言え。

 《モリーナ王国》を一息? どれほどの規模の軍だというのか?


「……さあな。だが、万の規模であることは確実だろう」


 いくら食糧事情が悪化していると言っても、それはおかしい。

 まさか、指導者が現れたとでもいうのか?


「それはわからぬ。だが、その可能性は大いにある」


 それは凶事といえた。

 《ギレヌミア人》は王を戴かない。かと言ってその政体は《共和国》のような共和制などでもない。

 氏族ごとに族長を戴いており、成年者による単純な合議が基本だったはず。ただし氏族ごとの族長ですら、その武技によって決定される民族。

 それが《ギレヌミア諸族》だ。


 彼らの、同じ《ギレヌミア》という民族への博愛こそが、彼らを個々の氏族に別れさせていた。


 かつて《魔族戦争》期において、彼らが傭兵として両陣営に加担していたことは有名だ。

 そして、彼らは敵に同じ《ギレヌミア人》を認めると矛を引いた。

 兵士としては、どうしようもない。だが、それでも彼らは強い。


 彼らは《ギレヌミア》同士では決して戦わない。

 おそらく、彼ら《ギレヌミア人》は本能的に理解しているのだ。

 氏族同士の衝突が、種の滅亡につながるのだ、と。


 そして、彼らに共通する性質は、強者を求めること。


 氏族ごとの連帯と、同民族に対する忠誠と親愛こそあるものの、彼らは強者のみに従い、強くなることを求める。そして、強い敵こそを求め続ける。

 氏族内においてその欲求と《技能》は練磨される。


 人族は老い、衰える。

 昨日誰にも増して強さを誇っていた者が、ちょっとした油断で今日屍を晒している。それが《ギレヌミア人》における法だ。

 辛うじて犯罪などに対して《ドルイド》が裁判権を発揮するが、それも最低限の権利に対してのみだ。

 《ルエルヴァ神官団》の教化の余地はあっても、《ギレヌミア人》は祈るだけの聖職者を受容しない。


 すべてのものは基本的に腕力によって獲得するもの。

 自分をより強力にするためだけ。より強力な子孫を残すためだけ。そして、氏族をより強力な意志によって率いるためだけ。

 それらが神々の思慮に適っていると考えている。一般的な《ギレヌミア人》の基本的な思想。


 彼らの日常は戦闘だと聴く。同氏族内でさえそれなのだ。氏族が違えば同胞と言えども手心を加えることもない。

 だから、彼らは各氏族ごとに活動領域を広く取る。

 同じ《ギレヌミア人》の氏族と間違って戦争を始めてしまわないように、できるだけ広い範囲を草木一本生えない焦土と化す。

 それは同時に、敵を発見しやすくするためでもあると思われる。


 ゆえに同じ《ギレヌミア人》同士の氏族であっても、出会う機会は少ないはず。

 氏族間での交流もほとんど行われていないはずだ。


 だから、これまでも二三の《ギレヌミア》氏族が合同することさえ稀で、彼らが合同して動いたときには決まって大惨事になった。


 同時にそんな民族だからこそ、彼ら全体の人口は多くない。

 氏族の数もはっきりとはしていないが、数百から数千人単位の氏族が百に満たないと言われている。


 長期間にわたって、権力を維持することなど《ギレヌミア人》の中にあってはできるわけがない。

 それも複数の氏族を糾合することができる者など。


……だが、もし氏族の垣根を越える強力な指導者が現れたならば。

 その可能性はあった。人族の才能はすべての民族に分配されている。


 《ギレヌミア諸族》の中に、レイア家に産まれたイルマのような天才が誕生しないという保証はどこにもなかった。

 そして、イルマレベルの実力者が、ある程度の教養を身につけ、各氏族を糾合して《グリア諸王国連合》に挑んだならば?


 それは考え得る限り、最悪のシナリオだった。


「……幸いなことに、もう冬だ。おそらく冬ごもりのための大規模な動きだったのだろう。いくら《ギレヌミア人》とは言え、神々が与えた死の季節に動くことはあるまいが……」


 マルクスはそこで険しい顔をした。


「滅亡した《モリーナ王国》の王太子が難民を率いて《レルミー王国》に落ち延びたそうだ」


 そうか。《レルミー王国》と《モリーナ王国》は隣り合っている。

 亡国の王太子が望むことなど決まっている。


「王太子は、《モリーナ王国》の再建を《レルミー王》へと願ったそうだ。……《グリア諸王国連合》として動くことになるだろう」


 《レルミー王》にしてみれば、一国を飲み込むほどの勢力を有した大部隊が近くにあるのだ。

 唇亡びて歯寒し。《モリーナ王国》の再建が叶えば、《レルミー王国》はふたたび壁を手に入れる。あるいは、領地の割譲や属国化も狙っているだろう。

 加えて、主幹国として連合軍を編制すれば、自国の損害を軽微に抑えることができる。


 難民の数はわからないが、それを抱え続けるよりはそちらのほうがよほど賢明だ。


「南方から中部の主幹国の、数国が反対している。しかし、まあ、最終的には折れるだろうな。《モリーナ王国》を喪った《レルミー王国》と同じだ。今、《レルミー王国》が落ちれば、グリア地域の中央が戦禍にさらされることになる。それに、ここで《グリア諸王国連合》が動かなければ、その権威は失墜するだろう」


 マルクスの言う通りだ。万が一対応が遅れて、《モリーナ王国》が崩れれば、《グリア諸王国連合》自体が瓦解する。

 守ってくれない《連合》に加盟している価値は無い。そう断じる国は少なくないはずだ。


「……とにかく。なにか、これまでに無い要素が《ギレヌミア諸族》の間に影響を与えていることは確かだと思わぬか?」


 マルクスの言葉に私は憂鬱を募らせる。

 《ギレヌミア人》ひとりひとりの戦闘能力はほかの人族のそれを大きく優越する。

 おそらく、《剣術系技能》を齧ったマルクスに匹敵するはずだ。


 ひとつの氏族でおおよそ千人規模の小さな民族。

 だが、そのすべてがレイア家の男子に近い肉体強度を誇っている。

 イルマや私がいくら奮戦したところで、その事実は揺るがない。だからこそ、私は《グリア諸王国連合》への加盟を強く推したのだ。


「《レルミー王国》が先手を打つべきだと主張しておる。出兵は、早ければ次の夏。遅くとも再来年の春には……イルマにも心構えを」


 イルマはなんと言うだろうか?

 私は、なにをすべきだろうか?


 オルレイウスに対して私はなんと言葉をかければいい?



『お前さんが考えるよりも、お前さんの息子は強いさ。《大公》』


 《大公》――初めて《ピュート》が私のことをそう呼んだ。


 やはり、私のことを知っていたのか? そう問えば《蛇》は嘲るように笑った。


『お前さんは有名人だ。耳聡いこの《ピュート》さまが聴き逃すものか』


 この《蛇》は底知れない。

 私は改めて己を戒めた。この《蛇》はいくら気安かろうが、無害だろうが《妖獣レムレース》なのだ。


『なあ、なぜそれほど不自由に生きてる? お前さんならいくらでも生きようがあるはずだろ?』


 《蛇》の問いかけに今度は私が笑ってしまった。

 それがわからないお前は、やはり《妖獣種》にすぎないのだ、と。


『ふーん。まあ、いい。その言葉を憶えておこう……《大魔王オールド・ニック》の名を継ぐ者よ』


 《蛇》はなぜか感心したようにそう言った〉

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